DAY DREAM -Promised Love- 04

「そろそろ幽君のドラマ、始まっちゃうよ」
「録画してあるだろ」
「してあるけど、TVを付けてあげるくらいしなよ」
「今夜くらい、別にいいさ」
 そう言ってやると、臨也は黙り込む。
 臨也が以前から、幽に対し、微妙な感情を抱いていることは知っている。兄弟愛を邪魔する気はないにせよ、自分以外の誰かが静雄に大事にされていることが、どうしても心に引っかかるのだろう。
 一方、静雄の方は、九瑠璃や舞流をはじめとして臨也の周囲に居る誰に対しても、そういった嫉妬めいた感情を抱いたことはない。が、それは結局のところ、臨也が他に、身をもって庇いたいと思うような相手を持っていないことを知っているからだ。
 警戒心の強い臨也は、決して他人を自分の内側には入れない。静雄が唯一の例外なのである。
 対して静雄は、幽にトムにヴァローナに社長にと、いざとなったら身を盾にして守りたい相手が幾人もいる。
 臨也はそういう静雄を咎めないが、本心としては自分だけを大切にして欲しいのだろうし、静雄が他人を見るたび、ほのかな寂しさや嫉妬を感じるのだろう。
 好意を寄せてくれる人を大事だと思う自分を変えることは、静雄にはできない。だが、そのことで臨也が複雑な感情を覚えるのであれば、その分、大切にして甘やかしてやりたかった。
 そんな思いで、今夜は弟のことはいい、と告げてやれば、少し沈黙した後、臨也がそっと手を伸ばしてきて静雄の手に触れる。
 手の甲に自分の手を重ね、指を絡ませては外し、静雄の指を摘んだり撫でたり、子供のように一人遊びをして。
「シズちゃん」
 名前を呼んだ。
「ん?」
 臨也の手の温度は、静雄に比べると幾分低い。冷たいというほどではないが、ほのかな温もりを帯びている程度で、体温の高い静雄にしてみれば、その温度が心地いい。
「あのさぁ、明後日からゴールデンウィークだけど」
「ああ」
 少し言いにくそうにしたその前置きだけで、臨也が何を言いたいのか察して、静雄は応じた。
「四日なら、休みもらってあるぜ。他の日は仕事だけどな」
 そう告げてやると、臨也は驚いたように顔を上げて静雄を見つめた。珍しくも、綺麗な顔立ちにくっきりと驚愕の色が浮かんでいる。
「──覚えてたの?」
「なんで忘れるんだよ」
「だって、シズちゃんだし」
「バーカ。冬にお前がインフルエンザで寝込んだ時に約束しただろ」
「したけど」
「俺は一度約束したことは忘れねぇよ」
 それほど記憶力がいい方だとは思っていないが、誰かと何かを約束をしたら、それは忘れない。特にメモを取るわけではないが、くっきりと脳内に残る性質なのだ。
「行きたい場所があるんなら、早いとこ決めとけよ。GWだから、どこでも混んでるだろうけど、お前の誕生日くらい、お前の好きなとこに付き合ってやるからよ」
「────」
 実に分かりやすく絶句して、臨也は静雄を見つめる。
 明らかに飽和状態になってしまっている臨也に、静雄は苦笑した。そして、そのなめらかな頬を、やわらかく撫でてやる。
「おい、大丈夫か?」
 普段はうざいことが多い割に、臨也は甘えることがあまり上手くない。
 原因は、その捻くれた性格と物の考え方のせいなのだろうが、ともかく彼自身が想定した反応よりも糖度の高い反応を静雄が返すと、許容限度を超えてしまい、固まるのだ。
 最近は「可愛い」という言葉同様、幾分慣れたらしく、その回数も減ってきたが、それでもまだまだ事あるごとに固ゆで卵になって静雄を楽しませる。
 今も、じわじわと頬に赤らみが刺し、どう反応を返せばいいのか分からないでいるらしい、うろたえた光が綺麗な色の目の中を踊っていて、静雄は苦笑したまま、そっと唇にバードキスを落とした。
「まるで俺が普段、全然優しくねぇような反応してんじゃねーよ」
 いつもこんなもんだろ、と言えば、更に臨也はじわりと赤くなる。
「そ…うかもしれないけど、」
「お前が好きだって、何度言わせれば納得するんだ?」
「……それも知ってる、けど」
「けど、何だよ?」
 優しく苛めて問い詰めてやれば、臨也ひどくうろたえたように数度、忙しなくまばたきしてから、まなざしを恨めしげなものに変えて、静雄をねめつけた。
「──シズちゃんて、結構性格悪いよね」
「お前相手限定でな」
 否定せずに応じると、臨也は更に悔しそうな顔になる。が、諦めたのか、ぽてんと静雄の肩口に額をぶつけた。
「……どこかに出かけるとかより、うちでDVD借りてきて見る方がいい」
