DAY DREAM
-Heaven In Your Eyes 07-

「や…っ、も…焦…らさ…ないで……っ!」
「焦らしてるわけじゃねぇって」
 甘やかにすすり泣きながら先をねだられて、静雄は苦笑する。
 いつもに比べれば、かなり手順を省略しているのだが、それでも臨也にとってはもどかしくてたまらないらしい。
 望むままに一息に貫いてやれればいいのだろうが、そんな真似をしたら繊細な粘膜を手酷く傷付けてしまう。
 だから静雄は、すぐさまに繋がりたいと渇望する肉体的な欲求と、臨也を思い切り甘やかしてやりたいと思う精神的な欲求と、二つの内なる欲に強く枷をかけて、ゆっくりと指先を蜜口に沈めた。
「ふ、ぁ…、あっ…っ…、あ……!」
 どれほど欲しがっていたのか、とろけるような感触で静雄の指を受け入れた粘膜は、静雄が指を根元まで埋めると一呼吸置いてから、きゅうっと絡み付いてくる。
「…やっ、…や、だぁ…っ…シズちゃん…っ、足り、ない…っ…!」
 そして臨也は、静雄の指をきつく締め上げ、うわずった声で全然足りないと訴えながら、嫌々と子供のような仕草で首を横に振った。
「も……やだ…っ、早く…っ…」
「まだ無理だっつーの。もう少し我慢しろ。な?」
 言いながら、静雄は挿入した指をやわらかく動かす。
 臨也が甘くすすり泣く声に猛る己を押さえ込み、忍耐強くゆるゆると刺激をしているうちに、きつく静雄の指を締め上げていた内部が一番最初の緊張を解いて、もっと…と更なる刺激を貪欲にねだり始める。
 その感触を十分に確認してから、静雄は慎重な動きで指を増やした。
「あ…ぁ……、シズ、ちゃん……っ」
「痛くねぇか?」
 泣き出しそうに眉をしかめる表情が決して苦痛からではないと見て取りながらも、念のために問いかけると、臨也は小さく必死に首を横に振って否定する。
「シ…ズちゃんの、指…気持ち、いい…っ…」
 もっと奥に来て、と泣き濡れた瞳で見上げてねだる臨也に、静雄は内心、勘弁してくれと苦笑いしながらも、煽んな、とだけ呟いて臨也の唇にバードキスを落とした。
「もう少しな」
「ん……」
 臨也の負担を軽くするためにしている愛撫だということは、臨也自身も分かっているのだろう。
 静雄の言葉に焦れて泣きそうな顔をしながらも、こくんとうなずく様子はひどく可愛らしくて、うんと優しくしたいという想いと、喰らい尽くしたいいう欲望とが同時に込み上げる。
 早くしないと、むしろこちらの方がヤバいと思いながらも、しかし、静雄は決して自分の欲望のために先を急いだりはしなかった。
 臨也は一番最初の時から、静雄とのSEXを拒んだことは一度も無いが、本来はノーマルな性嗜好を持っている男が男に抱かれるということが決して精神的に簡単でないことは、静雄も良く分かっている。
 静雄自身、臨也が望むのなら抱かれる側になっても構わないという思いは今でも持っているが、それも臨也が相手だからだ。
 全てを受け入れて愛したいと思わなければ、到底、同性とのSEXなどできるはずがない。
 それだけの想いを向けて、本来ならば開かれるべきではない身体を開いてくれるのだから、どれほど激しい性衝動に駆られようと、静雄は絶対に臨也の負担になるような真似はしたくなかった。
「臨也」
 ゆきずりの行為ならともかくも、愛し合う恋人同士であるのなら、精神的にも肉体的にも最上の愛情表現でなければ、SEXなどする意味は無い。それは絶対の不文律だ。
 単純なほど純粋にそう信じている静雄は、好きだと囁きかけながら、いつもにも増して優しく臨也のやわらかな内襞に触れ、二本の指にも十分に馴染んだのを確かめてから、更にもう一本指を増やす。
 さすがにここまで来ると少し辛いのだろう。臨也はかすかに呻くような声を上げたが、それでも拒絶することはなく、自分から深呼吸して静雄の指を受け入れようとする。
 その愛おしいばかりの仕草に、ぐっと胸が締め付けられるのを感じながら、臨也の涙に濡れた目元に口接けを落とし、あえかな喘ぎを零し続ける唇に、臨也が苦しくならない程度に何度もキスを繰り返した。
「…シ、ズちゃん……っ」
 ギリギリまで感覚を高められた身体は、さほど時間をかける必要もなく増やされた指にも馴染んで、臨也が切なげに切羽詰まった表情で静雄を見上げる。
「も……来て…っ、もっ…と、いっぱいにして……」
 何もかも静雄で埋められたい、それだけでいっぱいになりたいと求められて。
 静雄もずっと抑え込んでいた欲望が切なく、そして、どうしようもないほどに疼くのを感じた。
「ああ」
 ちゅ…、と唇に触れるだけのやわらかなキスをして、臨也の裡から指を抜く。そして、静雄は手早く新たなローションを自身の猛った熱に塗り込めて、臨也の最奥に押し当てた。
「臨也」
 名前を呼び、シーツの上に投げ出されていた臨也の左手に自分の右手を重ねると、すがるように細い指が絡んでくる。その指に仄冷たい金属の感触を感じて、たまらないほどの愛おしさが湧き上がった。
 こいつは俺のものだ、と強く思いながらぐっと腰に力を込めれば、濡れた音を立てて熱が飲み込まれてゆく。
「──っ、あ……! ふ、あ、ああ…っ…!」
 指を遥かに超える質量と熱量に、臨也は首をのけぞらせて甘く切れ切れの嬌声を上げ、きついほどに静雄の熱を締め付けた。
「シズ…ちゃん……っ、シズちゃん…っ…」
 時間をかけて全てを収めた静雄が動きを止めると、臨也はぎゅっと絡めた指に力を込めながら、それしか呼ぶものが無いような声で静雄を呼び、泣き濡れた瞳で見上げてきて。
「好きだ、臨也。愛してる」
 静雄は、込み上げる感情に押し流されるように睦言を囁きかけながら、唇を重ね、甘い口腔を貪る。
 そして長いキスを終えて唇を離すと、臨也もまた、細くかすれた甘い声で囁いた。
「俺も…愛してる。本当に君だけ……」
「知ってる」
 透き通った色合いの瞳から、ほろほろとまた零れ出す涙を唇でぬぐってやりながら、静雄も絡めた指にそっと力を込める。
 だが、臨也の涙も言葉も、それだけでは止まらなかった。

