SUNSHINE CITY  03

 一本目のDVDが終わり、臨也は傍らに置いてあったリモコンを取り上げ、取り出しボタンを押した。
 立ち上がって、次のディスクを入れ替え、それからどうしようと考える。
「シズちゃん、何か食べる? ポテチとかならあるけど」
 ピザ取ってもいいし、そんな風に声をかけながら、殆ど空になってしまったティーポットを確認してキッチンに戻る。
「いや、いい。そんなに腹は減ってねえ」
「そう。じゃあお茶だけね。なんか飲みたいものある?」
「……カフェオレ」
「分かった。シズちゃん、結構好きだよねカフェオレ。コーヒーはそんな好きじゃないのに」
「コーヒーとカフェオレは全然別もんだろ」
「まあ、それは否定しないけど」
 オープニングの主題歌を聞きながら、臨也はケトルに湯を沸かし直し、カフェオレの準備をする。
 静雄がカフェオレをリクエストするのは、珍しいことではなかった。ほぼ毎回の頻度で淹れているのではないかと思う。
 一番最初の時に淹れてやったのが、口に合ったのかもしれない。フレンチローストの細挽き豆を丁寧にドリップして、ミルクを多めに、砂糖はスプーンに山盛り一杯。臨也の好みも、砂糖を入れないだけで、ほぼ同じだ。
 沸騰したケトルの湯を細くドリッパーに落としながら、自分も同じなのかもしれない、と臨也は少し疲れた気分で考える。
 静雄が臨也の好みに合わせて杏仁プリンを買ってきたように、臨也もまた、一番最初の時から甘党で乳製品の好きな静雄の好みに合わせて飲み物を作っている。
 少なくとも、静雄が苦手としているコーヒーやビールを勧めたことは一度もない。
 喜んで欲しい、と思っているわけではない。だが、少なくとも嫌な気分にはさせないようにしている。
 何故かと問われたら……言葉に詰まるしかない。
 普通は大嫌いな相手には、相手の好みに合わせた飲み物など用意したりしない。そんな正論は嫌になるほど承知しているのだ。
 だが、ブラックコーヒーを押し付ける気にはなれないのである。
 それよりも、ミルクティーやカフェオレを淹れた時に、時折、静雄が零す一言が聞きたい、と思ってしまうのだ。
 ───本当に馬鹿だろ。
 つい零れそうになる溜息を押し殺して、綺麗に洗って拭いたマグカップにカフェオレを注ぎ、砂糖を溶かし込んで、リビングに戻る。
 そして、ソファーに腰を下ろしながら、片方のマグカップを静雄に手渡した。
「サンキュ」
「どういたしまして」
 こんな邪気のない遣り取りも、何度交わしただろう。
 そして。
「美味いな」
 この言葉も。
 何度聞いただろう。
 穏やかに落ち着いた低い声で言われる度に、心の深い部分で何かが震える。それを必死に押し殺しながら、いつも何でもないような口調で、そう、と返す。
 それがどんなに愚かなことか、誰に云われるでもなく臨也は理解していた。
 ───馬鹿馬鹿しくて、涙さえ出やしない。
 泣きたいほどの気分でそう思いながら、マグカップをローテーブルの上に置き、画面を眺める。
 しばらく見ていると、何となくストーリーの状況が掴めて、やっと集中できる状況が整ったと思ったその時。
「臨也」
 不意に静雄が名前を呼んだ。
 いいところなのに、と思いながらも無視はできずに、何、と顔を向ける。


 すると、ふわりと唇に温かく、やわらかなものが触れた。


「え……?」
 なに、と目を見開いて、妙に近くにある静雄の顔を見つめる。
 何が起きたのか、全く分からなかった。
 ───今のは、何?
 混乱したまま何を言うこともできずに、ただ静雄を見つめていると、何を考えているのか分からない真面目な顔で、彼は口を開く。
「お前が嫌なら、もう二度としねえよ」
 そう言われて、臨也は更に混乱した。
 ───今のは。
 吐息さえかかりそうな距離にある、静雄の顔。
 先程唇に押し当てられた、やわらかく温かな感触。
 かあっと頬に熱が集まるのが分かる。


 キス、された?


 なんで、どうして、と疑問符がぐるぐると脳裏を回る。
 ああ、それよりも嫌なら二度としないと言われたような気がする。それはどうしたらいいのか。
 何をするんだと怒ればいいのか、俺のこと好きなの?と嘲(あざけ)ればいいのか。
 でもそんなことを口にしたら、宣言通り、もう二度と彼はしないだろう。
 これはあの時と同じだ。
 自分に応か否かを選ばせる、最後通告だ。
 否と言ってしまえばそれきり。
 でも、応と言ったら?
 ああでも、応と言うなんてエベレストよりも高い自尊心が許さない。そんなことを口にするくらいなら、豆腐の角に頭をぶつけて死ぬ方がいい。
 これまで自分たちは、一目出会った時から殺し合いをずっと続けてきたのだ。
 断じて、キスなどするような仲ではない。
 ───けれど。
 けれど。
 けれど、けれど。


「ははっ」


 押し黙ったまま葛藤し続けていた臨也の目の前で、不意に静雄が相好を崩して笑う。
 そして両手を伸ばし、臨也の腕を掴んで強く引き寄せた。
 そのままぼふっと静雄の胸に倒れこんだ臨也が驚き、暴れる間もなく、背中に腕を回されてがっちりと拘束される。

「やっぱお前、可愛いわ」

 ひどく楽しげにそんな台詞を吐かれて、臨也は更に混乱する。
 ───可愛い?
 ───誰が!?
 だが、静雄は臨也の混乱など気にする様子もなく、笑いを含んだ声で続けた。

 

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