Stardust City 08

 互いの手は、互いの心臓の上にある。
 互いの鼓動を感じたままの告白。
 それがどんな意味を持つのか。
 分かるような分からないような、分かりたくないような分かりたいような、何とも受け止めかねる気分で、それでも臨也は、うなずく。
「──うん…」
 こんなことで泣きたくなるなんて、本当にどうかしている。
 そう思いながら、熱くなる目の奥をまぎらわせるためにニ、三度まばたきすると、静雄が顔を寄せて、こめかみに優しいキスを落とした。
 そして、耳元に低い囁きが響く。
「臨也、向こう向いてくれ」
「え?」
「お前の背中も、見てみたい」
「───…」
 なんで、と思ったものの、逆らうほどの要求ではない。だから、臨也は戸惑いつつも体の向きを変えて、静雄に背中を向ける。
「これでいい?」
「ああ」
 背中など、体の正面以上に何もない。見て楽しいものでもないだろうと、眉をひそめるが、どうやら静雄の感想は違ったらしい。
「──綺麗だな…」
 低く、零れ落ちたような呟きに、え、と思う間もなく、右の肩甲骨を包み込むように、そっと温かな手のひらが添えられる。
 そして、首筋と背筋の境目にある、最も大きく尖った頚椎にやわらかな温もりを感じた。
 キスされたのだと思ったと同時に、静雄の唇は離れ、そこからほんの少しだけ下に再びキスを落とされる。そして、また下へ。
 脊椎を数えるように、一つ一つ小さな骨の尖りを唇に辿られる。やわらかな温もりが触れては離れてゆく。その繰り返しに、少しずつ臨也の中で何かが呼び覚まされてゆく。
 個人差は多少あるだろうが、人の背中は下へ向かうほどに感覚は過敏になる。そこを上から順に優しく刺激されて、反応するなという方が無理だった。
 六回目か七回目のキスに、とうとうびくりと背筋が震える。そうなってしまったら、もう止まれない。
 雪達磨が坂道を転げ落ちるように、加速度的に肌感覚は鋭敏に研ぎ澄まされてゆく。
 肌の上に感じる静雄の唇の熱、やわらかく肌を撫でる吐息。それに肩甲骨をなぞる指先が加わって、たまらずに臨也は静雄の名前を呼んだ。
「シ…ズちゃん……!」
 だが、静雄の返事はなく、キスは背の半ば、十四番目か十五番目の脊椎に落とされて、臨也は思わず背をのけぞらせた。
 それだけでもたまらないのに、肩甲骨をなぞり終えた指先が、今度は肋骨の背中側を辿り始める。一本一本数えるように細い骨に沿って過敏になった肌をなぞられ、臨也は耐え切れずに身をよじった。
 しかし、いつの間にか静雄の左腕が、しっかりと腹部に回されていて逃げようにも逃げられない。それどころか、その左腕が触れている感触にさえ、過敏な肌は反応し始める。
「や…だ、やだっ……シズちゃん……っ!」
 たかが背中や腹部の肌に触れられているだけで、特に酷いことをされているわけでもない。
 なのに、そのゆるやかな愛撫にこれ以上ないほどに肌感覚を高められて、軽く吐息がかかるだけでもぞくぞくとした震えが背筋を駆け上り、全身に広がってゆく。
 触れられた箇所から絶え間なく湧き上がる、甘く痺れるような感覚に神経を灼かれて、きつく閉じた眦(まなじり)に涙が滲んだ。
「や……、も、やだ…ぁ……っ」
 こんな声が一体自分の喉のどこから出るのかと思うような、けれど、どうにも抑えられない甘やかにすすり泣くような声で懇願しても静雄は止まらず、キスを続ける唇は腰の窪みへと辿り着く。
 ただでさえ神経の集まる過敏なそこに立て続けにキスを落とされ、軽く吸い上げられて、臨也は耐え切れずに高い声を上げた。
「──あ…! ふ…ぁ……、んっ!」
 たかが肌にキスをされているだけなのに、目の奥に快感の白い火花が散る。
 そして、腰骨の上まで全ての脊椎をようやく数え終えた静雄が唇を離すと、臨也はもう自分の体を支えきれず、そのまま背後の静雄の腕の中に崩れ落ちた。
