Stardust City 09
「どこが気持ちいいの、シズちゃん……?」
誰でも弱い箇所というのはあるが、結局のところは、感じる箇所は人それぞれだ。静雄のそれを知りたいと、顔を見つめたまま全体をくまなく指先でなぞる。
「ここ……?」
静雄の表情が動いた場所を、一つ一つ確かめるように指の腹や爪の背で擦ると、静雄は熱の混じった溜息をつき、うなずいた。
「そこ、すげぇいい」
「そう」
良かった、と臨也は少しずつ愛撫を強める。人間離れした静雄の肉体なら、多少強めの方が良いのではないかと思ったのだが、それは正解だったらしい。指にある程度力を入れたところで、手の中の熱がびくりと反応した。
これくらいが好きなのかと納得して、更に弄り回していると、やがて先端に透明な液が滲み始める。
「おい、臨也」
「何?」
「あんまりされると、俺ももたねぇんだけど」
「いいよ、出しても。一晩に二回くらい、若いんだから平気でしょ」
生身の人間である以上、一日に生産される精液は微量であり、当然ながら射出回数には限界がある。だが、多少の間を置けば回復するのが若さというものだ。そう思いながら問いかけると、静雄も否定はしなかった。
「まぁな。お前がいいんなら……」
それでもいいけどよ、と順応する答えに、臨也は小さく口元に笑みを刻む。
好き勝手に翻弄するとまではゆかない。けれど、ある程度は自分が主導権を握ることができているのが嬉しい。
そう思いながら静雄の顔を見ると、軽くまなざしを伏せた目元が少しだけ赤らみ、引き結ばれた唇から時折、熱を帯びた吐息が零れる。
たまらなくなり、臨也は手を止めないまま唇を重ねた。
触れるだけで離れると、至近距離で目が合う。
「──ンだよ……」
気だるげに問いかけられて、臨也は悪戯に微笑んだ。
「シズちゃんの感じてる顔、結構くるなぁと思って」
「……ヤる方が良くなったか?」
「んー、それはないんだけどね」
好きな相手の表情に欲情するのと、抱きたくなるのとは少し別だ。男としてどうかしているのかもしれないが、臨也としては肉食獣の目をした静雄に喰われたいと思う気持ちが強い。
この化け物をほんの少しでも翻弄できるのは嬉しいが、だからといって、喰らいたいかというと、そうではないのである。
だが、この心理は静雄には理解できないだろうと、言葉で説明するのは止めて、再び愛撫に専念する。
「ここ、気持ちいい?」
「……ああ」
雁首の裏のくびれた部分を丁寧に擦りながら問いかけると、わずかに息を乱しながらの素直な返事が返る。
それに満足しつつ、もっと恥ずかしがってくれても楽しいのに、と思った時。
───どうして、シズちゃんは動じない?
自分達がこんな風に戯れるのは、今夜が初めてなのに。
そう気付いて。
突然、臨也は、頭から冷や水をかけられたような気分になった。
───ああ、そうだ。
───シズちゃんが俺に見られても触られても平然としてるのは……。
「──臨也?」
「あ、ううん。何にも」
思わず手が止まってしまい、不審に思ったのだろう静雄に名を呼ばれて我に返った臨也は、反射的にいつもの笑みを口元に浮かべる。
そして、再びゆっくりと手指を動かしながら、今気付いたことを脳裏で反芻した。
普通なら、恋人と初めてのSEXをする時は、男でもそれなりに緊張するし、恥ずかしさも感じるものだ。だが、静雄は緊張は少ししていると言ったが、臨也が何をしようと、さほど恥ずかしがるでもなく受け入れている。
つまりそれは、それだけ静雄がこういう愛撫に慣れている、ということだった。
考えてみれば当然のことだろう。その気のない男を押し倒した女が、まずするのは、男をその気にさせる直接的な愛撫だ。
とりわけ水商売や風俗の女性の注目を集めてきた静雄は、SEXそのものの回数はさほどでないとしても、彼女たちの男を翻弄するテクニックは十分過ぎる程に受けた経験があるのに違いない。
だから、臨也の愛撫もそれなりに余裕を持って受け止められる。
その構図を理解した途端、臨也の胸の内は、冷たく暗い何かに塗り潰された。
───シズちゃん。
───俺の……俺だけの、大事な、大好きなシズちゃん。
