Stardust City 14
「臨也」
名前を呼び、宥めるように何度も優しいキスが落とされる。
それを受け止めながら、臨也は静雄の指が最奥に触れてくるのを感じた。
キスと同じで性急さには程遠い、優しい動きで表面を撫でる。
当然、痛みはなく、ただでさえ感覚を高められて肌がひりつくような体に、何とも言えない微妙な感覚がじわじわと広がってゆく。
それが返って羞恥心を煽られるようで、臨也は居たたまれなさにシーツを掴み、握り締める。
乱暴かつ性急にされたら、混乱や痛みが先に走って、恥ずかしいどころではなくなるだろう。だが、優しくされてしまったら逃げ場が無い。
そんな風に思う間に、ゆるゆると動いていた指が、そっと押し入ってくる。ぬるついたローションに十分過ぎるほど濡れた指先は、いっそ他愛の無いほど長い指の中程まで最奥に滑り込んできて、臨也は、もう目を開けていられずにぎゅっと目を閉じた。
だが、そうすれば感覚は更に鋭敏になるのが当たり前で、濡れた音がくっきりと聞こえるのは勿論のこと、静雄の指の形さえ感じ取れてしまいそうな気がして──おそらくそれは錯覚ではなく、羞恥に泣きたくなる。
自分で望んだことではあるけれど、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
全てをさらけ出し、受け入れる形を作っていることも、触れられていることも、見られていることも。
一言で片付けるのなら、好きな人に愛されていること全てが恥ずかしい。
どんな乙女思考だと自分でも呆れずにいられないが、それが本音だった。
「痛くないか……?」
「平気……」
気遣う声に、かろうじて反す。大きな声を出したら体の奥に響いてしまいそうな気がして、自然、呼吸すら浅く細くなる。
だが、違和感はあっても痛みは本当になかった。多分、ローションのせいだろうな、と臨也は意識を逸らすように考える。
女性でも濡れていなければ、皮膚や粘膜が引き攣れて痛む。それと同じ事で、十分な潤いがあれば、摩擦による痛みは生じないのだろう。
妙に納得しつつ、でも、押し広げられる痛みは、おそらく話が別だよな、と思った時。
「──っ…!」
不意に前の熱にも触れられて、突き抜けた快感に思わず背筋がのけぞる。
もともと限界近くまで高められていた熱は、指一本を挿入されたくらいでは簡単には萎えない。つまりは過敏さもそのまま維持されているのであり、この状況でそれを触れられるというのは、もはや拷問に近かった。
「っあ…っ…やだ…っ、なに……っ!?」
反射的に抗議の声を上げたものの、静雄の方は邪気もなく、気持ち良くないんじゃお前が可哀相だろ、などと口にする。
「多少は感じてくれねぇと、俺も入れようがねぇしな」
「〜〜〜っ」
事も無げに言われて、臨也は再度シーツをきつく握り締める。
今していることが挿入の前準備だということは、勿論、分かっている。だが、その事実を正面から突きつけられると、どうしていいか分からない。
静雄を欲しいとは思うものの、そのために自分がどうしたらいいのか、そして、自分がどうなってしまうのか、見当もつかないのだ。
この一月余り、もだもだと一人寝していた間に一応のシミュレーションはしてあったものの、そんなものは現実には物の役にも立たない。
世間のカップルは、一体どうやってこれを乗り越えているのだろうと、臨也はいっそ泣きたいような気持ちで思う。
多分、こんなに困惑するのは、一番最初だけなのだろう。次からはある程度、要領も分かるだろうから、ここまではきっと戸惑わずに済む。
だが、その、一番最初、をどうやって乗り切ればいいのか。
混乱する間にも、静雄の手指はゆっくりと動き続けて。
「あ…っ、やだ…っ…! 両方、触るのは……無し、だって…っ!」
後ろの違和感に前の快感が加わると、苦しいのか気持ちいいのか全く訳が分からなくなる。
相反する感覚が攪拌され、混沌とした中で、少しずつ凌駕してくる色合いは。
「…っ、あ…シ、ズちゃん……っ、ねえ…っ…」
「なんだよ?」
「そ、れ…やめて……っ、マジで…っ…!」
じわじわと湧き上がり、全身に広がってゆくそれは、紛れもない、快感、だった。
