DAY DREAM
-Heaven In Your Eyes 09-

「あ、ああ…ぁっ、も…う駄目…っ…! こ、れ…っ…おか…しく、なっちゃ……っ!」
「だから、おかしくなっていいって、言ってんだろ……っ」
「ひ、ぅ…っあ、ああ…っ、も、だ…め…っ…あ、んっ、駄目、だって…ば…っ……!」
 気が狂う、と箍が外れたように甘く泣き叫ぶ臨也に、静雄はふと律動を緩め、浅い所でゆるゆると遊ばせる動きに変える。
 すると臨也は、しゃくりあげるように荒い息をつきながら、きゅうっと静雄の熱を締め上げた。
「おい、そんな締めんなって」
「だ…って、シズちゃ…ん、動…いて、くれな…っ…」
「動いてんだろうが」
「やだ…っ! 足り、ないっ……もっと…奥…っ…!」
 先程はおかしくなりそうだと泣きじゃくっていたくせに、今度は泣き濡れた瞳で懸命に静雄を見上げながら、臨也はもどかしげに自由の利かない下半身を小さく揺らめかせる。
「お…願い、シズちゃん……っ、もっと…して…っ…壊れる、くらい…、して……っ」
「──だから、壊さねぇっての」
 甘過ぎる強請りに静雄は微苦笑して、臨也の薄く開かれた唇にキスをする。
 小さな顔の横に手を突き、深く舌を絡めて口腔を貪りながら、意識的に下腹部を密着させて緩く腰を揺らせば、後孔ばかりでなく臨也の熱をも刺激する形になり、臨也はキスを振りほどいて高い悲鳴を上げた。
「やっ、ああ…っあ、ひぁ…っ、あ…シ、ズちゃ…っ…、シズ…ちゃ…んっ…!」
 快楽の源泉のような箇所を二つ同時に責められて、もうたまらないのだろう。臨也は全身で静雄に応えながら、感極まったように甘い声を止め処もなく零してすすり泣いた。
「あっ、ひあ…っ…あ、や、っあ…あ、ん…っ…!!」
 びくびくと震えながら意志のある生き物のように締め付けてくる柔襞は、静雄の熱にきつく絡み付き、離すまいと縋り付いてきて。
 それを振り切るように深い律動を繰り返す静雄の額や肩からも、玉のような汗が滴り落ちる。
「臨也…、臨也…っ……!」
 名前を呼ぶだけでは衝動を抑え切れず、大きくそらされて顕わになった細い首筋に唇を這わせ、甘噛みを繰り返して花びらのような痕を幾つも散らす。
 そして思いの丈をぶつけるように、二度三度、強く最奥まで突き上げてやると、臨也は声にならない嬌声を上げて、独りでは決して到達できない高みへと駆け上った。
「──────っっ…!!」
 ずっと解放できなかった熱を吐き出し、全身を引き絞るようにして静雄の熱を締め上げる。
 その強烈で甘やかな誘いかけに、静雄ももう抵抗はせず、灼熱の想いを迸らせた。
「……っ、あ……」
 全てを吐き出してしまうと、急激な脱力感が全身を襲ってくる。
 臨也を押し潰してしまわないよう肘を突いて体を支えながら、未だ離すまいと奥に引き込むようにひくつきながら絡み付いてくる柔襞の感触に浸っているうち、少しずつ触感以外の感覚が戻ってきて。
 静雄は右手を上げ、荒い息をつきながらぐったりと目を閉じている臨也の汗に濡れた顔をそっと撫でた。
「臨也……?」
 名前を呼ぶと、微かに瞼が震える。かろうじて意識はあるようだが、脱力が激し過ぎてそれ以上の反応をするだけの余力が無いのだろう。ぴくりとも動こうとはしない。
 だから、静雄も無理強いはせずに、余計な刺激は与えないようゆっくりとした仕草で、リネンの上に散る黒髪を梳いた。
 いつもならさらさらと指先に流れる髪が、今はしっとりと濡れていて、行為の激しさと臨也の感じていた歓びの深さを静雄に伝えてくる。
 そうするうちに喉が渇いたな、と自身の渇きに気付いて、嬌声を上げ続けていた臨也なら尚更、渇きは辛いだろうと、静雄はやっと身動きするきっかけを掴み、ゆっくりと自身を臨也から抜いた。
 そして、手早く後始末をしてベッドを離れ、キッチンでグラス一杯の冷えたミネラルウォーターを飲み干してから、ガラス製のジャーを水で満たし、グラスと共に持って寝室に戻る。
 一旦、サイドテーブルにそれを置いてからベッドに上がると、うっすらと目を開けた臨也がこちらを見上げた。
 どこに行ってたの、と問いかけるようなまなざしに、大丈夫だと静雄は臨也の頭を撫でる。
「水を取りに行ってただけだ。喉渇いただろ」
 そう確認するように尋ねれば、臨也はかすかにうなずいたから、静雄はグラスに注いだ水を自分の口に含み、その冷たさを少しだけやわらげてやってから、そっと臨也に唇を重ねた。
 脱力しきった身体は水を嚥下することもだるいようで、むせないように上半身を抱き起こして首の後ろを支えてやりながら、臨也がもういいと仕草で示すまで、何度もそれを繰り返す。
 そして最後に、自分ももう一杯飲み干して、グラスを置いた。
「もうどこにも行かねぇって」
 一連の動作を、まだぼんやりとした眼差しで、しかし、ひたと見つめてくる臨也に苦笑しながら、静雄はその隣りに身を横たえて手を伸ばし、小さな頭や細い肩をそっと撫でてやる。
 すると、臨也は安心したように数度、ゆるやかなまばたきを繰り返した。
 そんなやわらかな触れ合いがどれほど続いただろう。
「……シズちゃん…」
 いつもなら事後は直ぐに眠りに落ちてしまう臨也が、静雄を見つめたまま、ひっそりと名前を呼んだ。
「何だ?」
 本来なら澄み切ってよく透る声が、今はさすがにかすれてしまっている。
 白い肌に刻んでしまった痕といい、無茶をさせてしまったかと思いながら続きを待っていると。

