DAY DREAM
-Heaven In Your Eyes 06-

「じゃあ、余計なことは何にも考えないで、俺を可愛がって」
 三秒程の間を置き、再び静雄を見上げて。
 そんな言葉を臨也は紡ぐ。
「俺だけを見て、俺のことだけ考えて」
「……いつだって、SEXん時はそうしてるだろ」
 臨也の言葉を数秒ばかり吟味してから、静雄は、いつもとどう違うのだと臨也を見つめ返す。
 と、臨也はその視線の先で、ふわりと笑った。
「そうだよ、いつもと一緒でいいし、もっとシズちゃんのしたいようにしてくれていい。いつでも俺は満足してるし、本気で嫌だと思うことは、シズちゃんには一番最初の時から一度だってされたことなんかない」
 だから、そのままで、と臨也は微笑む。
 そして、両腕を伸ばして静雄の首筋に絡め、ぎゅっと抱きついた。
「好きだよ、シズちゃん」
「そりゃあ俺の台詞だ」
 いつになく素直に好きだと繰り返してくる臨也に、胸の奥が切なく疼く。
 付き合い始めて、既に一年。まだ一年、なのかもしれないが、臨也のやることなすこと全てが、未だに静雄の胸を締め付けてやまない。
 永遠の愛の象徴とはいえ、所詮、指輪は指輪である。それなのに、これほどまでにも喜び、全てを投げ出してくる臨也が可愛くて、愛おしくて、どうにかなりそうだと思いながら細い肢体を抱き締め、温かな肌を首筋から腰までゆっくりと撫でる。
 そして、また小さく身体を震わせた臨也に、ゆっくりと口接けた。
 舌先を触れ合わせ、そのやわらかな感触を堪能してから、更に奥へと進む。綺麗にそろった歯列を撫で、隅々まで確かめるように触れて、臨也がかすかにでも反応した箇所には更に丁寧に触れる。
 すると、仕返しとばかりに舌を甘噛みされて、そのくすぐったさに含み笑みながら、臨也の一番弱い上顎の奥をやわらかく舌先でくすぐってやる。
「…っ…ふ……ん、んっ…」
 喉奥からくぐもった声が漏れるのにも構わず、びくびくと震える身体を抱き締めたまま執拗に愛撫を続ければ、やがて臨也の身体からがくりと力が抜けた。
 それでも、静雄の首筋に縋りつく両腕の力は緩むことなく、臨也は体重の全てを静雄の腕に預け、身体を小さくおののかせながら静雄のキスに懸命に応える。
 本当に可愛すぎるだろ、と思いながら、そろそろ限界を見て取った静雄は、最後に濡れた下唇にやんわりと歯を立てて、なめらかな表面をぺろりと舐め、ゆっくりと唇を離した。
 そして、目を閉じたまま頼りなく喘ぐ臨也を、そっとシーツの上に横たわらせる。
「──あ…」
 さらさらとしたリネンの感触に少しだけ自分を取り戻したのだろう、臨也がぼんやりと目を開けて静雄を見上げる。
 さすがにキスだけで達したということは無さそうだったが、それに近い状態であるらしいことは見て取れて、静雄は白い額に散る黒髪をそっと指先でかき上げた。
「大丈夫か?」
「……うん……」
 声は聞こえているらしい。うなずきながら臨也は、静雄の手に自分の手を重ねるようにして、手のひらにそっと頬をすり寄せる。
「シズちゃん……」
「ん?」
「先に進んでもらっていい? 何か俺、今日はあんまり持ちそうにない……」
「みたいだな」
 もともと臨也は、普段から感じやすい身体を持て余している節があるが、今夜は尚更にそれが顕著になっているようだった。
 それは、言い換えれば、これまで押し込めていたものが全て解放されているということなのかもしれない、と静雄は思う。
 SEXの時には割合、率直に要求を口にする臨也だが、だからといって何もかも素直にさらしていたかというと、それは違う。
 ベッドの上での臨也は、嘘をついているわけでも隠し事をしているわけでもなかったが、ただ、何もかも幸せすぎる夢のような、そんな非現実感を心の奥底にひそめていることを、静雄は付き合い始めた一番最初の頃からずっと感じていた。
 しかし、今はそれが感じられない。
 たった指輪一つのことではあるが、永遠を誓うそれが左手の薬指にある、その感触を得て、臨也は長い長い片想いに今夜、やっと本物の終止符を打ったのだ。
 臨也自身がそれを自覚しているかは分からない。それでも、身体は心に素直に反応している。何もかもを解放し、受け入れたがっているのが静雄には分かる。
「臨也」
