DAY DREAM -Promised Love- 03

 静雄が二つの湯飲みを持ってリビングに行けば、臨也はソファーに陣取り、早速、小さな紙箱を開けていた。
「あ、可愛い可愛い」
 四つ並んだ小ぶりのいちご大福に目を細めて、隣りに腰を下ろした静雄に笑みを向ける。
「はい、一つどーぞ」
「買ってきたのは俺だぞ」
 いかにも自分のもののように箱を差し出す臨也に苦笑しながら、静雄はいちご大福を摘んで取り上げた。
 ふくふくしたやわらかな感触は、可愛らしい丸い外観と相まって、食べる前からその甘酸っぱさを予感させる。
「じゃあ、いただきまーす」
 自分もまた、一つを指先に取り上げた臨也は、機嫌よく口に運ぶ。そして、軽く食(は)んでから 満足げに笑った。
 そんな臨也を横目で見ながら、静雄もまた、ぱくりと大福を口に運ぶ。小ぶりのそれは二口で消えたが、甘酸っぱい余韻はしばらくの間、口の中に残った。
「久しぶりに食べると美味しいなぁ。もう一個ずつ、どうしよう?」
「二つ食べたって、どうっていうことねぇだろ。小せぇし」
「まあね。明日だと水分が出て、不味くなっちゃう気もするし」
 食べたらその分、明日動けばいいか、と呟いて、臨也は湯呑みを手に取る。
 そして、ちょうど良い温度加減の茶を啜って、また満足げな表情になった。
「何?」
 その一連の様子を眺めていた静雄の視線に気付いて、臨也は振り向く。
「いや、物食ってる時のお前、可愛いと思ってよ」
「またそれ?」
 静雄が正直に思っていることを述べると、臨也は小さく肩をすくめた。
「もう聞き飽きたよ。たまには違うこと言えないわけ?」
「可愛いもんは可愛い以外に言いようはねぇだろ」
「だからさぁ……」
 シズちゃんて、どこまで単純馬鹿なの、と言いながら、臨也は手の中の湯呑みを小さく回す。
 そうするうちに、平然としていた頬にも微かに赤みが差してきて、ああやっぱり可愛いな、と静雄は微笑む。
 静雄の「可愛い」という言葉に慣れてきているのは事実だろう。以前のように真っ赤になって固まるようなことは、最近ではもう無い。だが、恥ずかしくも嬉しくも無い、というわけではないのだ。
 そして、そんな臨也を見ると、静雄はひどく大切にしてやりたくなる。
 相手がノミ蟲で、世間では相変わらずきな臭いことばかりしている奴だということを分かっていても、うんと甘やかしてやりたいだの、嬉しそうに笑う顔を見たいだのと思ってしまうのだ。
 こういうのを末期症状というんだろうな、と思わないでもなかったが、結局は感情の問題である。自分でもどうしようもなかった。
 そんないちご大福にも勝る甘い感情に浸っている静雄の膝に、いつの間に寄ってきたのか、ちりん、と小さな鈴の音を立ててサクラが飛び乗ってくる。
 猫に鈴を付けるのは、聴覚の良い彼らにとってあまり良いことではないらしいが、何しろ真っ黒な仔猫である。
 暗闇ではどこに居るのか全く分からないし、狭い隙間に入っていってしまうことも多いため、身動きしただけで居場所の分かる鈴は、飼い主にとっては必須アイテムなのだ。
 そして、これは性能とは全く関係のないことだが、サクラの漆黒のビロードのような艶やかな毛皮に、赤い首輪と金色の鈴は、これ以上ないというほどによく似合った。
「お?」
 静雄が目を丸くしている間に、サクラは静雄の膝の上でうろうろと数度、位置を変え、ほどなく静雄の腹部にぺったりと体の側面をつけるようにして、手足を畳んで座る。
 そのまま、ゴロゴロと喉を鳴らし始めたサクラの頭を、隣りから手を伸ばした臨也が指先でつつくように撫でた。
「ったく……なんでサクラはシズちゃんの膝にばっかり行くんだよ」
「そりゃあ、お前の方が細くて安定性悪いせいじゃねぇの?」
 サクラはまだ小さいため、臨也の膝の上でも簡単に載れるが、どちらが寛げるかといえば、多少なりとも太腿に幅のある静雄の方に軍配が上がるだろう。
「あと体温だって俺の方が高ぇし。猫はあったかいとこが好きなんだろ」
「──そりゃそうかもしれないけどさぁ」
 正論を告げる静雄に、不満げに口元を小さく曲げて、臨也はサクラの頭をつつく。だが、そのタッチはあくまでも優しいものだったため、サクラは嫌がるどころか、もっと撫でてと言わんばかりに顎を上げた。