これまで静雄の過去を気にしたことはなかった。
嫌いだと自分に言い聞かせていた頃はともかく、両想いになってからは全くの腹立たしさがなかったといえば嘘になるが、過ぎたことではあるし、今は自分を見てくれているのだから、それで十分に満足できていた。
逆の言い方をすれば、これまでこの件について、考えるだけの余裕もなかったとも言える。
静雄と付き合い始めてからこの二ヶ月余り、臨也は本当に夢中だった。
朝から晩まで静雄のことを考え、メールを待ちわび、会って話をするだけで嬉しかった。本当に馬鹿みたいに一生懸命、恋をしていたのだ。
だから、気付かなかったし、忘れていた。今夜だって、自分から話題にしたのに、その時には何の気にもならなかったのだ。
そして今も、どうして自分がこんなにショックを受けているのか分からない。
分からないけれど、ひどく胸が痛む。心が冷たく冷える。
それは嫉妬というよりも、悲しさに近かった。
静雄に対するものではない。むしろ、自分に対するものだ。
自分がここまで捻くれた性格をしていなければ、多分、もっと早く静雄は自分を見てくれただろうし、もしかしたら、もっと早く愛していてくれたかもしれない。
だが、全てをぶち壊しにしてきたのは自分だった。だから、恨むなら自分自身しかない。
けれど、悲しい。悔しい。その思いは、臨也自身の心を抉るだけでは済まず、静雄の上を通り過ぎていった女達にまで向かう。
───ねえ、俺だってずっと、シズちゃんに愛されたかったんだよ。
もっとも、彼女達のように体だけでいいとは一度も思わなかった。思いついていたら、嫌がらせを兼ねて、どこかで実行していたかもしれない。
だが、攻撃する以外の方法を思いつかないほど、臨也は静雄に対する感情に雁字搦めになっていた。そして事実、欲しいのは体だけではなく、平和島静雄という存在全てだった。
だから。
静雄を極上の獲物のように付け狙う女達に、先を越された。
───ああ、そうだ。
自分が静雄の最初の恋人だということは分かっている。でも、体でだって、一番最初に愛されたかった。
それが叶わなかったことが今更ながらにショックで、悲しいし、悔しい。
自分にだって不誠実な過去はあるのだから、どうしようもなく身勝手な想いだということは分かっている。
誰も悪くない。自分が馬鹿だっただけだ。
けれど。
「シズちゃん……」
そっと名前を囁いて、臨也は手の中の熱に唇を近づける。
「お…い、臨也……っ!?」
慌てたような静雄の声が聞こえたが、構わずに濡れた先端にそっと口接け、舌を這わせた。先走りの液には色も匂いもない。ただ汗に似た塩気だけが舌を甘く刺す。
そして、つるりとなめらかな薄い皮膚の感触と、唇に感じる熱さが、臨也の胸に満ちる悲しさを少しだけ慰めた。
「ん……、ふ…っ…」
手の愛撫なら要領は分かっても、口唇での愛撫の要領は今一つ、分からない。それでも、自分自身も受けた経験は過去にあるし、静雄の感じやすい場所はもう殆ど分かっている。それを頼りにひたすらに舌を這わせ、唇で丁寧に甘噛みする。
テクニックでは当然、彼女達に及ぶはずがない。けれど、彼女達が静雄に対してしたことを自分が出来ないのは嫌だった。
「臨也」
戸惑うように静雄が名を呼ぶのを聞き流しながら、裏筋を辿って舐め上げ、先端をくるりと愛撫してから、鈴口をやわらかく舌先でくじる。
そして唇を開き、一息に奥まで滑り込ませて、圧迫されて動かしにくくなった舌を懸命に這わせながら、ゆっくりとストロークを開始する。
その時。
「止めろ、臨也!」
鋭い静雄の声と共に両肩を掴まれ、強引に熱から引き離されて顔を上げさせられる。
何をするのか、と見上げた静雄の表情は、愛戯の最中だとは思えないほどに険しかった。
だが、鋭い瞳に浮かんでいるのは、怒りではない。
むしろ傷付いたような光を見つけて、どうして、と思った時。
「お前、今、何考えてた……?」
低く、本当に傷付いた声で問われて。
臨也は答えるべき声を失った。
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