STARDUST CITY 05
真摯な表情で問われて。
思わずまばたきすると、小さな嗚咽と共に新たな涙が零れ落ちる。
「──いい、よ」
殺されてもいいと思うのに、そんなことを嫌がるわけがない。そんなことも分からないのかと思いながらうなずくと、静雄は少しだけ心配げな表情を浮かべた。
「無理しなくていいんだぜ。お前が俺を抱きたいって言うんなら、それでも構わねーんだし」
「──構わない、の?」
あまりの意外さに、きょとんとして問い返すと、静雄は事も無げにうなずく。
「俺も男だし、お前も男だしよ。考えてたら、どうでも良くなってきた。それに調べてみたら、男同士って案外、どっちがどっちて決まってねぇカップルも多いみたいだしな。元々ノーマルの男なら突っ込みたいのが当然だろうしよ」
「──調べたの」
「だから、男とも付き合ったことはねーんだっての。ましてや、相手はお前だしな」
あっさりと言う静雄に、臨也は呆気に取られてその鳶色の瞳を見上げた。
静雄は常々、臨也を可愛いと口にするから、てっきり一方的に抱きたがるものかと思っていたのに。
意外にも、臨也の性別はきちんと分かっていて、男としての生理とか尊厳とかいうものも、きちんと尊重してくれているらしい。
つまり、散々に聞かされた『可愛い』という言葉は、別に女の子っぽいとかそういう意味ではなく、
人間として可愛い、あるいは──あまり認識したくはないが──普段は隠している恋心が顕わになる仕草が可愛い、そういう意味だったということだ。
だから、言われても、恥ずかしさやどうして自分にという戸惑いはあっても、嫌悪感を感じなかったのか、と今更ながらに臨也は納得する。
そうして、本当に馬鹿だなぁと思いながら、微笑んだ。
「本当にどこまで規格外なのさ、シズちゃん」
そういつもの憎まれ口を叩いたはずなのに。
何故か、目の前で静雄は目を瞠っていて、臨也はまばたく。
「シズちゃん?」
名前を呼ぶと、静雄は我に返り、びっくりした、と小さく呟いた。
何のことかと首をかしげると、まだ驚きを残した表情のまま、静雄は口を開く。
「お前がそんな風に笑ったとこ、初めて見た」
「へ……?」
「すげぇいい。お前、俺と居る時はあんまり笑わねぇけど、そういう笑顔なら何度だって見てぇよ」
笑顔と共にそんな風に言われて、臨也は自分はどんな顔をしたのだろう、と思い返す。
ただ、静雄が自分のことを本当にきちんと考えていてくれるのが嬉しくて、つくづく馬鹿だなぁと愛おしくて。
幸せ、で。
「──っ…」
気付いた途端、じわりと頬が熱くなる。
多分、自分はひどく蕩けた表情をしたのだろう。きっと、目の前の男が好きでたまらないという気持ちが顔に出ていた。
いつもなら、意識してセーブしているから仄かな笑みにしかならないはずなのに、そうすることを綺麗さっぱりと忘れてしまっていた。
何もかも、この男のせいだ、と嬉しげに笑んでいる静雄を睨みつける。
だが、やはりそれには何の意味もなくて。
「俺も大概、どうしようもねぇよな。お前みたいなのが、可愛くて仕方ねぇんだからよ」
そんな言葉と共に、やっと涙の止まった顔に幾つものキスの雨が降ってくる。
そして、最後に優しく唇に触れるだけのバードキスが落とされて。
至近距離で、静雄の目が臨也の目を見つめた。
「もう一度聞くけどよ、本当にいいか?」
何を、と言われなくても分かる。
だから、臨也は、いいよ、と同じ言葉を繰り返した。
「我慢してるわけじゃないよ。ただ、君に突っ込んで、君が喘いでるとこを見たいかと言われると、そうでもないってだけ。まあ、この先、その気になったら抱かせてもらうかもしれないけどさ」
多分、と臨也は自分の心理を分析する。
化け物と称することしかできないほどに強靭な肉体を持つ静雄は、超越者でありたいという願望を持つ臨也にとって、新羅から話を聞いた時から憧れの存在だったのだろう。
世界にとって特別な存在でありたいのに、現実の自分はそうではない。なのに、目の前にその超越者が居る。
しかも、彼自身はその力をありがたいとも何とも思っていないどころか、普通の人間になりたがっている。
ゆえに臨也は、そんな自分の潜在的願望を踏みにじるような静雄を許せないと憎み、彼がその力を自覚し、使わざるを得ないように散々に追い込んだ。
だが、その根底にあったのは、常に憧憬だったのだ。
何よりも誰よりも強い、孤高の化け物。
その姿に憧れ、自分がそうなれないのであれば、自分の……自分だけのものにしてしまいたかった。
