「っ…、あ、…っん……」
 大きな手のひらがやわらかなフランネル生地越しに、ゆるゆると肩から二の腕を撫でる。先程から一体何分、そんな愛撫を続けられているだろう。
 時折、ここばかりは素肌が晒された首筋をも指先でするりと撫でられて、その感覚に臨也は小さく体を震わせながら、かすかに潤んだ瞳で静雄を睨み上げた。
「だ、から……っ、脱がせてって……」
 言っているのに、という言葉は、両腕を緩く包み込むようにしながら撫で上げられる感触に甘く途切れる。
 たかが二の腕、たかがパジャマの上からの愛撫だ。なのに、悪戯な魔法でもかけられたかのように臨也の肌は震え、そして、もどかしさに体の奥が疼く。
 疼きは、今はまだ大したレベルのものでもなかったが、もうしばらくこの愛撫を続けられたら本格的に焦れ始めてしまう。優しく愛してくれとねだったが、さすがにこればっかりというのはひどい、と懸命に目を開いて再度睨み上げると、視線の先で静雄は、どこか意地悪く口元に笑みを刻んだ。
「優しくしてやってんだろ」
「限度があるっての……!」
 一旦性の快楽に目覚めてしまったら、格別に淫乱な性質でなくとも、全身どこでも触れられれば感じるようになるのが普通だ。危険を察知するために、全身の皮膚には感覚神経が行き渡っている。ゆえに強い刺激には苦痛を、それに満たない刺激にはくすぐったさを感じ──くすぐったさは快楽に通じる。
 ましてや、臨也は皮膚がやや薄い性質で、その分、刺激には敏感だった。
 その肌を、心の一番奥底まで明け渡すことを許した恋人に触れられたら、たとえ服の上からでも、びりびりと鳥肌が立つほどに感じてしまう。
 静雄の手によって開発され、いわば調教され切ってしまった体は、臨也自身が時折閉口するほどに恋人の愛撫に従順だった。
「でも、こうされると気持ちいいんだろ? すげぇエロい顔してるぜ」
「だから、もどかしいんだってば……っ」
 手元にナイフがあったら突き立ててやりたい衝動に駆られながら、臨也は涙目で訴える。
 ベッドの上で虐められるのは好きだし、望むところでもあるが、このペースでは直接胸元をいじってもらえる頃には、悶絶してそれだけで達してしまいかねない。
 胸への愛撫だけで達してしまうのは、ひどく恥ずかしい上に、体の奥が疼いて疼いてどうしようもなくなるため、できれば避けたい展開なのだ。
 だが、しかし。
「そのもどかしいのが気持ちいいんだろ。さっきから触ってもねぇのに、すげぇ乳首勃ってるぜ」
「……っ…!」
 ゆるゆると首筋からうなじを硬い指先で撫でながら、そう指摘されて、臨也は全身がかっと熱くなるのを感じる。
 わざわざ自分の目で確かめなくとも、先程から胸元が張り詰め、疼いているのは自覚している。言葉で嬲られるのもいつものことだったが、それでも気恥ずかしさには中々慣れない。
「シズちゃん、オヤジくさい…っ…」
「ンなこと言うと、このまま延々焦らして泣かせるぞ」
「俺が何言ったって、焦らして泣かせる気満々のくせに!」
「手前がそうしてくれって言ったんだろうが」
 ほんの十分前の台詞を忘れたのかよ、と咎めるように鎖骨を甘噛みされるが、臨也にしてみれば、十分も前のことだと詰りたかった。
 直接触ってくれとパジャマのボタンを外したのに、あれから十分間も延々、布地の上から柔肌をあやされているのである。ここは怒ってもいい場面のはずだった。
「ヤだっ、もう脱ぐ……っ」
 自分で脱ぐ、と敢えて残していた四番目のボタンにも震える指をかける。すると、静雄はそれを咎めない代わりに、するすると臨也の細い手首を指の腹で撫でた。
「っ、ふ…、邪魔、しないで…っ…」
