DAY DREAM
-Heaven In Your Eyes 05-
何もかも貪りつくすような長い長いキスを終え、静雄がゆっくりと唇を離すと、やや遅れて臨也も綺麗に睫毛の生え揃った瞼を、ゆらりと持ち上げた。
透き通った色合いの瞳が静雄を切ないほどのまなざしで見上げ、そっとまばたく眦(まなじり)は、まだ乾き切らない涙に濡れている。
そんな臨也の目元に優しいキスを落としながら、静雄は臨也のパジャマに手をかけて、既にボタンが全て外されていた上をするりと脱がせ、下も同じように脱がせる。
そうして顕わになった細い肢体を見下ろした静雄は、その形の美しさに胸が詰まるような感動を覚えた。
恋人として付き合い始めてから一年余り、既に見慣れた造形であるのに、どれほど見ても見飽きない。
ほっそりとした骨格は端整に組み上げられ、その表面をしなやかな筋肉と染み一つないなめらかな肌が覆っている。
一見、ひどく華奢であるのに全く弱さを感じさせないのは、細くとも肋骨が浮くようなことは全くなく、体の隅々までよく鍛えられていることが見て取れるからだろう。
そんな臨也を見つめながら静雄がいつも思うのは、鍛えているとはいえ、よくもこんな細い体で自分に喧嘩を売ってくるものだ、ということだった。
臨也は出会ったその瞬間から、他人をけしかけるのみならず、面と向かって静雄を怒らせることも厭わなかった。無論、腕力では敵わないから最後には逃走を図るのだが、その前段階まではナイフ一本で静雄に立ち向かうことも躊躇わないのだ。
そして臨也は、そんな怖いもの知らずな真似をするだけのことはあって、事実、静雄と相対するのに足るだけの反射神経と運動能力を持っている。その最たる成果が、彼の特技であるパルクールだ。
臨也のパルクールは、元はと言えば、キレた静雄から逃げ延びるために身に付けたものである。
しかし、高校や街中でいがみ合っていた頃には静雄は気付けなかったのだが、よくよく考えるまでもなく、専門的な訓練を受けたわけでもない少年がパルクールを身に付けるなど、相当な無茶な話である。にもかかわらず、臨也は静雄と対峙するために──言い換えれば、対等に伍するために、努力を重ねて彼自身の技量をそこまで引き上げたのだ。
臨也は当時の自分は、静雄に対する感情の自覚など無かったと言い張るが、どういう方向にせよ、強い気持ちが無ければ超絶的なパルクールの技巧を身につけることなど、絶対に不可能だっただろう。
そうして造り上げられた臨也の身体は、今や静雄と対等に──共に在り続けるためにだけあると言っても、もはや過言ではない存在であって。
「臨也」
この腕も脚も、肩も首も。
細胞の一つ一つにまで、どんな無茶を重ねてでも静雄と対等にあり続けようとした臨也の想いが詰まっている。
そう思うと髪一筋までもが愛おしくて、静雄はリネンに散る臨也の黒い髪を梳くように撫で、目元にそっとキスを落とす。
そして、こつんと痛くない程度に額と額を重ねた。
「今更だけどよ。俺にはずっと、お前が居たんだな……」
そう呟くと、臨也はきょとんとまばたきし、それから静雄の言う意味を理解したのか、ふわりと泣き笑いのような笑みを浮かべた。
「そうだよ」
うなずき、季節を問わず長袖を着ているせいで透き通るような、しかし、決して不健康ではない白さの細い腕を静雄に向かって差し伸べ、臨也はぎゅっと静雄を抱き締める。
「どれだけ追い払ってもしつこく纏わりついて、離れていかないノミ蟲野郎。暴力を抑えられない自分が大嫌いなシズちゃんが、自分よりも嫌いなたった一人の人間──それが俺だっただろ」
「ああ」
───かつて、制御の利かない暴力に絶望し、己への怒りと嫌悪に打ち震えていても、目の前に臨也が黒い姿を現せば、全てが吹き飛んだ。