 望むままに全てを与えてやりたくて、大丈夫だ、と唇についばむだけのやわらかなキスをすると、臨也は気だるげな仕草で右手を上げて、静雄の頬をそっと撫でた。
 そのやわらかな感触に目を細めて、静雄はゆっくりと臨也の肌の上に手を滑らせる。
 すると臨也は目を閉じ、その感覚を受け止めて細く甘い声を上げた。
「ふ……ぁ、シズ、ちゃん……」
 胸元を手のひらでやんわりと撫でれば、それだけで敏感な体はおののくように小さく震える。
 その反応を見つめていると、じっくり愛してやりたい気持ちが沸き起こるが、ここまででも随分焦らした形になってしまっているし、先に進んで欲しいと懇願もされている。
 加えて静雄自身も、今夜は早く臨也と一つになりたかった。
 だから、徒(いたずら)に触れるのは止めて、胸の上に置いた手のひらを、腹筋が薄く浮き上がった腹部へとゆっくりと滑らせる。と、びくりと体を震わせて反応した臨也が、静雄の名前を呼んだ。
「シ、ズちゃん……っ」
 単なる睦言ではなく、意志の込められた声音に顔を上げると、潤んだ目元を赤く染めた臨也が静雄を見つめていて。
「前はいいから……後ろ、触って……? 今触られたら、すぐに達っちゃうから、さ……」
「──分かった」
 また甘く懇願されて、静雄自身もひどく煽られるのに内心で苦笑しながら、求められるままに形よく引き締まった腹部から尖った腰骨を掠めて、ほっそりとしなやかな大腿へと手のひらを滑らせる。
「…っ、あ……んっ…ん、…や…っ」
 体毛の薄いすべやかな肌の感触を手のひらに心地良く感じながら爪先まで辿り着き、貝殻細工のような爪を愛で、足の甲の薄い皮膚を撫でて土踏まずや踵をくすぐってやれば、臨也の声がすすり泣きを帯び、口元を手の甲で押さえたせいで、くぐもった嬌声が喉の奥から零れた。
「コラ、声殺すなっていつも言ってんだろ」
 そう言いながら、今度はくるぶしの尖った骨の形を確かめ、必要十分の筋肉が綺麗についたふくらはぎを手のひらで包むようにしながら、上へと撫で上げる。
 すると、臨也は心外だとばかりに、途切れ途切れに抗議してきて。
「──べ、つに…っ、ころ、し…てる、わ、…んんっ、わけ、じゃ…っない……!」
 声を聞かせるとか聞かせないとか、そういう問題ではなく、やんわりと触れられる感覚にただ耐えられなくて、縋るものが欲しくて自分の手に歯を立てたのだ、と言いたいのは、臨也の癖を熟知している静雄には十分察することができた。
 だが、結果的に甘く濡れた声が半減してしまうのは、やはり物足りなかったから、空いている左手を伸ばして、臨也の口元にあった手をやんわりと包み込む。
「…シズちゃ……」
「感じすぎて辛いなら、俺の手に爪立ててろ」
 そう告げてやると、臨也は乱れた呼吸を浅く付きながら静雄を見上げ、数度まばたきしてから、キスして、と小さく呟いた。
「ん……」
 やわらかく唇を重ねて、差し伸べられた舌を自分の舌先でやんわりとくすぐるように絡ませ合う。もっと深く貪りたい気持ちもあったが、それでは臨也を追い込むばかりになってしまうために、程々のところで静雄は唇を離し、最後に軽いバードキスを落とした。
 そして片手を繋いだまま、もう一度愛撫を再開する。
 女性のようなやわらかさは無くとも、すべすべと心地良い感触の内腿を撫で、その刺激に耐えられないように筋肉が震えるのを感じながら、脚の付け根の際どい箇所をゆっくりと指先で何度も掠める。
「あ…、やぁ…っ…触って…、触っ…て…っ、シズちゃん……っ」
 やがて、もうたまらないとばかりに臨也の腰が浮き上がり、奥まった蜜口を静雄の眼前にさらけ出した。
 まだ何も触れていないのに、淡い色をしたそこは伝い落ちた蜜にしとどに濡れて、おののくようににひくついている。
 今すぐ満たして欲しいと懸命に訴えかけているようなその様子に、静雄はもう焦らすのはやめて、一旦臨也と繋いだままだった手を解き、ローションの小瓶を取って、粘度の高い液体でたっぷりと手指を濡らした。
 そして体温でローションが温もるのを少し待ってから、指先をそっとそこに押し当てる。
 途端、臨也はびくりと身体を震わせ、静雄が指という異物の感覚を馴染ませるように蜜口の表面を丸く撫でると、もっと強い刺激を求めるかのように腰をもじつかせた。



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