SUNSHINE CITY 05
笑いを消した声で、ずっと気付いてやれなくて悪かった、とひどく真摯に告げられて。
ひくりと臨也の喉の奥が震え、目頭が熱くなる。
鋭い刃を飲み込んだかのように、胸の奥が痛い。
「何、言ってるんだよ……俺は、別に……」
君になんて分かってもらいたくない。そう言おうとして声にならない。
───シズちゃん。
シズちゃん、シズちゃん、シズちゃん。
その名前だけで頭の中が一杯になる。
熱くなる目元を押さえようと、煙草の匂いのする堅い胸に顔を押し付け、ワイシャツをぎゅっと握り締める。
その耳元に、静雄の低い声が囁きかけた。
「お前に俺の『特別』をやるよ、臨也」
お前は俺を『特別』だと思っていてくれるんだろ。
そう言われて。
こらえ切れずに臨也は、きつく目を閉じる。
───シズちゃん。
───俺の、大事な、大好きな、シズちゃん。
ずっとずっと誰よりも特別で、自分だけを見て欲しかった。
けれど、どうしてもそれは叶わなくて、絶望しながらも執着することを止められなかった。
静雄が自分を特別に見ることなど、決してないと思っていたのに。
でも、そんなことは到底口には出せず、いつもの憎まれ口が衝いて出る。
「──俺を可愛いとか、シズちゃんは目が腐ってるよ」
「腐ってねぇよ」
「特別なんて言って、どうすんの。俺、しつこいよ? そんな風に言われたら、この先一生、付き纏うかもよ?」
「お前がしつこいのは分かってる。でなきゃ、八年以上も俺に突っかかってくるかよ」
「何それ。本当にシズちゃん、馬鹿じゃないの。それともマゾなの?」
「少なくともマゾじゃねえよ。まあ、お前がいいっていう時点で、馬鹿っつーのは否定しにくいし、趣味が悪いとは思うけどな」
「趣味悪くて馬鹿なんて、最低じゃん」
「……それはつまり、手前が馬鹿で趣味悪いってことだろ」
「はあ? 何で俺が……」
「俺がいいっつー時点で、手前も馬鹿で悪趣味なんだよ」
「は? 俺が一体いつ、君がいいなんて言ったんだよ!?」
「──言って……はないか。でも、言ったも同然だろ」
つーか、これだけしがみ付いといて何言ってやがる。
そう言われて、臨也は居たたまれなくなる。
今すぐ離れたいが、離れたら、自分が酷い顔をしているのが見えてしまうだろう。
どうすることもできず、そのまま固まっていると、溜息交じりに静雄が笑うのを感じた。
「臨也、顔上げろ」
ぽんぽんとあやすように背中を軽く叩かれて、臨也は益々顔を静雄の胸元に押し付ける。
もう一生、顔なんか上げてやるものか、と思った時。
「仕方ねぇな」
べり、と力任せに引き剥がされ、何をするのだと臨也は、視線で殺す勢いで目の前の静雄を睨み付けた。
しかし、静雄はまじまじと臨也の顔を見つめて、呆れたように口を開く。
「……あのな、そんな顔で睨み付けるのに、一体何の意味があるってんだ?」
言われて、かっと頬に血が上る。
確かに、今の自分は涙目かもしれない。顔も真っ赤かもしれない。けれど、それを指摘するのはデリカシーがなさ過ぎるというものではないか。
そう思い、思い切り言い返そうと息を吸い込んだ時。
ちゅ、と小さな音を立てて目元に口接けられた。
「臨也」
鳶色の瞳に、自分が映っている。
見つめる静雄の表情は、ひどく優しい。
不意にそう気付いて、思考がぼやける。
自分が何を言おうとしていたのかも忘れて、臨也はゆっくりと近付いてくる静雄の顔に、目を閉じた。
そっと唇に温かいものが触れる。
ほろ苦い煙草の匂いと、ほのかに残るカフェオレの味。
