「一緒に暮らす、っつってもなあ」
「ちょっとシズちゃん!」
 思わず待ったをかける。
 と、静雄はサイケに対するのとは全く違う、ひどく嫌そうな顔で臨也を見た。
「何だよ」
「大昔、高校時代の俺の泣き落としには全然反応しなかったのに、サイケの泣き落としには心を揺らすってどういうことだよ!? 同じ顔だろ!?」
「はあ? 馬鹿言え。どこが一緒だよ」
「はあ? シズちゃんこそ何言ってんだよ。サイケは俺のクローンだよ? 同じ顔に決まってるだろ?」
「じゃあ、手前には俺と津軽が一緒の顔に見えんのか?」
「それは……」

 見える、とは言えなかった。
 瓜二つだと分かってはいるが、静雄と津軽とでは表情が違う。
 もっとも臨也とサイケほどの差はないから、黙っている分には雰囲気もよく似ているのだが、しかし、津軽の表情は、静雄よりはどこか温和でやわらかい。
 だから、どれほど顔の造りが似ていようと臨也は二人を混同することはなかったし、見間違えることもなかった。

「だろうが。顔立ちは一緒かもしれねえが、お前とサイケとじゃ全然違うんだよ」
 そう言い、静雄はサイケに向き直る。
「確かに一緒に暮らした方が、お前たちはいいだろうけどな。俺はなあ。池袋まで歩いて通えないこともないけどよ……。社長にはいっぱい迷惑かけてっから、この上、通勤手当までくれとは言えねえし」
「え、ちょっと待ってよ、シズちゃん」
「──いちいちうるせぇな。何だよ」
「何だよはこっちの台詞だってば。今の台詞、どういうこと? 問題は通勤手当なんかじゃないだろ? 一緒に暮らすについての反論はないわけ?」
「──別に」
 ない、と言い切られて、臨也は唖然とする。
 反論がない?
 無いとはどういうことだ。自分たちは不倶戴天の敵同士ではないのか。池袋に足を踏み入れるたび、道路標識を片手に鬼の形相で迫ってくるのは、一体どこのどいつだというのか。
 しかし、静雄はごく当たり前のように臨也に向かって告げた。
「津軽を昼間、一人にしとくのも可哀想だと思ってたしな。こいつらが一緒に暮らせるんなら、その方がいいだろ」
「バカップルの二人は良くても、俺たちはどうなんだよ! 俺だよ? 君の大嫌いなノミ蟲と、どうして一緒に暮らせると思うんだ!?」
「……暮らせなくはないんじゃねえのか?」
「はああっ?」
「だってよ、現に俺はこうしてこの部屋に出入りしてるが、ここでなら手前にムカつくこともゼロじゃないにせよ、多くはねえし。手前の飯は美味いし、手前も俺の飯を食ってるだろ。それが毎日になっても、何とかなるんじゃないのか」

 駄目だ、と臨也は思った。
 今の静雄は化け物というより、むしろ動物だった。
 この生き物は、野生の本能でしか物を考えてない。所詮、毎食無事に食べられれば良いのだ。
 この野生動物め!!、と歯ぎしりしながら、臨也は反論の言葉を探す。
 怒り心頭に達して、即座に言葉が出てこないというのは本当に久しぶりの経験だった。
 言うまでもなく、この世に生を受けて二十四年、臨也にそんな思いをさせたのは、後にも先にもこの世に唯一人、平和島静雄だけである。
 そして、その野生動物は臨也の煩悶に気付くはずもなく。

「まあ、どっちにしたって、ここの家主はお前だしな。駄目だっつーんなら……」
 うーんと首をかしげて、静雄はサイケと津軽を等分に眺める。



「お前ら、うちに来るか?」



「はああああっ!?」
 今度こそ盛大に臨也は異論の声を上げる。
 しかし、誰にも省みてはもらえることはなく。
「え? シズちゃんのおうち?」
「……いいのか」
 サイケと津軽は、どちらも驚きと期待を込めて静雄を見上げる。すると、静雄は彼が最近よくする表情で笑った。
「うちは狭いし、ボロいけどな。あと一人くらいなら布団敷いて寝れるだろ」
「ホント? いいの?」
「おう。あ、でも布団は持って来いよ。さすがに三人分はないからな」
「行く行く、お布団持って行く! ありがとうシズちゃん!!」
「そん代わり、狭いとかボロいとか文句言うなよ。──あー、でも布団はどうすっかな。抱えては電車に乗れねえだろうし、セルティにこんな嵩張るもんを頼むのも悪いし……」
 しばし首をひねった後、あ、そうだとばかりに静雄は携帯電話を取り出し、一つの番号にかけ始める。
 幸か不幸か、それはすぐに繋がったようだった。