「……図々しいよ、お前」
 文句を付けながらも、臨也はサクラの顎を指先で撫でてやる。
 気持ちいいのか、サクラは顔の向きを変えたり、頭を上げたり下げたりしつつ、小さな頭部全体を満遍なく臨也に撫でさせ、それから、御苦労様と言いたいのか、それとも御礼の毛づくろいのつもりなのか、臨也の指先を舐めた。
「猫って本当に訳分かんない生き物だよね」
 可愛いけどさ、とサクラの背中を軽く二、三度撫でてから臨也は手を引く。
 そんな臨也の髪を、今度は静雄が手を伸ばして、やわらかく梳くように撫でた。
「お前だって、訳分かんねぇよ。サクラ見てると、時々、お前見てるような気になる」
「──猫と一緒にしないでよ」
「一緒にはしてねぇけど、まあ、似たようなもんだろ」
「こんなに人間らしい俺を捕まえて、失礼だよ。君こそ犬っぽいくせに」
「俺が?」
「うん。大型犬ぽい。だってシズちゃん、トムさんとか幽君に、ここで待ってろって言われたら、何日でも待ってるだろ」
 その微妙な形容に、静雄はわずかに眉を動かす。
「お前が言っても、待ってるぜ」
 どうして自分の名前を出さないのだと、含みを込めて言ってやれば、臨也は小さく言葉に詰まったようだった。
「……俺が何日も待たせたら、怒るくせに」
「そりゃ心配するからな」
「っ……」
 付き合い始めてから一年以上経つのに、未だに臨也は時々、言葉の使い方が上手くなくなる。そういう物言いをしたら、静雄がどういう答えを返すか、考えずとも分かりそうなものなのに、自分から落とし穴に落ちてゆくことが少なくないのだ。
 うっすらと目元を赤く染めて、懸命に言葉を探しているらしい臨也に、静雄は、本当にしょうがねぇ奴、と微笑む。
「でも、サクラ飼ってみて初めて分かったけどよ。猫も、ちゃんと懐くだろ」
 玄関まで見送ったり、出迎えたり、甘えたり。
 気まぐれで、ふいと離れていってしまったり、別に誰かの膝の上でなくとも、温かくてやわらかな場所ならどこでも御機嫌だったり、自分勝手なところはあるが、しかし、好きな人のことはきちんと認識して区別している。
 そう思いながら、静雄は首を傾けて、臨也に触れるだけの小さなキスをした。
「──お前だって、俺が帰るのをちゃんと待っててくれるだろ」
 至近距離で目を覗き込んで言えば、光の加減で紅く透けるセピアの瞳が、分かりやすく揺れて。
 ほんの少しだけ悔しそうに臨也は一瞬、目を伏せてから、顔を上げて静雄の胸元を掴み、今度は自分から静雄にキスをした。
 そして、表情を隠すように静雄の肩口に顔を埋める。
「──待ってるに決まってるだろ」
 でなければ一緒に暮らしたいなんて言うもんか、と小さく訴えてくる臨也を、静雄は膝の上のサクラを気にしながら手を伸ばして抱き締める。
 そして、細い背中をゆっくりと撫でた。
「俺は絶対、この部屋に帰ってくるからよ。お前も、きちんと帰ってこいよな」
「……他にどこに帰るんだよ」
 そんなひねた物言いで返してくる臨也に微笑んで、静雄は右手の親指で、そっと臨也の頬を撫でる。細い顎をやわらかく持ち上げると、臨也は逆らわなかった。
 うっすらと顔を赤くして、拗ねたような目で静雄を見上げる。その表情が可愛くてたまらず、ゆっくりと口接けると、臨也は目を閉じて静雄の首筋に両腕を回した。
 好き。離れないで。ずっと一緒に居て。
 そんな分かりやすい、そして、かけがえのない想いを触れ合った箇所全てで交わし、互いの隅々まで染み透るのを感じてから、そっと離れる。
 綺麗に睫毛の揃った目を開けた臨也は、静雄を見上げ、それから、切なさを滲ませた顔で身動きしてソファーに背を預けた後、静雄の肩に甘えるように寄りかかった。
 ぴったりと体の側面にくっついてくる臨也の体温に、やっぱり猫だな、と静雄は小さく微笑む。膝の上にサクラ、隣りに臨也ではまったく身動きが取れないが、それが嫌などころか、むしろ満ち足りた気分になる。
 そんな風に甘い思いに浸っていると、ねえ、と臨也が小さな声で呼んだ。



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