「俺、本当にシズちゃんさえ居ればいい……。もう他に何にも要らない……」

 その言葉を聞いた途端。
 静雄の脳裏には幾人もの人影が浮かび上がる。
 両親、弟、先輩、後輩、同級生、街の友人たち。
 だが、その幾人もの面影を通り過ぎて、一番最後に浮かんだのは。

 ───黒ずくめの服装で、挑発的に静雄を見つめ、嗤う、世界で唯一人の存在だった。

「俺も、お前だけが残ればいい」
 そう答えて、静雄は指を絡めた手を引き寄せ、すんなりと細い薬指にキスを落とす。
 家族も友人も恩人も、決して裏切ることはできないし、見捨てることもできない。それは静雄の生まれ持った性分だ。
 だが、それでも一番最後に残るのは──意識無意識に選んでしまうのは、折原臨也だった。
 世界でたった一人、赤の他人でありながら静雄の本質を見つめ、静雄だけを欲し続けた存在。
 この目の前の存在だけは、何があっても失えない。
 失ったら、家族がいようと友人がいようと恩人がいようと、世界は色を失ってしまうだろう。肉体だけは生きてゆけるかもしれない。だが、心に開いた穴は一生、埋まらない。
「お前は、俺の全部だ」
 ありったけの真摯さを込めて、そう告げると。
 臨也は驚いたように目をみはった。
 泣き過ぎて赤らんだ眦(まなじり)から止まる気配のない涙が、後から後から零れ落ちてゆく。
 そして臨也は、静雄を見上げたまま何度かまばたきし、何かを言いたげに唇を小さく動かしたが、何ひとつ言葉にはならず。
 顔をくしゃりと歪めると、ぼろぼろと泣きながら繋いでいた手をほどいて、静雄の首筋にすがりついた。
「臨也」
 懸命に押し殺してはいても零れてしまう嗚咽と、しゃくりあげる度に大きく震える身体に、静雄もまた、目の奥が熱くなる。
「そんなに泣くな、臨也」
 体を深く繋いだままであり、苦しい体勢だろうに必死にしがみ付いてくる細い身体を抱き締め、汗にしっとりと濡れた背中を優しく撫でてやれば、すり…と頬を首筋に擦り付けられて、更にたまらなくなった。
「臨也」
 ほっそりとしたうなじを撫でて、くすぐったがるように臨也が少しだけ首をすくめ、縋りつく腕の力を緩めたのを見計らって、ちょうど口元に来た耳をやんわりと食(は)む。
 そのまま歯を立てて貪り尽くしてしまいたい衝動を強引に抑え込みながら、薄くやわらかな耳朶を甘噛みし、綺麗な曲線を描きながら続く耳の下の肌へと唇を這わせた。
 あまりきつく愛撫すれば痕が残ってしまうと、頭の片隅で分かってはいたが、どうにも止まれない。
 情報屋などという危ない橋を常に渡るような仕事をしている臨也は、自身の個人的な情報が外に漏れることを極端に嫌がるため、おそらく身体に情事の痕跡が残ることも厭うだろうと、いつもは自制しているのだが、今夜は感情の箍が外れてしまっているらしい。
 頚動脈の上の白い肌に薄紅の花びらのような痕が浮かび上がったのを見て、静雄の内なる何かがぞくりと震える。
 だが、全ての理性が飛んでしまっているわけではなかったから、静雄は、悪い、と臨也に正直に詫びた。



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