「おう、門田か? 久しぶりだな。ちょっと頼みてえことがあってよ。今、車出せるか? ……ああ、悪い。今、臨也ンとこのマンションに居るんだが、そっから俺のアパートまで運んでもらいたいもんがあるんだ。……嵩張ってるが、悪いもんじゃねえよ。説明はちょっとめんどくせえから、来てもらって実物見てもらった方が早ぇんだが……おう、頼むぜ。今度、ロシア寿司奢らせてもらうからよ。じゃあ、ニ十分後な。マンションの玄関で待ってるからよ」

 そして、静雄は通話を切り。
「門田っつー俺の知り合いが車回してくれるそうだ。サイケ、布団以外にも居るもんがあったら荷造りしろ。着替えとか歯ブラシとかな」
「うん! あ、津軽も手伝って!」
「ああ」
 二人は慌ただしく立ち上がり、パタパタとニ階に向かって駆けてゆく。
 その足音を聞いて、臨也はやっと我に返った。
「何勝手なことやってんだよシズちゃん!!」
「──何って、手前が同居を渋ってるからだろ。手前が嫌だっつーんなら、俺んちに来させるしかねえじゃねえか」
「どうしてそういう理屈になるわけ!?」
「どうしてならねえんだよ? 二人は一緒に居たい、お前は同居は嫌だ、残ってる選択肢は俺のアパートだけだろうが」
「シズちゃんの理屈はおかしい! なんでそうなるんだよ! そもそも、これまで通りで何が悪いっていうわけ!?」
「だから、それじゃああの二人の携帯が壊れ続けるってことだろ。電話代だってタダじゃねえんだし。だったら、一緒に居てやれるようにすんのは保護者の責任じゃねえのか」
 保護者の責任って何だ!、と喚きたかったが、臨也の理性が押しとどめる。

 確かに、静雄の理屈のすべてがおかしいというわけではないのだ。
 津軽とサイケが離れられない、津軽と静雄、サイケと臨也も離れられないというのなら、四人が一緒に暮らすというのは確かに合理的ではある。
 しかし、それは内二人が不倶戴天の旧敵同士でなければ、という前提付きだ。
 そして静雄の提案は、明らかに臨也の存在を無視している。臨也としては、黙って賛成するわけにはプライドに懸けてもいかなかった。

「そもそも、どうしてサイケだけ連れて行こうとするわけ? 俺の存在は最初から無視って、滅茶苦茶ムカつくんだけど」
「どうせ手前は、うちになんか来ねえだろ。断ると分かり切ってるもんを誘うかよ」
「そりゃ行くわけないよ! だけど、世の中には社交辞令ってもんがあるんだよ。あ、シズちゃんは知らないかな、社交辞令なんて高度な常識は。これまで一度だってまともな社会生活なんか送れた試しがないもんねえ」
 思い切り嘲笑うような調子で言い放つと、静雄のこめかみにみるみるうちに青筋が浮き上がり、ぴくぴくと震え始める。
「……手前、俺を怒らせたいのか? この家賃が馬鹿高そうな部屋を跡形もなく破壊して欲しいのか? だったら、素直にそう言いやがれ!!」
 そして、静雄が重い楓材のダイニングテーブルをひっくり返すべく端に手をかけ、臨也も応戦するために立ち上がりかけたその時。

「シズちゃーん、用意できたよー」

 救いの天使だか空気破壊の天使だかが、興奮に上気した満面の笑顔でダイニングキッチンに現れた。
「──おう、早かったな」
「津軽がいっぱい手伝ってくれたもん」
 えへへ、とサイケは嬉しげに隣りの恋人を見上げる。津軽もまた、いつもの無口ながら優しい目でサイケを見つめ、相変わらずクローンズの間にはハートマークしか飛び交ってはいない。
 そして、気分の変化が異様に早い静雄は、それだけで臨也への怒りが殺(そ)がれたらしく、テーブルから手を離して立ち上がった。
「よし、じゃあ行くか。忘れ物があれば、また取りに来ればいいからよ」
 そう言いながらダイニングを出てゆきかけて、あ、と静雄は臨也を振り返る。
「言い忘れてたが、日に一度はサイケに会いに来てやれよ。どうせ俺のアパートの場所は知ってんだろ。そん時だけは池袋に来ても、目をつぶってやるからよ」
 それだけ告げて、じゃあな、と静雄は先に言った二人を追って出てゆく。
 ほどなく玄関のドアがしまる音が遠く聞こえて。
 臨也は茫然と、一人きりになったダイニングキッチンで目をまばたかせた。

「……何これ。イジメ? 新しい手口の嫌がらせ?」

 呟いてみても、返る返事などありはしない。
 そして、いつになく主導権を奪われっぱなしだった臨也が我に返り、怒り狂いながら自分をぼっちにした三人に対して復讐の計画を練り始めるまでには、更に三十分ほどの時間を必要としたのだった。

to be contineud...

臨也ぼっち作戦発動。
続く次号。

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