「あーもー、何でこんなことに……」
「そりゃこっちの台詞だ」
二人して退避してきたダイニングキッチンのテーブルで、臨也と静雄はぐったりと椅子に身を沈める。
自分たちと同じ顔をした存在のラブシーンは、はっきり言って最強の目の毒だった。気色悪くて鳥肌がまだ治まらない。
「サイケもなんで、シズちゃんと同じ顔した奴がいいんだよ……」
「うちの津軽もだ。あいつ、目が腐ってんじゃねえのか」
「サイケは俺に似て、あんなに可愛いのに」
「津軽だって、幽みてえでメチャクチャ可愛いんだぞ」
「───…」
「───…」
疲れ果てた気分で、黙り込む。あまりにも不毛だった。
「……あの二人を別れさせるには、どうしたらいいのかな」
「方法があるんなら教えろ」
「俺たちは一目で嫌いになったのにさあ。なんでクローンはそうならないわけ?」
「俺に聞くな」
「一目見て嫌いにならなかったんなら、どうやったら嫌いになるんだろ。なんかカッコ悪いとこ見るとか?」
「知らねぇよ。俺は手前が何してようと大嫌いだからな。何をどうしたらなんて言われても分からねえ」
「別に俺たちの関係で考えなくても、一般論でいいからさ。何かない? 男と女が別れる理由。男と男だけどその辺はスルーで」
「そりゃあ……浮気とか、か?」
「浮気? 何言ってんのさ、サイケが居るのに浮気なんかしたら俺が殺すよ」
「ああ!? うちの津軽に手ぇ出しやがったら、俺が手前を殺す」
ひとしきり睨み合い、そして、はたと気づく。
今は自分たちが睨み合っている場合ではない。問題はクローンズだ。
「あー、でも」
「何だ」
「どんな形でもさあ、サイケは津軽くんと別れたら泣くような気がする」
「……津軽も、この二日間、殆ど口利かなかったからな。俺もそうきつく反対したつもりはないんだが、見るからに落ち込んで、正直、お前から電話もらうまではどうしようかと」
「あ、そうなの」
そりゃあ俺に感謝してもらわなきゃ、感謝の印に何してもらおうかな俺の下僕なんてどう?、と軽口を叩くエネルギーは、今の臨也にはなかった。
昨日から今日までのサイケの涙と、先程の有り得ないラブシーンに全てのHPMPを吸い取られてしまったのである。
向かい側に座っている静雄が大人しいのも、おそらくは同様の理由だろう。
どうしたものか、と疲れ果てた頭でぼんやり考えた時。
「あー、腹減ったな」
ぼそりと静雄が呟いた。
「シズちゃん、夕食は?」
「あ? 食ってねえ。つーか、食い損ねた。ここ来る寸前まで仕事だったからな。夕方前にちょっとマック寄って、それきりだ」
「そうなんだ」
その答えに臨也は納得する。
静雄も臨也と同じく、クローンの様子に困り果てていて、一刻も早く津軽をここにつれてくることを優先するあまり、夕食は後回しになってしまったのだろう。
それならば、と臨也は腹を決めた。
「シズちゃん、二十分、待てる?」
「あ?」
「待てないんなら、コンビニがすぐそこにあるから行けばいいよ」
「……二十分くらいは別に構わねえが……」
「そう。だったら待ってて」
臨也は立ち上がり、椅子の背にかけたままだったデニム地のエプロンを手に取った。
「おい、臨也……」
「相応の礼はするって言っただろ。黙って座ってなよ」
言いながら、蛇口をひねって棚から下ろした寸胴に湯を注ぎ、コンロにかける。
続いて、冷蔵庫を開けて材料になりそうなものを物色した。
仕事の状況によっては、一週間くらい缶詰になることも珍しくないため、冷蔵庫や食料庫は常に満タンにしてある。
作ろうと思えば何でも作れるその充実振りに満足しながら、臨也は野菜に鶏肉にキノコにと次から次に取り出し、シンクの上に並べた。
そして、それらを手早く切り刻み、そう言えばとばかりに思いついて、冷凍庫から作り置きの玉ねぎスライスを長時間炒めたものを取り出し、小鍋にブイヨンを用意して、それを投入した。
「津軽くんは夕食は食べたの?」
「あ、ああ。食ったと思う」
「じゃあ、二人はスープだけでいいか」
呟きつつ、フライパンを火にかけてオリーブオイルを熱し、ニンニクをひとかけら放り込んだ後、鶏肉に焼き色をつけてから一旦とりわけ、それから野菜とキノコを順番に炒めてゆく。
全体に火が通ったところで、鶏肉をフライパンに戻し、ざく切りにしたトマト水煮缶の中身を投入し、ローリエの葉、オレガノ、挽き立てのブラックペッパーと香辛料を追加したところで、シズちゃんは甘めが好きだろうとケチャップを足し、火力をとろ火に落とした。
そして、頃合よく沸騰してきた湯に塩を加え、目分量で200gくらいのパスタを投入する。手早く菜箸で麺同士がくっつかないようをバラバラにして、噴きこぼれない程度に火を弱めた。
パスタが茹だるのを待つ間、小鍋のオニオンスープを耐熱スープカップに一人分ずつ注ぎ、厚めにスライスしたバゲットとたっぷりのチーズを載せて、オーブンに入れる。
それが済むと、今度は新たに取り出した生野菜を洗って、適当にちぎったり刻んだりして、あっという間にサラダを作り上げた。
そうして宣言通り、二十分後にはテーブルの上に、鶏肉と野菜とキノコのトマトソースパスタ、オニオングラタンスープ、サラダが並んでいた。
NEXT >>
<< PREV
<< BACK