DAY DREAM
-Heaven In Your Eyes 10-
* *
ふわりとした意識の浮上に促されて、臨也はゆっくりと目を開く。
そろそろ見慣れてきた寝室の天井の白いクロスに、ああ朝だ、と思い、次の瞬間に、はっと目を見開いた。
「───…」
いささか慌てた仕草で左手を目の前にかざし、薬指に銀色の細く優美な指輪が嵌まっているのを認めて、ゆっくりと肩の力を抜く。
そして、夢じゃなかったんだ、と小さく呟いた。
じっと眺めた後、隣りへとまなざしを向ければ、カーテン越しの陽射しが作り出すやわらかな明るさの中で、静雄が眠っていて。
その左手の薬指にも、全く同じデザインでサイズ違いの指輪が嵌まっているのが見える。
穏やかな寝顔とその指輪を見つめながら、こんなに奮発しちゃって、と心の中でからかうように詰(なじ)ってみた。
先月の誕生日の際、静雄が指輪を買おうと言ってくれたのは本当に嬉しかったのだが、正直なところ、その辺の高校生カップルがしているような安っぽいシルバーリングくらいのものだろうと軽く考えていたのだ。
おまけに、なかなか静雄が指輪を差し出してこないものだから、てっきり忘れてしまったか、ブランドを選びあぐねて先送りになってしまっているのだろうと勝手に思っていたのである。
それが、こんな有名どころの指輪を贈ってくれるなんて。
静雄の気持ちを決して軽んじていたわけではないのだが、想像すらしてもいなかったせいで、完全に不意打ちを食らってしまった。
でも、本当に嬉しかったのだ。
アクセサリーを頻繁に買う男ならともかくも、静雄の性格からすれば、生半可な気持ちで結婚指輪など買えるはずもない。
ケースとそこに並んだ二つの指輪を見た瞬間に、どれほどの想いで選んでくれたのか、全て臨也には伝わってきた。
本当に嬉しくて、幸せで。
幸せ過ぎて、死ぬのなら今がいいと心の底から思ったし、このまま永遠に共に生きたいとも思った。
そして、静雄もまた、同じ気持ちを抱いてこの指輪を選んでくれたのだと分かったから。
「……昨夜、俺が言ったことは全部、嘘じゃないよ」
静雄になら何をされてもいいし、殺されても構わない。
ただ、その代わりに平和島静雄という存在の全てが欲しい。
それは本当は出会った時から、ずっと願っていたことで、ただ無駄にひねくれて意地っ張りな性格では認めることもできなかっただけの話だ。
でも、それをやっと昨夜、言葉にすることができた。
好きになってくれてありがとうと、この一年余りの間、ずっと思っていたことをやっと言うことができたのだ。
「ありがとう、シズちゃん」
大好き、愛してる、と昨夜何度も繰り返した言葉を、もう一度呟きながら、左手で静雄の金色に染まった髪を撫でる。
静雄が自分を見てくれるようになってからこの一年余りの間、ずっと幸せだったし、先頃一緒に暮らし始めてからは、これ以上幸せなことなどないだろうと思っていた。
なのに、そのまだ上があったのだ。
それには驚くしかないし、またその幸せをくれる静雄には深い感謝と愛情以外、何も感じられない。
───俺も、お前だけが残ればいい。
───これからは、ずっと一緒だ。
これほど愛おしく、幸せな言葉があるだろうか。
静雄の言葉はいつでも臨也の心を優しくくるんでくれるが、昨夜はまた格別だった。
今思い返してみても、幸せ過ぎて爆発しなかったのが不思議なくらいに思える。
「でも、シズちゃんも幸せだって言ってくれたもんね……」
自分の存在が、大好きな人を幸せにできる。
静雄に愛されるまで、そんな幸せを臨也は知らなかった。
そして、一度知ってしまったからには、もう二度と知らなかった頃には戻れない。
ただ、この幸せが一生続きますようにと願うことしかできないのだ。
しかし、願うことしかできないというのに、何故か不安も悲しさも感じなかった。
シズちゃんと二人なら大丈夫。
そんな確信が、どこからか静かに湧き上がってきて臨也の心を満たす。
これまでならば、幸せな夢なのではないか、いつか醒めてしまうのではないかと、いつでも心の奥底では不安を完全には打ち消せなかったのだが、今はそれを全く感じないのだ。
昨日までと違うことといえば、左手薬指の指輪しかないが、そこに込められた静雄の想いが臨也の心を確かなぬくもりでくるんでくれている。
指輪など物理的にはただの金属の輪でしかないが、それが象徴するものは計り知れない。
ましてや、静雄は二人のために『祈り』という銘の指輪を選んでくれたのだ。
これで尚、不安に揺らぐのであれば、馬鹿の極みとでも呼ぶべきだった。
「シズちゃんに関しては、俺は間違いなく馬鹿だけどさ。でも、そこまで馬鹿じゃないからね」
ふふ、と込み上げるやわらかな想いに微笑みながら、臨也はゆっくりと静雄の髪をゆっくりと撫で続ける。
やがて、静雄の目元がぴくりと震えて。
じっと見守っていると、案外に長い睫毛が綺麗に揃った瞼が、重たげにしばたたきながら持ち上がる。
覗き込んでいる自分はと言えば、昨夜散々に泣いたせいで目元がひどいことになっているのは腫れぼったい感覚で分かっていたが、それさえももう気にならなかった。
全力で愛され、愛した結果なのだ。何を恥じる必要もない。
だから、綺麗に澄んだ鳶色の瞳が自分をまっすぐに捉えるのを待って、臨也は愛しくてたまらない相手に最高の笑みを向ける。
永遠に続く幸せな物語は、まだ始まったばかりだった。
「おはよう、シズちゃん。今日もいい天気だよ」
End.
以上、臨也のおたおめから続いた四部作完結です。
完成までに2月以上かかってしまいましたが、ここまで見て下さって、ありがとうございました。
なお、作中で登場した指輪のモデルとしました某ブランドの真田紐にまつわるエピソードは、夜猫様に教えていただきました。
とても素敵で大切なお話を聞かせて下さったことに、心より感謝致します。
この物語を応援して下さった方、読んで下さった方の全てに、この上なく優しい幸せが訪れますように。
皆様が今、ほっこりとして下さっていたら、私も本当に幸せです。
本当にありがとうございました。m(_ _)m
2011.7.17.
古瀬晶 拝
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