「……二週間ぶり、だったんだよな」
静雄は仕事柄、不定休気味で、臨也はそれに輪をかけた自由業だ。ある程度示し合わせなければ休みは合わないため、静雄は休みが決まると必ず連絡をしてくる。
だが、先週の静雄の休みは臨也の方が都合が付かず、結局会えなかった。
だから、今日は臨也が寝ているにもかかわらず、静雄は電話をした後、ここまで押しかけてきたのだろう。
臨也が起きてきたら、顔を見て一緒に過ごして、そして少しばかりはいやらしいこともしよう。そんな腹だったのに違いない。
けれど。
「押しかけてきたのなら、起こしてくれれば良かったのに……」
静雄に合鍵を渡したのは、関係が多少変わったところで素直にうちに来いとは言えない自分の性格を、嫌というほどに分かっていたからだ。
来たければ来ればいい。そういう意思表示だったのだから、静雄の使い方は決して間違っていない。
だが、その先がいただけない。
「人が起きるのを四時間も待ってるなんて……」
それだけの時間があれば、さほど活字を読むのが早くない静雄でも雑誌の一冊くらい読了してしまえるだろう。
だが、足元まで来ておきながら、何故、寝室まで押し入ってこないのか。
寝起きは良くない方だし、疲れ果てていたから、熟睡しているところを強引に起こされれば、ものすごく不機嫌になって、いつもよりも更にひどい悪態をついたことは間違いない。
けれど、静雄にしてみれば、そんなことは今更のはずである。
どれほどこちらが怒り、拗ねようと、強引に抱き締めてキスをしてくれれば、多分、それで全て許した。許せたはずだ。
「なのに、一回したらまた俺を放っておくしさ……」
ようやく起きた臨也に早速飛びかかってきたものの、時間をかけた行為の果てに二人して迎えた絶頂の気持ち良さに臨也は意識を飛ばしかけた。そうしたら、静雄はそのまま臨也の髪を撫でて、「寝ちまっていいぞ」と言ったのだ。
その言葉に安心して意識を手放してしまったため、夢うつつの記憶ではあるが、おそらく幻聴ではない。
そして最終的に、寝顔に悪戯心を起こしたらしい静雄に起こされはしたものの、時計を確認すれば、また二時間近くも寝てしまっていて愕然となった。
静雄がここに来たのが午前の十一時で、帰っていったのが午後の十一時過ぎである。そのうちのほぼ半分を臨也は眠って過ごした計算となるのだ。
確かに睡眠不足が積み重なって、今朝ベッドに入るまで丸一日頭痛が続いていたほどだったし、体もだるかったのは事実である。
だが、もう少し時間の使い方があっただろうと思わずにはいられない。
「シズちゃんもシズちゃんだよ。自分勝手で横暴なくせに、妙なとこで甘いなんて馬鹿だろ」
こちらのコンディションの悪さは、長年喧嘩をし続けていた静雄には丸分かりだったのだろう。
口も態度もいつものように悪かったが、いつになく優しかったと思う。
夕方に臨也が目覚めた後は、キスだけは何度も仕掛けてきたが、それよりも飯を食えとばかりに臨也にシャワーと着替えを強要し、食料品の買い出しに出かけて、一緒に料理を何品か作って食べた。
料理は野菜のミルクスープだったり、フライパンで簡単に作ったキノコたっぷりのチキンローストだったり、どれもこれも滋養に満ちていて美味しく、満足したのだが、それで臨也が元気を取り戻した後も、静雄はもう何もしなかった。
ただ、我が家のようにソファーで寛ぎ、臨也の淹れたカフェオレを美味いと言い、池袋のケーキショップで見かけた新作が気になる、ということを取りとめもなく話し。
臨也を引き寄せて膝の上に載せ、前戯には至らない程度の軽いキスや指先での愛撫を飽きもせずに繰り返した。
勿論、言葉と同様、とりとめのない淡い愛撫に臨也は何度も文句を言ったが、拒絶はしなかった。その意味を、あの男はどこまで理解しているのか。
「もう一回くらい、良かったのに」
本当に丸二週間ぶりだったのだ。
せっかく会えたのだから、もっと見ていたかったし、触れ合いたかったし、直ぐに口喧嘩に発展してしまうような会話も沢山したかった。
互いの身体の中で一番弱くてやわらかい部分で繋がり合い、静雄が自分のものであること、自分が彼のものであることをもっと感じたかった。
疲れていても、眠たくても、求められたら必ず応えたのに、たった一回限りで満足して帰っていった静雄はきっと馬鹿なのだろう。
それも極めつけの鈍感だ、と臨也は心の中で断定する。
どうしてくれようか、としばし考えて。
「シズちゃんの部屋に押し掛けてやろうかな……」
何の約束もなかったのに押しかけてきて、四時間も待っていたような馬鹿犬に同じことをし返してやっても、文句を言われる筋合いはないだろう。
勿論、臨也には完璧に近い情報網があるから、静雄の仕事が終わるのを四時間も待つ気はないが、それでも一時間や二時間なら帰宅を待っていてやってもいい、と思う。
そうすれば、たとえ翌日が静雄の休みでなくとも、朝までは独占できる。携帯電話の電源を切らせるかマナーモードにさせておけば、名実ともに自分のものだけの自動喧嘩人形の出来上がりだ。
「明日も休みにして、しっかり寝て起きたらジムに行って、その後マッサージに行けば……」
コンディションは完全に回復するだろう。もともと体力は並以上にある。
そして、静雄のアパートに押しかける前に昼寝でもしておけば、朝まで寝かさないくらいのことはできるはずだ。
静雄は徹夜で仕事に行く羽目になるかもしれないが、知ったことではない。第一、あのタフさなのだから一日二日の徹夜くらいではびくともしないに違いない。
「そうと決まったら、今日はもう寝ようかな」
まだ日付が変わる前だが、疲れはまだ完全には抜けていないために、こうしてぼんやりしていると段々眠気が差してくる。
明日のことを考えても、今夜はこれに逆らわない方が良さそうだった。
これ以上本格的に眠くなる前に、と臨也は立ち上がって壁際の照明のスイッチに歩み寄る。
ダウンライトを最も弱いレベルに設定して、淡い明るさの中を二階へと続く階段を上がり、そこでふと足を止めて。
今日一日、静雄が居たソファーを少しの間見つめてから、まだほのかに煙草の残り香がするだろう寝室へとゆっくりと向かった。
End.
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