同時に触れられることで、異物感が快感にすり替わる。その全くの未知の感覚に臨也は戸惑い、悲鳴を上げるが、静雄はむしろ感心した風に呟きを零した。
「やっぱり前も触ってやると、感じるんだな。なんか感触変わったぜ」
「───っ…!!」
正直なのは静雄の美点だろうが、こういう時には全く必要ない。
実況なんかするな!!、と喚きたかったが、それさえも過敏な箇所を苛む甘い感覚に飲み込まれて声にならず、臨也はただ、涙の滲む目をぎゅっと閉じて耐える。
だが、そうしていられたのも束の間で、ゆっくりと動き続けていた静雄の指がある一点に触れた途端、臨也は更なる混乱の極みに突き落とされた。
「ひぁ…っ!!」
そこに触れられた途端、目の裏に白い稲妻が走ったような衝撃が突き抜けて。
たまらず、臨也は高い悲鳴を上げる。
だが、その声は静雄を調子付かせただけのようだった。
「ああ、ここか」
声に嬉しそうな響きが混じり、指先で繰り返しその一点を刺激されて、臨也は耐え切れずに細くすすり泣きながら、切れ切れに喘いだ。
「や、だ……やだ…ぁ…っ、それ、おかしく、なる……っ!」
その感じてたまらない箇所を刺激されながら、中心をもゆっくりと指先で撫で回される。
滾々と豊かに湧き出る泉のような快楽に神経が焼き切れそうな気さえするのに、更に静雄の指が熱の先端をくるりと丸く撫で、臨也は甘く引き攣った悲鳴を上げた。
「や…ぁっ……! シズ…ちゃん…っ!」
急所を優しく苛められて、びくびくと腰が震える。
それをどう見たのか、静雄が、臨也、と名前を呼んだ。
「もう少し、我慢してろよ?」
「や……!」
無理、と訴える間もなく、指を受け入れさせられている最奥が更に押し開かれる。指が増やされたのだと理解するには、数秒が必要だった。
「──ふ、ぁ…ああ……っ…」
すぐには指を動かさないまま、前への愛撫を続けられて、新たな圧迫感と異物感は、たちまちのうちにじんじんと痺れるような熱い感覚にすり替わる。
むしろ、強くなった圧迫感が気持ちよくて、動かない指が当たっている箇所が疼くような感じすらする。本当におかしくなりそうだった。
決定打には程遠い、ゆるい感覚しか与えられない中心と、裏腹に感じやすい箇所ばかり触れられる内部の対比に、思考はとうに真っ白に灼きついている。
何も考えられないまま臨也はすすり泣き、体の中で荒れ狂っている熱をどうにかして欲しくて、腰を揺らめかし、静雄の手に熱を擦り付けようとしたが、それはあっさりとかわされて更に泣く羽目になった。
「も、や…ぁ…っ、お願い…っ…、シ、ズちゃ……っ!」
「もう少し、な」
身も世もなくすすり泣く臨也に、静雄もまた、煽られているのだろう。
明らかに欲情した、かすれを含んだ低い声で臨也を宥めながら、更に指を増やす。
前への愛撫のせいで、痛みは感じる端から快感へとすり替わってゆくものの、狭い箇所を更に開かれる感触に、臨也は細く喘いだ。
決して痛いわけではない。だが、ギリギリのところで苦痛と紙一重の快感を注がれ続ける苦しさに、ぼろぼろと涙が零れる。
「──シズちゃ…ん……っ、シズちゃん……っ…!」
この切ないほどに疼く感覚をもたらしているのは静雄であり、他の誰もどうすることはできない。
「…っ…あ、…も…ぉっ、た…すけて……っ」
快楽に霞む目を無理矢理に開いて、許して、と懸命に懇願する。
だが、静雄は宥めるようなキスをするばかりで、一向に解放してはくれない。
もうどうすることもできず、臨也はシーツにすがり付くようにリネンの布地を握り締めたまま、甘過ぎる拷問にすすり泣く。
そんな指先の神経まで甘く融け崩れるような時間が、どれ程続いたのか。
不意に全神経を苛んでいた感覚が遠のき、臨也はぐったりとシーツに弛緩した肢体を預けたまま、ぼんやりと涙に濡れた目を開いた。
「…シ…ズちゃ……?」
「そのまま力抜いてろよ」
唇に触れるだけのキスを落とされ、そう囁かれて、臨也は心の中で首をかしげる。
力を抜いていろと言われても、そもそも力を入れようにも入れられない。そのやり方さえ全身の筋肉が忘れてしまっているような気さえする。
どうすればいいの、と甘ったるくぼやけた思考で思った時。
ぐ、と最奥に強い圧迫感が掛かった。
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