MOONLIGHT CITY 02
そこに立ち寄ろうと臨也が思ったのは、ほんの気まぐれだった。
仕事に一段落がついて、珍しく翌日には予定がない。そんな夜にはDVDをレンタルして帰るのも悪くないかと思いつき、池袋駅東口と新しい事務所の中間点くらいにあるレンタルショップに足を向けた。
そして、程々に客の入った店内を眺めながら、旧作洋画のコーナーに足を踏み入れて。
「──シズちゃん?」
思いもかけず、金髪バーテン服に遭遇して臨也は目を丸くする。
「……何か臭うと思ったら、やっぱり手前か」
顔をこちらに向けた静雄も、同時にサングラスの向こうの目を眇(すが)めた。
ゴキリ、と指の関節を鳴らす音に、臨也は慌てて言い逃れを試みる。
「ちょっと待ったシズちゃん! 俺はもう帰るところなんだよ。二、三本見繕ったら退散するから、見逃してくれないかな」
「聞こえねえなぁ」
「聞こえないんじゃなくて、聞く気がないんだろ。日本語は正しく使ってよ。っていうより、マジで今日は俺、君とはやり合うつもりで来てないからさぁ」
「手前のつもりなんざ、知ったこっちゃねえんだよ。手前だって、いっつも俺の都合なんざ、お構いなしだろうが」
獲物を目の前にした獅子のように、ゆったりと破壊力に満ちた足取りで静雄が臨也との距離を一歩一歩詰める。
これを説得するのはやはり無理かと、店の出入り口までの距離を測りつつ、ナイフを袖口の隠しから取り出しかけたその時。
悪魔の囁きのように、臨也の脳裏でそれが閃いた。
「ねえシズちゃん、どうせなら今夜は殺し合うんじゃなくて、うちで一緒にDVDを見る気はない?」
その言葉の意味を深く吟味するよりも早く、よく回る舌が口走る。
そして。
「は…ぁ……?」
「あ……」
思わず臨也は、呆(ほう)けた瞳を静雄と見交わした。
一体今、自分は何を口走ったのか。
「手前……」
向かい合う静雄もまた、何かとてつもなく珍しいものを目にしたかのように戸惑い、驚いた瞳で、臨也を見下ろしてくる。
その視線に、臨也は何故か酷く慌てた。
「だから! 君が言ったんだろ。『普通』にしてみろって」
「……確かに言ったけどな。手前はあんなに嫌がってたじゃねぇか。そんなことできるもんかっつったの、覚えてるぞ」
「俺だって覚えてるよ。今でも思ってるさ。でも、人間には好奇心ってものがあるんだよ」
自分でも何を言っているのか分からなくなりながらも、臨也は必死に論理が破綻しないように言葉を紡ぐ。
「俺は君を潰すために、君のことは何だって知りたい。その知りたいうちに、俺が『普通』にしたら君がどんな反応をするのかっていうことが含まれるのが、そんなにおかしいかい?」
「──おかしかねぇかもしれねえが、胡散臭ぇ」
「だから! 今ここで俺に下心があるかどうかくらい、君には分かるだろ!」
苦し紛れにそう言うと、サングラス越しの視線が不躾なほどに臨也を見つめてくる。
静雄と向かい合うのは日常茶飯事なのに、ひどく居心地が悪く、何故だろうと考えて、臨也は、下心を持っていないからだ、と気付いた。
静雄が嫌悪の表情と共に断ることを前提に吐いた言葉でもないし、自宅に何らかの仕掛けをしてから誘いかけた言葉でもない。
何の計算もなく口走ってしまったからこそ、そのことが気持ち悪い。
その居心地の悪さに、今のやっぱ無し、と言いかけた時。
「マジで下心はなさそうだな」
どこか感心したような声音で言われて、臨也はタイミングを逃す。
そして考えるように、静雄は右手を首筋に当てて後ろ髪を掻き揚げた。
「──いいぜ」
低く短い承諾の言葉に、思わず臨也は、まじまじと静雄を見つめる。
「シズちゃん、本気?」
「先に誘ったのは手前だろうが。取り消して、ここで殺し合いすんのなら、俺はそれでも構わねぇんだぜ」
「シズちゃんって暴力嫌いって言う割には、俺に対しては暴力を振るうのを躊躇わないよね」
「手前はノミ蟲だからな。今更遠慮なんかするかよ」
「はは、とんだ特別扱いだよね。どうせ殺し合ったって、寝る前には忘れちゃうくせに」
「手前みたいなノミ蟲のことなんざ、一秒だって余計に覚えてたくなんかねぇからな」
静雄にしてみれば何気なく告げた一言だろう。
だが、その一言が臨也の心の奥底でいつも燻っている炎を煽り立てた。
───一秒だって余計に覚えていたくないだなんて。
そんなことは、絶対に許さない。
絶対に許せない。
「──取り消さないよ」
「あぁ?」
「うちに来いって話。いつもと同じになんかしない」
してたまるものか、と肚に決意を据えながら、臨也はきっぱりと告げる。
「約束するよ。今夜、一緒にDVDを見る間は俺は何もしない。シズちゃんを怒らせることも言わない。だから、シズちゃんもキレない努力をしてよ」
「──俺はさっき、いいぜって言ったよな」
「うん、そうだね」
応じ、臨也は大きく深呼吸して息を整える。
そして、真っ直ぐに静雄を見つめた。
「それじゃあさ、DVD選ぼうよ。それぞれ1本ずつ。相手が選んだものには文句を言わないこと」
「分かった」
静雄もうなずき、再び臨也が旧作洋画コーナーに入ってきた時のように棚に向き直る。
その横顔から目を逸らし、臨也も、どうしてこうなったのかと自問しつつ、目の前に並ぶ洋画のタイトルを眺めやった。
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