STARDUST CITY 13

 大きく温かな手のひらが、臨也の心臓を包み込むように胸の上に置かれて。
「あー、すげえバクバクいってんな」
 そんな感想を口にしてから、静雄は胸の先端の周囲をくるりと舌で舐める。
 その熱くやわらかな舌の感触と、すぐに冷えてゆく濡れた感触に臨也がぞくりと背筋を震わせると、低く笑った。
「もうスイッチ、入ってるっぽいな、お前」
「──スイッチ…?」
 何のこと、と臨也は閉じていた目を開き、涙に滲んで霞む視界をまばたきすることで追い払いながら静雄を見る。
 が、静雄が指先で胸の尖りの周囲をゆっくりとなぞるのを見てしまい、直ぐに目を開けたことを後悔した。
 なのに、更に静雄の声と言葉が追い討ちをかけてくる。
「ここは男だろうが女だろうが、スイッチが入んねぇと大して感じねーんだよ。逆に言えば、誰だって触られてるうちに、それなりに感じようになるんだけどな」
「……シズちゃん、それって、さっき言ってたことと矛盾してない?」
 静雄の解説を聞いているうちに急速にムカついてきた臨也は、何とか乱れた吐息を鎮めようと努力しながら、静雄を睨みつけた。
「つまり、シズちゃんはそれを知ってるってことだよね? 一体誰相手に経験したわけ?」
「バーカ。これくらい一般知識だろ。それに俺は、お前を誰とも比べやしねぇよ」
 臨也の文句をあっさりといなして、静雄は顔を伏せ、ちゅ、と音を立てて臨也の胸の尖りをついばむ。
「──っあ…!!」
 その途端、鋭いほどの快感が脳天まで突き抜け、臨也は小さく悲鳴を上げて背筋をのけぞらせた。
「他の奴なんかと比べられるかよ。お前みたいに憎たらしくてムカついて、その上、メチャクチャ可愛い奴なんざ、どこ探したっていやしねぇんだからよ」
 俺がお前をどれだけ好きか分かってんのか。絶対分かってねぇだろ。
 そんな風に言いながら、左右の胸の中心をゆっくりと指先で転がすように撫でられ、爪弾くようにやわらかく弾かれる。
「っ…や…、や、だぁ……っ! ふ…あ……ぁ…!」
 左右をそれぞれに異なったやり方で弄られ、可愛がられて、臨也は体を震わせることもできずに、快感に全身を張り詰めさせて甘い嬌声を切れ切れに上げた。
 せめてもの抵抗を示すように無意識にもがく脚が弱々しくシーツの上を滑り、アイロンの行き届いたリネンが乾いた音を立てる。
 触られれば触られるほど敏感さを増してゆく小さな尖りををひたすらに愛撫され、過ぎる快楽に涙が滲む。
 その甘い愉悦は全身を血流と共に駆け巡り、体の中心へと集まってゆく。高まるばかりの疼きに耐えかねて腰を揺らめかせると、静雄は直ぐにそれに気付いたようだった。
「──ああ、もうキツイのか」
 胸元から手を離し、自分の体の位置を少しずらす。そのことにほっとして、臨也は小さく喘ぎながら、かすれた声でねだった。
「ね……、もう触って……」
 お願い、と告げる声は、驚くほどに甘ったれた響きになる。だが、そのことに嫌悪や羞恥を感じるだけの余裕は、臨也にはもう無かった。
「シズちゃん……」
 きっと何とかしてくれるという期待と願いを込めて、名前を呼ぶ。
 すると静雄は、なんとも複雑そうに眉をしかめて手を伸ばし、臨也の頬をそっと撫でて、涙の跡を指の腹でぬぐった。
「お前、絶対に分かってやってるだろ」
 溜息混じりにそう言われて、どうだろう、と臨也は考える。
 分かって、はいるかもしれない。静雄が自分を好きだというのは、まだ現実感が足りないが、それでも、自分がお願いしたら静雄が反応してくれるだろうくらいのことは思っている。
 だが、計算はしていない。断じてそんな余裕は無い。
 そんなことを声に出さずに思っていると、唇に、ちゅ、とキスを落とされた。
「いいぜ、嵌まってやる。俺が進んでお前の言いなりになるのは、今だけだからな。勘違いすんじゃねぇぞ」
 小さく笑みながら言われて、臨也はどうすればいいのか分からなくなる。
 こんな時に、そんな表情で笑うのは、もう完全に反則だった。
 どうしてそんなにチートなんだよ!、と心の中で抗議する間もなく、もう一度キスをされる。今度はバードキスではなく、深く甘い口接けに臨也は夢中で応えた。
 そして、頭の芯までぐずぐずに蕩けたところで静雄はキスを終え、ゆっくりと手を臨也の胸から腹へと滑らせ、臍をくるりと撫でてから、更に下へと這わせる。
 長い指先に、やわらかく下生えをかき分けるように薄く敏感な皮膚を撫でられて、たまらずに臨也は身をよじりながら細い声を上げた。
「やだ…っ…、も、焦らすのはいい、から……っ」
「あー、別に焦らしてるわけじゃねぇんだけどな」
 すすり泣くような臨也の抗議に静雄は微苦笑し、ゆっくりと指先を滑らせる。
「俺としても、早く楽にしてやりてぇとは思うんだけどよ……」
 だが、静雄の指先は臨也が期待した場所を通り過ぎ、その奥へと辿り着いて。
 ぬるり、と先走りの雫で潤った最奥を触れられて、びくりと臨也は体を震わせた。
「あ……」
 戸惑って彷徨わせたまなざしが、静雄のまなざしと合う。
 快楽と涙で霞んだ視界の向こう、静雄の瞳は、欲を湛えてはいてもひどく優しかった。
「先にこっちを慣らした方が、多分、お前が楽だからよ」
 いいか、と聞かれて。
 臨也はまばたきした後、こくりとうなずいた。
「──ローションは使ってよ……?」
「分かってる」
 臨也の要求に静雄もうなずき、サイドテーブルに手を伸ばす。
 その動きを目で追いながら、臨也は疼きを持て余して小さく熱い息を吐き出した。
 ───本音を言うなら、今すぐ楽にして欲しかった。
 いっそ自分で触ってしまいたいくらいに、切羽詰まってきている。
 だが、静雄の言い分が正しいことも分かるのだ。
 男も女もオーガズムの原理は同じで、括約筋が痙攣し、強く収縮することで起きる。そうして収縮してしまった筋肉が緊張を解くまでにはそれなりの時間を要するため、慣らすにせよ挿入するにせよ、その前の方が幾分、楽にできるはずなのだ。
 その理屈は分かる。
 けれど。
「臨也」
 ぬるついた指先が触れてくる感触に、びくりと体を反応させずにはいられない。
 気持ちの方は了解していても、体にとっては未知の感覚だ。触れられていること自体がどうにも恥ずかしいし、緊張してしまう。
 だが、そんな臨也の心理は静雄も分かっているのだろう。こめかみに一つキスを落として、目線を合わせた。
「嫌だと思ったり、痛かったりしたら言えよ? 無理強いする気はねぇんだから」
「……うん。大丈夫」
 緊張はする。けれど、嫌だと思うくらいなら、最初からこんなことはしない。
 そんな想いを込めて唇に触れるだけのバードキスを返すと、静雄は、仕方のねぇ奴、とでも言いたげに微笑した。



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