Stardust City 03

「何つったらいいんだろうな……。今更なんだろうけど、俺とお前が居て、ムカつきも喧嘩もしねぇっていうのが、まだ何か不思議でよ……。あ、信じられねぇとかじゃなくて、どっちかっつーと嬉しい、の方が近いな」
 一つ一つ、言葉を探すように紡ぐ。
 こういう時の静雄の喋り方は、嫌いではない。
「こういう風にもできたんだな、できるんだな、って思ってたら、何か嬉しくてよ。目の前でお前がちょろちょろしてるだけで、ちょっと満足しちまってた」
「……何それ」
 静雄が真面目に話しているから、真面目に聞いた。
 おかげで余計に呆れた、と思いながら、臨也は溜息をつく。
「シズちゃん、一体どこのジジイなわけ? まさか、縁側で二人並んで日向ぼっことかしたいの? だったら俺は謹んで辞退するから、とっとと池袋帰って、二度と来ないでよ」
「だから、触りたくなかったわけじゃねえって」
 臨也の罵詈雑言に、静雄はくくっと低く笑う。
 喉の奥で響いたそれは、ダイレクトに重なったままの臨也の胸にまで届いて。
 臨也の胸の奥にある何かを、はっきりと揺さぶった。
「でもよ、最後までやっちまうと、変わっちまうものもあるだろ。それが惜しい気がしたんだよ」
 SEXをしてしまうと、変わってしまうもの。
 それが何であるのかは、臨也にも察しがついた。
 体の関係ができると、ちょっとした触れ合い──日常の中で肩や指先が触れ合ったりとか、そんな些細な事は『日常』のカテゴリーに墜ちてしまう。
 キスだって、もっと明確にSEXを連想させるものになる。そこが終わりではなくなるのだ。
 付き合い始めてから、SEXをするまで。その短い間にしか手に入らないものも、確かにある。
 けれど。
「……君って俺と同い年だよね? 中学生とかじゃないよね?」
「馬鹿野郎。ガキじゃねーから言ってんだ」
「──まあ、それはそうか」
 先程の言葉は、SEXを知らない子供が言えることではない。失うことを知っているからこそ、惜しむ気持ちも生まれてくる。
「でもシズちゃん、彼女とかいたことないじゃん。なんでそんなこと言えるのさ」
「……そりゃ居なかったけどな、でもそんくらい、想像つくだろ」
 いや普通はつかないよ、と言いかけて。
「──成程。シズちゃんは、自分を押し倒した女の子と次に会うのが気まずいタイプなんだ。その子とのSEXを思い出しちゃうから」
「!」
「そういうことか。分かりやすいねぇ。不本意でも男なら思い出すよね、その時のことをさ。それがいつもじゃなくて、たまの出来事だったなら、余計に」
 実に分かりやすく反応し、臨也の両肩に手をかけて自分から引き剥がした静雄に、にんまりと笑いかける。
 すると、静雄は見るからに嫌そうな顔になった。
「手前、どこまで知って……って、知ってて当然か、畜生」
 大きく溜息をつき、座らせろ、と臨也から離れてベッドの端に腰を下ろす。
 臨也もその後を追い、少しだけ間隔を空けて隣りに座った。
「あ──、」
 後ろ髪を掻き揚げ、言葉を探している静雄を興味深く眺めながら、臨也は口を開く。
「事情は大体分かってるから、言い訳はしなくていいけどさ。今年に入ってからは、全然そういう噂も聞かないし。でもなんで、毎回、似たような手口に引っかかるわけ? 俺、それだけは分かんなくてさ」
 率直に問いかけると、静雄は困った顔になる。
「大体アレでしょ、ベロンベロンに酔った振りで、アタシ動けなーいとか道端で言ってるのを送って行って、ぱっくり食われてるわけでしょ。そんな見え見えの手口、二度も続けば学習するもんじゃない?」
 重ねて聞くと、諦めたように溜息をつき、後ろ髪を掻き揚げながら口を開いた。
「──本当に酔ってんならヤベェだろ」
「は?」
「演技ならいいさ。別に俺の方は怪我するわけでもねぇし。どっちかつーと、いい思いさせて貰うわけだし。でも、マジで潰れてんなら放っとくわけにいかねーだろ。男なら路上に転がしといたって、構いやしねぇけどよ」
「……それで毎回食われてれば世話ないよ、シズちゃん」
 一体どんだけお人好しなの、と臨也は呆れる。
 臨也なら間違いなく放っておく。というよりも、酔った女になど近寄らない。遠目に眺めて通り過ぎるだけだ。
 だが、静雄にはそれができないらしい。彼の性格を考えれば、当然といえば当然なのだろうが。
「馬鹿なのは分かってるっつーの。でも、仕方ねぇだろ」
 静雄自身、恥じる部分はあるのだろう。仏頂面に、自嘲と羞恥が仄かに滲んでいる。
 けれど。
「本当に馬鹿だねぇ、シズちゃん」
 その馬鹿が、臨也は嫌いではなかった。
 だから、手を伸ばして肩に手を置き、こちらを見た静雄の唇からキスを盗む。
 そして、にやりと不敵に笑った。
「そんなんだから、俺みたいなのに引っかかるんだよ」
 すると、静雄は驚いたようにまばたきして。
 呆れたような溜息をついた。
「バーカ。俺は別に、引っかかったわけじゃねぇよ」
「へえ? じゃあ何?」

「初めてプリン持って来た時、固まってた手前が可愛かったんだよ。それまでは、ただのノミ蟲だったのにな」

 さらりと言われて。
 臨也は固まる。
 確かに三ヶ月ほど前、そんなことがあった。
 古いアニメのDVDを一緒に見ないかと誘って、最初の回だ。玄関先に現れた静雄に、パティスリーの紙袋を差し出されて絶句し、中を見て、また絶句した。
 二つしかないプリンは、明らかに二人で食べるためのもの。
 そんなものを静雄が持参したという事実が、どうしても瞬時に処理できなかった。
 そして、今も。
 固ゆで卵のようになった臨也を、静雄は見つめてやわらかく笑う。
「こういう時のお前は、マジで可愛いな」
 そんな風に言われ、細身でも力強い腕の中に優しく抱き込まれて。
 もしや、今夜の自分は相当に早まったのではないか、と臨也は硬直する思考の中で思った。



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