SUNSHINE CITY 04
「あのな、お前の場合、黙ってんのはイエスと同じなんだよ。本当に気に食わないんなら、マシンガンの勢いで言い返してくんだろ」
「そ……」
そんなことはない、と言い返しかけて、その通りだと思う。
けれど。
「ちょ、っと黙ったくらいで、何でイエスになるんだよ!? 君がいきなり変なことするから驚いただけに決まってるだろ!?」
「そうだな、してもいいか聞かなかったのは俺が悪いよな。でも、不意打ちした方が、お前の本心が分かるからよ。驚かせて悪かったな」
「悪いと思うんなら、手を離してよ! なんで抱き締めてんだよ!?」
「だって、離したらお前、逃げるだろ」
「当たり前だろ!!」
「じゃあ、離さねえ」
「なんで!?」
分からない、と混乱しながら臨也は懸命にもがき、どうにか自由になる手で遠慮なく静雄の背中や脇腹をどつく。
だが、そんな抵抗で静雄がびくともするはずがなく。
「あのな臨也。俺だって何の根拠もなくこうしてるわけじゃねぇよ。ちゃんと考えたし、その間、お前がやることなすこと全部、見てた。──なあ、臨也。俺は嬉しかったんだぜ」
耳元で言い聞かせるようにそう告げられ。
臨也はフリーズする。
「う…れしかった、って……何が」
「色んなこと全部だ」
「──俺、何かした……?」
これまでの比でなく混乱しながら、臨也は問いかける。
静雄を喜ばせるようなこと。そんなことを一度でも自分はしただろうか。嫌がらせなら散々にした覚えはあるが。
「そうだな……、手近なところから言うと、カフェオレが美味かったし、その前のミルクティーも美味かった。俺の買ってきた杏仁プリンを、お前が美味いって言ったのも嬉しかった」
「は……」
何それ、と臨也は呆れる。
「カフェオレとかミルクティーとか、シズちゃん、一体どんだけ安いわけ……?」
「安くねえよ。今まで俺にそういうことしてくれた奴が、一体どれだけいると思ってんだ」
「…………」
「まあ、トムさんはマクド奢ってくれたり、缶コーヒー奢ってくれたりするけどな。でも、俺のために飲み物作ってくれたのは、家族以外じゃお前が初めてだ」
そんなことは考えていなかった、と臨也は思う。
誰かの家で他愛のない時間を過ごす。そういう経験が静雄には極端に少ないことは分かっていたし、彼のそういう誘い文句に惑わされて、静雄をこの部屋に呼び込んだのだ。
けれど。
それが本当に、彼にとって意味のあることだったなんて。
考えたこともなかった。
「それに言っただろ。お前が俺に『普通』をくれるんなら、俺は必死にお前のことを見るってよ。朝から晩まで、お前のことを考えるって言ったよな?」
「──朝から晩まで、じゃなくて、お前のことばかり考える、だよ」
「なんだ、お前だって覚えてんじゃねえか」
くくっと笑われて、臨也は自分が失言したことを知る。
だが、本当に一言一句、忘れていないのだ。忘れられなかったからこそ、情けなく惨めな行動を繰り返す羽目になった。
けれど、どうしてそれが真実の言葉だったと思うだろう。
自分を陥れるための誘い文句。そうとしか思えなかったのに。
「一番最初にな、ちゃんと考え直さないといけねぇと思ったのは、あの夜のお前の言葉がきっかけだ。どういう意味であれ、お前はいつでも本気で俺に向かってきてたのに、俺はまともに取り合おうとしなかった。
でも、そのせいでお前が傷付いてるっていうんなら、俺のしてきたことは何か間違ってるんじゃねえかと思ったんだよ」
本当に嫌いな相手に嫌われても、人間は傷付かない。傷付くということは、嫌悪以外の何かがある、ということだ。
そんな意味合いのことを静雄は言った。
「で、話の途中でぶっ倒れたお前を連れて帰ったんだが、あの日、俺は、お前は目が覚めたら帰ると思ってたんだよ。夜中だろうと、どんなに高い熱を出してようと、タクシー呼んで、這いずってでも俺の部屋から出てくだろうってな。
でもお前は、出てかなかっただろ? それどころか、憎まれ口叩きながらも、粥も全部食っちまいやがってよ。
それで気付いた。もしかしたら、お前の本心は、言葉とは全然違うところにあるんじゃねぇかってな」
語りながら、静雄の手が宥めるようにゆっくりと臨也の背中を撫でる。
それはひどく優しく、温かな感触で。
臨也は止めろ、と言うことができなかった。
「それから後は、ずっとお前を見てた。こいつは何考えてるんだろう、本当はどうしたいんだろうってな」
「そ…んな風に観察してるなんて、悪趣味だよ」
「お前がいつもしてることだろうが」
「それでも。可愛い女の子ならともかく、よりによって俺を観察するなんて、悪趣味過ぎるだろ」
「そうでもねぇよ。見てるうちに、お前がすげぇ可愛いのが分かってきたしな」
「……は……!?」
とんでもない台詞を言われて、思わず臨也は素っ頓狂な声を上げる。
が、静雄は臨也を抱き締めたまま、小さく笑った。
「さっきだってそうだぜ。俺が買ってきた杏仁プリン見て、固まってただろうが。なんで、あんな一個四百円もしない菓子で固まるんだよ」
「!」
気付かれていたのか、と今更ながらに臨也は慌てる。
てっきり静雄は、こちらに背を向けてDVDプレイヤーを弄っていると思っていたのに。
「媚を売るなんて気持ち悪いとか言われるかと、俺は思ってたんだぜ。だから、ケーキ屋でも散々迷ったってのによ」
「それは……怒らせるようなことは言わないって、最初に約束したからだろ。心の中では思ってたよ、シズちゃん馬鹿じゃないのってさ」
「だから、その約束をお前が守るなんて、俺は思ってなかったんだよ。ここに泊まる時も、いつお前が寝首をかきに来るかと思ってた。でも、お前は夜中に俺の近くに来ても、本当に何にもしなかっただろ」
「──気付いて、たの?」
「気付くに決まってんだろ、お前が近付いて来たらよ。まあ全然嫌な感じがしなかったから、ちゃんと目が覚めるほどじゃなかったけどな。でも、お前が近くに居るなってのは、半分寝惚けてても分かってた」
その言葉に、一体どこまで知覚していたのかと聞きかけて、ぐっとこらえる。
これ以上墓穴を掘るのはごめんだった。
「そんなの、シズちゃんの寝顔が間抜け過ぎて、殺す気が削がれただけだよ」
「でも、何にもしなかったんだから、それがお前の答えだ」
何と臨也が憎まれ口を利こうと、静雄は動じる気配を見せない。
そして、ぎゅっと臨也を抱き締める腕に力を込めた。
「悪かった。これまでお前をきちんと見てやらなくってよ。目を背けるばっかじゃなくて一歩踏み込んでりゃ、もっと早く分かってやれたのにな」
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