DAY DREAM -Promised Love- 02

 静雄が綿ニットの長袖Tシャツにジーパンというラフな格好に着替えてキッチンに行くと、臨也は既に鼻歌交じりにコンロの前に立っていた。
「あ、シズちゃん。春キャベツの和え物作って。胡麻ダレのやつ。俺は、サワラとアサリと摘み菜をやるからさ」
「……お前、一番面倒くさい奴を俺に押し付けただろ」
「えー、そんなことないよー。俺は三品、シズちゃんは一品。俺の方は味付け三種類もしなきゃならないんだよ?」
「煮魚や澄まし汁の味付けに、どんだけ手間かける気だ」
 サワラの煮つけは、煮汁の味付けをきっちり決めて魚を放り込むだけ、アサリの澄まし汁は、出汁不要で塩加減をきっちり決めるだけ、摘み菜のおひたしは、出汁としょうゆと酒とみりんを合わせて煮立てれば終わりと、手順としてはややこしいことなど一つもない。
 対して、春キャベツの和え物は、大きいまま茹でたキャベツの葉をザク切りし、人参と油抜きした油揚げを細く刻んでさっと湯がき、胡麻と酢と酒と砂糖と醤油を合わせてタレを作り、全部を混ぜ合わせるという手数の多さである。
「俺、油揚げより錦糸卵混ぜるほうが好みなんだけど」
「贅沢言うんなら手前で作れ」
 手元を覗き込んできて注文を付ける臨也に眉をしかめながらも、静雄は熟練の主婦の手際の良さで、あっという間に野菜を刻み、次から次へと具の下ごしらえを済ませてゆく。
 そうしてタレを合わせる頃には、臨也もまた、持ち前の勘の良さで塩加減を一発で決めて料理を仕上げてゆき、全四品の春らしい料理が出来上がったのは、ほぼ同時だった。
「うーん、見事な春御膳。二人だといいのは、こういう時だよね。一人だとこれだけの品数、作らないしさ」
「まぁな」
 お互いに自炊はしていたが、所詮は男の料理で、普段はさほど手をかけたものを作っていたわけではない。一汁一菜におまけがつく程度が常だったのだから、一緒に暮らし始めてからの献立の充実振りは、大いなる進歩というべきであるのだろう。
 何となく満足して、二人はテーブルにつき、いただきます、と手を合わせる。
 勿論、その前にサクラに新しい餌を出してやることも忘れない。
「あ、アサリの塩加減ばっちり。さすが俺だよね」
「言ってろ。……まぁ美味いけどな」
「シズちゃんの和え物も美味しい。俺、この味好きなんだよね。お母さんからの直伝だっけ?」
「ああ。一人暮らし始めてからも食いたかったからよ、電話して作り方教えてもらった」
「へえ。シズちゃんのお母さんも嬉しかったんじゃない? 図体のでかくなった息子が、そういう可愛い理由で電話してきてくれるのはさ」
「そんなもんか? つーか、可愛いって何だ」
「えー、可愛いじゃん。とにかく、そういうものらしいよ、世間では」
「あ、サワラも美味いな」
「シズちゃんのリクで煮付けにしたんだからね。でも、サワラが出回ると、春だなーって気がする」
「おう。次は塩焼きな」
「はいはい」
 食事というものは所詮、毎日繰り返すものであり、その最中の話題は、当然ながら大したことを話すわけではない。
 今日の客のおかしなエピソードだとか、コンビニの新商品だとか、そんな他愛ない話題ばかりだったが、二人で作った料理を口に運びながらの会話は、不思議に話の種が尽きなかった。
 気がつけば、全ての皿は綺麗に空になり、食後のお茶が欲しくなってくる。
「いちご大福は、リビングで食べようよ。今日、幽君のドラマあるし」
「そうだな」
 どちらともなくうなずき合って立ち上がり、二人は阿吽の呼吸で片付けを始める。
 この辺りは、単に付き合っていた頃から変わらないため、互いに慣れたものだ。片方が皿を洗い、片方がテーブルを拭き、コンロ周りを簡単に磨く。そうして分担して作業すれば、終わるのはあっという間だった。
「シズちゃん、お茶は緑茶? ほうじ茶?」
「どっちでもいい」
「じゃあ、緑茶淹れて」
 ねだられて、はいはいと静雄は戸棚に歩み寄り、茶筒を手に取る。
 他の飲み物は大概の場合、独特のこだわりがあるらしい臨也が淹れるのだが、緑茶は絶対にシズちゃんが入れたやつの方が美味しい、という臨也の主張により、静雄の担当ということになっている。
 静雄自身は何の工夫もなく淹れているだけなのだが、恋人がそれを美味しいと褒めてくれれば、勿論悪い気はしない。
 とはいえ、自分の淹れ方のどこがいいのかはさっぱり分からなかったから、いつもと同じ適当な手順で沸騰した湯を軽く冷まし、急須に注いで二杯分の緑茶を淹れた。
 二人の湯飲みは柄違いのお揃いで、同棲を始める直前に臨也がどこかで買ってきたものだ。
 何とか焼、という上等の物らしいが、静雄にはそういう違いは余りよく分からない。というより、興味そのものがない。
 ただ、渋い地の色に青い染料(臨也のは臙脂色の染料)でさりげなく模様が描かれている感じが気に入っているのと、あと、それを買ってきて披露した時の臨也の浮かれ具合が可愛かったため、この二つの湯飲みを使う時は、いつも気持ちが丸く、優しい気分になった。

 実際、一緒に暮らすことを決めた時の臨也の浮かれっぷりは、大したものだった。
 本人は普通に振る舞っているつもりだっただろうが、静雄に向ける笑顔は四割増、声のトーンは高い上に言葉数もいつもにも増して多い、おまけに次から次に新居用の日用品を買ってくるとなれば、本心はダダ漏れに等しい。
 半月程度あった準備期間中、静雄は「そんなに俺と暮らしたかったのか」と何度も呆れたが、一方で、そんな臨也が可愛くなかったといえば嘘になる。
 そして、一緒に暮らし始めてみれば、更にその思いは増した。
 具体的に話を聞いたわけではないが、臨也が同棲をしたがったのは、静雄と一緒に居る時間を少しでも長くしたかったからであるらしく、朝起きて「おはよう」と言葉を交わし、この部屋からそれぞれに仕事に出て、夜には帰り、都合が合う限りは一緒に食事を作って食べて、同じベッドで寝る、それだけのことに一々嬉しそうな顔をするのである。
 以前に、シズちゃんが居ればそれでいい、と言われたことがあるが、これほどの想いだったとは静雄も思っていなかっただけに、驚きもしたし、もっと早い段階で臨也の気持ちを真剣に汲んでやらなかった自分を反省もした。
 そして、その分、静雄が反省を込めて臨也を甘やかせば、臨也の態度が更に嬉しげに浮かれたものになるのは、もはや自然の摂理である。
 そんな新婚さながらの遣り取りを十日余りも繰り返した結果、今や二人の生活は、氷砂糖を煮溶かして蜂蜜をたっぷり加え、更に煮詰めたような代物に成り果てているというのが実情だった。



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