「いいぜ」
 確かに、出かけるのが楽しくないわけではないが、家に引きこもれば、ずっと二人でくっついていられる。
 ひどく可愛らしい、分かりやすい臨也の望みに、静雄は笑ってうなずいた。
「朝と昼は俺が飯作ってやるけどよ、夜はどうする? それくらい、その辺に食いに行くか?」
 いつもよりちょっといい食材や酒やデザートを用意して、家で食べるのも勿論悪くない。
 だが、昨年付き合い始めてまだ間もない頃の臨也の誕生日に、二人で居酒屋に出かけて飲み食いした、たったそれだけのことが、おかしなくらい楽しくて幸せだった記憶は、昨日のことのように心に残っている。
 そのことを思いながら問いかければ、臨也もまた、同じ事を思ったのだろう。少し考えた後、首を縦に振った。
「じゃあ、行きたい店決めとけよ」
「……そんなこと言って、俺が馬鹿高い店を選んだら、どうするんだよ」
「お前はそういう真似、しねぇだろ」
 格式が無駄に高い店は、静雄は居心地が悪く楽しめない。そういうことを分かっているのだろう、臨也が選ぶ店は、いつも程々に混んだ居酒屋や、ほっこりした雰囲気のレストランなど、芯から居心地がいいと思える店ばかりだった。
「お前の選ぶ店、俺は好きだぜ。美味いし、値段も高過ぎねぇし」
「───…」
 そう告げてやると、臨也は静雄の肩口に顔を埋めたまま、静雄のシャツをぎゅっと掴む。
 その小さな仕草が、静雄の心を毎回、鷲掴みすることなど気付いてもいないのだろう。
「臨也」
 可愛くて愛おしくて仕方がない。そんな想いを込めて名前を呼ぶ。と、うん、と小さな声が返った。
 そして、そっと顔を上げさせてやれば、臨也はひどく無防備な、甘い表情で静雄を見上げる。
 互いの目を見つめ、それからどちらともなく顔を寄せて目を閉じ、唇を重ねた。
 甘く優しい温もりと感触に溺れながら、ゆっくりとキスを深めてゆけば、静雄の膝の上にいたサクラが安眠を妨害されたのか、起き上がって軽い仕草で静雄から下りた。それを幸いとばかりに、静雄は体の向きを変え、臨也を抱き寄せる。
 臨也も抗わず、細い体はしっくりと静雄の腕の中に納まった。
「……ん、…ふ…っ、シ、ズちゃ……」
「ん……」
 角度を変えるたびに、臨也の唇からは甘い声が零れて静雄を煽る。
 湧き上がる感情のままに求め、求められるキスは随分と長く続いたが、やがて夢中になり過ぎて酸素が足りなくなったのを機に、二人はゆっくりと名残を惜しみながら唇を離した。
 だが、ぴったりと寄り添った身体は熱を帯び、相手を求めて疼き出している。
 言葉にせずとも互いの欲望を感じ取りながら、臨也が、先程までは静雄の膝にいたサクラを気にして視線を走らせる。と、仔猫はソファーの端の方、お気に入りのふかふかクッションの上で、我関せずとばかりに丸くなって眠っていて。
 臨也の視線を追った静雄も、そんなサクラを見て、思わず相好を崩した。
「猫ってのは、本当に手がかからねぇな」
「甘ったれだけどね」
 二人して笑って、また触れ合うだけのキスを交わす。
「――そろそろ寝る用意、するか?」
「うん。……風呂の順番、どうする?」
「俺は別に、後でも先でも」
「そう。──じゃあ、」
 少しだけ考える素振りをした後、臨也は意識してか否か、やや上目遣いで静雄を見上げた。
「一緒に入る?」
 その思いがけない申し出に、静雄は一瞬驚く。
 これまでに経験がなかったわけではないが、二人で一緒にバスルームに入れば、ただ身体を洗って済むわけがない。ゆえに、のぼせるから嫌だ、というのが臨也の基本スタンスだったのだが、どうやら今夜は違うらしい。
 だが、このまま離れがたい気持ちは静雄も同じだったから、直ぐにうなずいた。
「おう」
 答えながら、こめかみにキスを落とすと、臨也はくすぐったそうに目を細める。
 そして、わずかに伸び上がって静雄の唇を軽くついばむようにキスし、両腕を静雄の首筋に回してぎゅうと抱きついた。
 大好き、と言葉でなく告げてくる仕草に、静雄もまた、細い身体を優しく抱き締める。
 ここからバスルームに辿り着くまでもまだ相当に時間がかかりそうだったが、それもまた愛おしい一時のうちであり、二人の甘く幸せな夜は始まったばかりだった。

End.

おろ様とのメールの遣り取りから生まれました、プレ臨誕小説。
新婚さんいらっしゃいの蜜月静臨。
愛でていただければ幸いです。

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