けれど、ひどく甘くて、触れるだけで離れていこうとしたそれを両手を伸ばして引き止める。
頬に手を添えて、薄く開いた唇を相手の唇にそっと擦り付け、舌先で乾いた感触を舐める。すると、すぐに静雄の舌が応えて、やわらかく絡んできた。
優しく優しく舌を舐め擦り、くすぐるように上顎を撫で、歯列をたどる。
ただの粘膜の触れ合いであるのに、それがどうしようもなく気持ちよく、幸せで、臨也は静雄の首筋に両腕を伸ばし、しがみ付く。
そして、酸欠になりかけたところで長い長いキスが終わり、臨也はゆっくりと目を開いた。
自分を見つめる、鳶色の瞳。
午後の日差しを受けて、淡くキラキラと輝く金の髪。
「──シズちゃん……」
名前を呼ぶと、何だというようにまばたきが返る。
それに、何でもない、と小さく答えて臨也は静雄の肩口に顔を埋める。
静雄ももう何も言わず、その大きな手のひらで、ゆっくりと背中を撫でてくれて。
その感触に、臨也はそっと目を閉じた。
* *
「じゃあな」
「うん……」
明日は仕事が早いから、と改めてマクロスのDVDを見ながら夕食を食べ終えた時点で、静雄は辞去を告げた。
いつも静雄は食事時を外して訪れ、泊まった時も朝食は食べずに帰っていっていたから、一緒に食事をしたのはこれが初めてだっただけに、妙に寂しくて、臨也は自分の気持ちを持て余す。
だが、そんな思いは押し殺して玄関まで静雄を見送った。
そして臨也の見つめる前で、静雄は出て行くべくドアノブに手をかけて、ふと動きを止める。
「シズちゃん?」
「あー、あのな、臨也」
「?」
珍しく言葉をよどませて、静雄は臨也を振り返る。
どうしたの、と小さく臨也が首をかしげると、静雄は言葉を選び選び、告げた。
「いつでもメールとか電話、してこいよ。自分一人で、あれこれ溜め込むんじゃなくて、言いたいことがあったら全部言え。これからは、ちゃんと聞いてやるから」
「……シズちゃん」
「昼間も言ったけどな。ちゃんとお前のこと、考えってっからよ」
真面目に言われて。
臨也は内心で、ひどく困る。
自分のことを特別に見て欲しかったが、いざ、叶わないと思っていたそれが現実になってしまうと、どう対応すればいいのか、さっぱり分からない。
分からないまま、いつもの調子で言い返す。
「……シズちゃんがそんなこと言うなんて、なんか気持ち悪い」
「──手前なぁ…」
臨也の憎まれ口に眉をしかめたものの、しかし、キレはせず、溜息をついて腕を伸ばし、ぽんと臨也の頭を撫でた。
「ま、いいさ。手前はそういう奴だもんな」
「──それ、どういう意味だよ」
「まんまだろ」
それじゃあな、と小さく笑って、静雄は出て行く。
いつものようにバタンとドアが閉まるまで、その後姿を見送って。
臨也はその場にしゃがみこんだ。
「はー……」
本当はもう一度キスして欲しかったのに、なんて、我ながら馬鹿過ぎる。
けれど。
静雄はキス以上の言葉をくれたのだ。
ちゃんとお前のことを考えていると。
お前はそういう奴だから、それでいい、と。
「馬鹿だろ、シズちゃん」
趣味が悪いにも程がある。
馬鹿過ぎて、また一つ、好きにならずにはいられない。
次はいつ会えるのかな。本当に電話とかメールとかしても嫌がらないのかな。
そんなことを思いながら、その場にしゃがみこんだまま、幸せ過ぎて臨也は少しだけ泣いた。
End.
以上、3部作完結。
シズちゃんが大好きなのに、それを表に出せない意地っ張り臨也を泣かせるのが大好きです。
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