「俺を好きになってくれて、ありがとう」

 小さな声で、囁くように臨也が告げた。
 透明感のある深い色をした瞳が、薄明かりの中で真っ直ぐに静雄を見つめる。

「前に、シズちゃんは俺にありがとうって言ったけど、本当は違う。逆なんだ。俺みたいな人間を本気で愛してくれるのは、世界中探しても、シズちゃんしかいない」

 声こそ儚くかすれていても、臨也の言葉ははっきりしていた。
 月明かりのように明瞭に、優しく切なく静雄の鼓膜を打つ。

「ありがとう、シズちゃん」

 そう繰り返した臨也の瞳から、また涙が溢れて零れ落ちる。
 切なさと愛おしさに胸が締め付けられるのを感じながら、静雄は臨也の頬をそっと撫でた。
「そんなに泣くと、朝起きたときに目が開かねぇぞ」
「仕事は休みにするから、いいよ」
「ンな自由でいいのかよ」
「自営業の自由業だもん」
「もん、とか言うな。いい歳して」
 いつもの遣り取りに微苦笑しながら、想いを込めて臨也をやわらかな手の動きで撫で続ける。
 本当に愛おしかった。
 これほどまでに愛し愛される存在に出会えたことが、たまらなく幸せに思えて、静雄もまた泣きたくなるような熱の塊を胸の奥に覚える。
 幸せ過ぎて死にそうだと思いながら、浮かんだ言葉をそのまま口にした。

「これからはずっと一緒だ」

 臨也を撫でる自分の手の薬指には、銀色の輝きが優しく光っていて。
 その澄んだ輝きに目を留めた静雄は、臨也の左手にその手を重ねた。

「俺は死ぬまでお前を離さねぇから、お前も俺から離れるな」

 薄闇の中で仄かに輝きながら重なり合う、二つの指輪。
 『祈り』と銘のついたこの指輪を店頭で受取った時のことが、不意に静雄の脳裏に蘇る。
 指輪を納めた桐箱を赤と黄の組紐で結んでくれた店員は、これは日本で一番丈夫とされている真田紐で、お二人の仲が離れることのないようにとの願いが込められてあります、どうぞ末永くお幸せでありますように、と微笑んでくれたのだ。
 その時受けた深い感銘が、今、更に深くなってしんしんと心に響いてきて。
 臨也にもこの想いが伝わればいいと、重ねた手を包み込むような形に変えれば。

「うん。絶対に離れないし、離さない」

 ほろほろと涙を零しながら、臨也は微笑んでうなずいた。
「ああ」
 また泣く、と愛おしさに押し潰されそうになりながら、静雄は両腕を差し伸べて臨也をそっと引き寄せる。
 胸の中に抱き込み、その甘い匂いを感じながら、ほっそりとしなやかな背中を撫でると、不思議なくらいに心が安らいだ。
 それから、小さく身動きして顔を上げた臨也と至近距離で目が合って。
 どちらからともなく、温もりを交わすだけの優しいキスをする。
 そして、ゆっくりと唇を離し、静雄を見つめた臨也は、花が開くようにふんわりと微笑んだ。
「明日からも、またよろしくね、シズちゃん」
「ああ」
「それじゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
 微笑んだまま目を閉じた臨也の目元と額にキスを落とし、もう一度腕に抱き直して、静雄もまた目を閉じる。
 夜が明け、朝になっても、またいつもと同じ一日が始まる。
 その極普通で当たり前のことが、今は何よりも幸せだった。



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