 手首から指の付け根へと甲を、ゆっくりゆっくりと指先でなぞられる。手は感覚神経が多いだけに、たったそれだけの刺激でも、ぞくぞくとした快感が腰の辺りまで響いてたまらない。
「ぁう…んっ、や…だってば……っ!」
 振り払おうとしても、静雄の指はしつこく纏わりついてくる。
 半ば涙目になりながら、臨也はむしり取るようにしてボタンを外し、もがいて起き上がりながらパジャマの上を脱ぎ捨てた。
 そうしてやっと自由になったところで、しつこい静雄の手をぺしりと叩く。強く叩いても自分の手が痛いだけだから、あくまでも嫌だという意思表示程度のものだったが、静雄は止まってくれた。
「もう……。なんでシズちゃんは、そんなに俺に触るの好きなの」
「好きな奴に触りたくない男がいるかよ」
「でも、手とか足を延々触られるのって結構辛いんだよ」
 互いにベッドの上に座り込んだ形で詰るように見上げれば、静雄はうーんと考えるような素振りをして、臨也の腰から背中をするりと撫で上げる。
「──っあ…っ!」
「だったらよ、背中は……?」
 びくびくと体を震わせてのけぞったことで眼前に晒された臨也の鎖骨を、すかさず甘噛みしながら静雄は問いかけた。
「せ、なかも…っ、一緒……っ」
 咄嗟にその肩にすがるような形で爪を立てながら、臨也はゆるゆると円を描くように背中を撫で続ける静雄の手の動きに身をよじらせる。
 だが、そんな儚い抵抗はものともせずに、硬い指先はそうっとそうっと肌の上を滑り、肩甲骨の形を確かめ、脊椎の数を数えるようにゆっくりと滑り降り、また上がってくる。
「っ……あっ、そ、こ…嫌…っ…!」
 腰の窪みをくすぐるように触れられる度、臨也は短くも甘い悲鳴を上げて、静雄の肩口に額を擦り付けた。
 そうする間も腰の最も細い部分を撫でていた指先は止まらず、不意にするりと双丘の谷間を滑り降りてゆく。が、蜜口には触れずにその寸前で止まり、また上へと這い登ってくる。そんなことを何度も繰り返されて、臨也は呼吸さえままならない惑乱に落とし込まれた。
 まだ肝心な所には何も触れられていない。なのに、緩やかな愛撫に全身の感覚は急速に目覚め、柔肌は途方もなく敏感にされてゆく。
 全身の産毛がざわざわとざわめき立つような感覚に、臨也はたまらず小さくすすり泣くような声を上げた。
「シ…ズ、ちゃ…っ……、そんな…され、たら…おかしく、なる……っ」
「おかしくなれよ。感じてるお前の顔、すげぇエロくて可愛いんだからよ」
「か、わいくっ…、なくて……いい…っ…」
「俺は、お前の可愛いとこも好きだけどな」
 耳元に吹き込まれる静雄の声は熱く、ひどく甘い。
 同時に双丘の丸みから太腿へ、そして今度は大腿から脇腹までへと熱い手のひらで優しく撫でられて、どうしようもなく腰が震えた。
「っあ……も、う、触って……っ」
「ん? 触ってんだろ、ずっと」
「そ…うじゃ、なくて……!」
 どこでこんな真似を覚えたのか、静雄の手は触れるか触れないかの淡い力で撫でるばかりで、それ以上の刺激は中々くれない。
 臨也は震える手で静雄の大きな手を掴み、自分の胸元にそっと触れさせた。
 女性ならここでやわらかな乳房を手のひらに押し付けるだろうが、男の身ではそんな挑発はできない。もどかしさを感じながらも、臨也はできる限り甘い声で囁いた。
「ここ、触って……?」
「どんな風に」
「どんな、って……」
 臨也は戸惑って静雄の目を見つめる。と、こちらを見下ろす鳶色の瞳は何もかもわきまえた色をしていた。何もかも分かった上で、彼は臨也を虐めているのだ。
 ずるい、と臨也は眉をしかめる。
 すると、ふっと笑んだ静雄が顔を寄せて、その眉間のしわにキスを落とした。



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