怒りも嫌悪も自分ではなく臨也へと向かい、そして他の何も見えなくなる。出会ってから十年近く、その繰り返しだった。
その間、静雄はいつも、家族以外には愛されない孤独を噛み締めていたが、本当は独りではなかったのだ。
優しくも温かくもない繋がりだったが、確かに臨也は、いつでもそこに居た。
手を伸ばせば届きそうで届かない、ギリギリの距離で静雄を見つめて挑発的に嗤っていたのだ。
「俺はシズちゃんを世界一嫌いだったから、シズちゃんにも他の誰よりも俺を嫌いでいて欲しかったんだよ。そうじゃなきゃ不公平だろ」
「だから、なんでそこで不公平だっつー結論が出てくんだよ」
切なさ半分、呆れ半分で苦笑しつつ、静雄もまた臨也の細い身体を抱き締める。
「本当にお前は馬鹿だよな」
「馬鹿って言う奴が馬鹿だって知ってる?」
「知ってるっつーの。いいんだよ、俺は馬鹿で」
馬鹿でなければ、臨也のような人間を相手に、出会ってから十年目にして生涯の恋に落ちたりはしないだろう。
だからこれでいいのだ、と静雄は臨也の唇に触れるだけのバードキスを落とす。
すると、臨也もまた触れるだけのキスを返し、そして静雄の肩を軽く押して体勢を変えることを求めた。
それに逆らわず静雄が上半身を起こせば、臨也もまた、しなやかな動きで上半身を起こす。
そして、心臓に一番近い指にのみプラチナのリングを嵌めた両の手を伸ばして静雄の頬を優しく撫で、そのまま下方へと向かって肌の上を手指を滑らせた。
「まぁね、賢いシズちゃんなんて俺のシズちゃんじゃないし」
そんな風に言いながら、臨也は静雄のパジャマのボタンに指をかけ、一つ一つを外しながら、あらわになった喉元に唇を寄せ、綺麗に浮き上がった喉仏の下の窪みに唇を押し当てる。
ちゅ、と可愛らしい音を立てて肌をやわらかく吸い上げ、ボタンを全て外し終えたパジャマを静雄の肩から引き下ろしながら、鎖骨にかぷりと歯を立てる。
「くすぐってぇよ」
肌の上に感じる小さな歯の硬質な感触に静雄は含み笑って、そんな臨也の背中を大きな手のひらで優しく撫で下ろした。
「…っ……ん…」
ゆるやかにやわらかく撫でるだけで、臨也は小さな吐息を漏らして肩を震わせる。一度達したばかりでもあり、肌がいつも以上に過敏になっているのだろう。
それでも、やめろとは言わず、臨也は静雄の肌に口接けを繰り返し、そのなめらかな感触を手のひらに刻み込もうとするかのように触れ続けた。
静雄の体温よりも幾分温度の低い手指が、胸板を撫で下ろし、腹筋の隆起をたどって下へと降りてゆく。そのまま指先をパジャマのズボンにかけられて、静雄も抗うことなくその要求に従った。
だが、素裸になったところで、既に反応し始めている下腹部に指を伸ばしかけた臨也を、静雄は黒髪を撫でることで制する。
なんで?、と目線だけで問われて、淡く苦笑しつつ答えた。
「今日は全部、お前ん中で達きてぇんだよ」
臨也に奉仕されるのが嫌なわけではない。いつでも蕩けるように気持ちいいが、今夜はそれよりも早く一つになりたい欲求の方が強くて、自分を抑えられないのだ。
そんな静雄の想いを感じ取ったのか、
「──いいよ」
臨也もまた淡く笑んで、伸び上がるように静雄の唇に自分の唇を重ねて軽くついばんだ。
「好きにしていいって、言ったよね?」
「あー、そりゃ聞いたけどな」
けれど、と静雄は思う。
「別に好き勝手したいわけじゃねぇし、お前がして欲しいことやしたいんことがあるんなら、俺もできる限り聞くぜ?」
そう告げると、臨也は少しだけ考えるような目をした。
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