その執着が恋心にすり替わってしまったのは、不思議でも何でもない。
そして、その憧憬を未だ心に抱いている臨也としては、弱い静雄は見たくなかった。
別に弱音を吐くなという意味ではない。ただ、折原臨也という人間にとって、強い存在であり続けて欲しいのだ。
自分など到底敵わない、自分の自由になどならない強い存在であって欲しい。
自分の卑小で悪意に満ちた思惑など、容赦なく蹂躙し続ける無敵の存在であって欲しい。
被虐趣味ではなく、ただ何よりも強い化け物に恋した、それだけの話で、だから静雄に抱かれることは臨也にとって、とても自然なことだった。
もっとも、将来、何かの弾みで静雄を抱きたくなることがあるかもしれない。だから、答えには少しだけ含みを持たせたが、何となく、その可能性は薄いような気がした。
「……そうか」
「うん」
じっと臨也の目を見つめていた静雄がうなずく。
それに臨也もうなずき返し、二人はゆっくりと唇を重ねた。
差し伸べた舌を優しく絡め合い、その甘やかな温もりに酔う。そして、臨也が先手を打って静雄の煙草の味が仄かに残る口腔を隅々まで探り、神経の集まる上顎の裏を舌先でくすぐれば、静雄は喉を低く鳴らした。
満足して舌を引っ込めようとすると、すぐさま追いかけられて絡め取られる。舌先を甘く噛まれて、ぞくりと背筋に痺れが走り、更に同じように上顎の裏を散々にいじられて、そこから生まれる甘い疼きにたまらずに体が震えた。
そうして互いに甘く貪り合った後、ようやく唇が離れる。
ぼんやりと目を開けて、至近距離の静雄を見上げ、臨也はかすかに震える溜息を細くついた。
「本当にシズちゃんて、手馴れてるよね。結構ムカつくんだけど」
「馬鹿言え。手前だって大して変わらねーだろ」
「──まぁね…」
静雄のことがずっと好きだったとはいえ、叶わないと信じていた恋にストイックに殉じるような臨也ではないから、一応、普通に女相手の経験はある。初体験は中学生の頃だったから、まあ早熟な方でもあっただろう。
ただ、女の肉体と自分の肉体に対する好奇心が一通り満たされた後は、割合に淡白だった。
高校に入る頃には一端(いっぱし)の情報屋として活動を始めていたことも用心に繋がり、無防備になりやすいSEXには極力、相手を選ぶようになったし、同じ相手と二度寝たこともない。だから、言い寄られることは多くとも、実際の経験はそう多い方ではなかった。
それなのに技巧がそこそこなのは、生まれつきの勘の良さと、好奇心旺盛だった頃の遺物だ。文句をつけられるような経歴の結果ではない。
「でも、最初に言っとくけど、俺は男相手の経験はないから。その辺も、シズちゃんと条件はイーブンだよ」
「……そういうの、イーブンっつーのか?」
臨也の日本語の選択に眉を小さくひそめながらも、まあそんなもんだろうな、と静雄はうなずく。
「お前は警戒心強いからな。男相手に経験あるとは最初から思ってねーよ」
「そう?」
悪戯に微笑みながらも、臨也は静雄の答えに満足する。
化け物でも無神経でも馬鹿でも悪趣味でも、静雄はきちんと自分のことを理解していてくれる。その上で愛されているというのは、この上なく気分良く満たされることだった。
もう一度キスをしようと唇を近付けかけて、あ、と臨也はもう一つ、言っておかなければいけないことを思い出す。
「シズちゃん、そこの引き出しに、ゴムとローション入ってるから」
サイドテーブルの引き出しを指差すと、その先を目で追った静雄は、ああ、と了解したようにうなずいた。
「そういや、財布ン中からゴム持ってくんの忘れてたな」
「駄目じゃん、男ならきちんと用意しとかないと。女の子泣かせちゃうよー?」
「泣かせてねぇっつーの」
お前があんな誘い方するからだろ。
そう言われて、臨也はくすくすと笑いながら静雄の唇にバードキスを贈る。
「シズちゃんが奥手なのがいけないんだよ」
「奥手じゃねえってのに。お前こそ、がっついてんじゃねーよ」
「俺、若いからさぁ。なんてったって、永遠の二十一歳だし?」
「寒いから、それ、もう止めろ」
二人で笑いながら、触れるだけのキスを顔のあちこちに繰り返す。
あれだけ泣いた後だから、目元は熱を持っている感じがするし、きっといつもの何分の一も綺麗な状態ではないだろう。
でも、もう気にはならなかった。
「シズちゃん」
好きだよ、と二度はさすがに口に出せない想いを精一杯に込めて、臨也は静雄にキスをした。
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