「……お前、ちょっと敏感過ぎねえか?」
「そ…んなの、俺のせいじゃない……っ!」
 上から顔を覗き込まれ、感心しているとも呆れているとも知れない口調で問われて、臨也は涙目のまま憤然として言い返す。
 臨也自身も、今の今まで知らなかったのだ。背筋に触れられることがこんなに感じるということも、自分の体がひどく反応しやすいということも。
 それも当たり前のことで、素人の若い女と後腐れなく遊んでいる程度では、こんな風に受身になることは殆どない。
 だが、いいように翻弄されたことが悔しくて、臨也は未だに肌が空気にさえピリピリと反応するのを無理矢理に抑え込み、半身を起こして手を伸ばし、静雄に触れた。
「なんだ、シズちゃんだって反応してるじゃん」
 好き勝手されたのだから遠慮などしてやるものかと、パジャマの上から直接中心に触れてやると、そこは明らかに反応している。
 そして、顔を見上げると、静雄はほのかに羞恥の滲んだ顔で溜息をついた。
「そりゃ、あんな声聞いて反応しなきゃ不能だろ」
「……俺の声で反応するんだ、シズちゃん?」
「当たり前だろ。どっから出してやがるんだ、あんなエロい声」
「さあ?」
 会話をする間にも、ゆっくり手のひらを上下させてやると、静雄の熱が反応してくるのが感じ取れる。
 だが、それでも静雄は臨也に止めろとは言わなかったから、それなら、と臨也は本格的に身を起こして、体を反転させた。
「臨也」
 臨也が何をしようとしているのか気付いたのだろう。少しだけ戸惑うように静雄が名前を呼んでくる。
 しかし、それは聞き流して、臨也は静雄のパジャマのズボンに手をかけた。
「シズちゃん、腰上げて。っていうより、脱いで」
 体重差を考えれば、脱がすより脱いでもらう方が絶対に楽だと思いついて、そう口にすると、静雄は何とも言えない複雑な顔をした後、臨也の要求に従った。
「おら、お前も脱げ。俺だけ素っ裸にさせてんじゃねぇよ」
「いいけど……でも、シズちゃんは今は触んないでよ。今度は俺が好き勝手する番なんだから」
「好き勝手ってなんだよ。そんなひでぇことしてねえだろうが」
「俺にとっては十分、嫌がらせレベルだったんですー」
 皮肉な口調で羞恥を押し隠しながら、臨也もパジャマのズボンに手をかけて、下着ごと引き下ろす。ちまちま脱ぐよりは恥ずかしさが薄いだろうと思ったのだが、それでも、好きな相手の前で服を脱ぐのは、これ以上ないほどの勇気が要る行為だった。
 裾から爪先を抜いて、ベッドの下に布地を落とす。
 そして、息苦しいほどに高まっている鼓動をうるさく感じながら、思い切って顔を静雄の方に向ける。
「───…」
 薄明かりの中で、静雄は臨也を見つめていた。
 鋭い瞳は、凶暴さは湛えていない。だが、間違いなく肉食獣の目だった。
 熱を帯びた瞳が、無防備な獲物を見つめている。
 この体が極上の獲物に見えていればいいけれど、とそのまなざしに浮かされたようになりながら、臨也はゆっくりとベッドの上を移動して、静雄との間の距離を詰めた。
「シズちゃん……」
 先程触れた時から分かっていたことだが、顕わになった静雄の中心は、完全に反応していた。
 そのことに少しだけ安堵しながら、手を伸ばす。
 そっと指先を先端近くに触れると、体のどの箇所よりも高い体温を感じて、体の奥がぞくりと震えた。
 まずは、ゆっくりと指先で輪郭をなぞり、全体の大きさを自分の手で確かめる。体格に見合ったサイズで、標準以上ではあるが格別に巨大というほどでもない。それでも、これが本当に入るのかな、という疑問が頭を掠める。
 だが、考えても仕方のないことだと、臨也はゆっくりと愛撫を始めた。



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