「拗ねんなよ」
「……シズちゃんのせいじゃん……」
「かもな。でも、俺はお前を気持ち良くしてやりたいだけだぜ?」
言えば全部その通りにしてやるよ、と静雄は悪魔のような甘い囁きを耳元に吹きかけながら、臨也の薄い耳朶を唇でやわらかく食(は)み、耳の下の敏感な肌に唇を這わせる。
「ひどい……っ」
「どこがだよ」
「全部だよっ……!」
甘く親切な言葉で人々をたぶらかすのは臨也の専売特許のはずなのに、ベッドの上ではこうして時々立場が逆転してしまう。
勿論、臨也自身もそれを望んで受け入れている部分はあるのだが、自分から虐めてくれとねだった結果であったとしても体内の疼きが切なくて、静雄の責めを楽しめるだけの余裕は早くも失せつつあった。
「別にひどくねぇだろ。ひどいってのは、こうして……」
一時止まっていた静雄の手が再びゆるゆると臨也の背中で動き始める。ゆっくりと大きな円を描くように指先が動き、腰の窪みをやわやわとくすぐるように撫で回す。
「ひっ、あ……っ…ああっ…、やぁ…っ!」
「ずーっと背中だの脚だのを撫で回し続ける奴のことを言うんじゃねぇの? 俺はお前がどうして欲しいか言えば、そうしてやるって言ってるだろ」
そう言いながらも静雄の手のひらは腰の丸みを通り過ぎ、大腿からふくらはぎ、くるぶしへと滑り下りていって足の甲をゆるゆると撫でる。手の甲と同様に感覚神経の集まった敏感なそこを優しく愛撫されて、臨也は静雄の肩口に額を擦り付けるようにしながら引き攣った喘ぎを零した。
「っ…あ…、や、…もぉ、や…っ」
「じゃあ言えよ。どうして欲しい?」
問いかける間も静雄の手の動きは止まらない。こつんと骨が尖ったくるぶしの周辺をくるくると指先がくすぐり、そしてまたゆっくりと細い脚を上へ上へと愛撫の手が這い上ってくる。
淡い肌の触れ合いから生まれるびりびりと全身に電流がはじけるような快感に、臨也はすすり泣くような声を上げながら、懸命に要求を訴えた。
「…あ…っ、む、ね…触って…っ、それ、から…っここ、も…っ」
首筋から両腕、背中から足までに触れられただけなのに、臨也の中心は既に硬く張り詰め、濡れて涙を零し始めている。
胸にせよ中心にせよ自分で触るのは簡単だったが、静雄にどうにかして欲しくて臨也は背筋をやや反らし気味に伸ばして、愛撫を待ち受けているそこを恋人に見せつけた。
「い…っぱい触って……うんと、気持ち良く…して…っ……」
懸命に告げたのに、静雄はどこか満足し切っていない薄い笑みを浮かべて、臨也の鼻先に一つキスを落とす。
そしてまた悪魔のように囁いた。
「触って欲しいのは分かったけどよ、どういう風に触って欲しいんだ?」
首筋にあちらこちら触れるだけの軽い口接けを落としながら、さっきからそう聞いているだろうと言われて、臨也は更に進退きわまる。
どういう風に、と言われても肉体的な責めを言葉で表現するのはひどく難しい。臨也はポルノ作家ではないし、そういう文章を進んで読んだこともない。日常的な語彙なら並外れて豊富に有していても、いま自分がして欲しいことをこの場で伝えるのは至難の技だった。
「臨也?」
言葉を選びかねて沈黙していると催促するように名前を呼ばれる。同時にするりと内股を撫でられて、その際どい部分へのやわらかな刺激に臨也は最後の自制心を崩壊させた。
「ゆ、指で…撫でたり、つまんだり…して……それから…っ、いっぱい、舐めて……っ」
本気で泣きそうになりながら、静雄がいつもしてくれることを懸命に言葉に変える。
「ここ、も…手でいっぱい、上とか下とか触って…ぐちゅぐちゅにして……それから、シズちゃんの…口と舌で、いやらしい、こと、いっぱいして…っ……」
卑猥さや具体性が足りないと言われてしまえばそれまでだが、これが臨也の精一杯だった。これ以上詳細に描写しろと言われたら、自制心どころか本当に自我が崩壊してしまうだろう。
己も相手もなくなるほど我を忘れてするSEXのとてつもない気持ち良さを知っているとはいえ、前戯段階の今はここが限界である。
だが、更に焦らされ虐められたら、きっとその段階まで至ってしまうだろうということもまた、臨也には分かっていた。静雄には既にそのレベルまでのことを──全てを許している。
そうなることを恐れるような期待するような気持ちで静雄の表情をうかがっていると、静雄は、よくできましたと言わんばかりに笑んで、ちゅ…と音を立てて臨也の唇にキスをした。
「シ…ズちゃ……」
「すげぇ可愛い。臨也」
その言葉に、臨也はほっと安堵する。
無理をせずとも、この調子で愛されていれば今夜は自然に忘我の極地まで連れて行ってもらえる。それを今の段階で強要されなかったことで、無意識のうちに一時張り詰めていた警戒心や恐れが解け、代わりに胸の奥が甘く疼いた。
「シズちゃん……」
名前を呼び、両腕を差し伸べてすがりつけば優しく抱き締められる。
静雄はあくまでも愛撫の一環として臨也を責めるが、本当に臨也の心を苛むような真似はしない。ただ、臨也が自制心を剥ぎ取られれば剥ぎ取られるほど、心のままに乱れて深い快楽を得ることができると知っているから、好んでそういう責めを繰り広げるだけだ。
だから、臨也はそれを受け止め、求められるままに返せばいい。それが肉体でも愛し返すということだった。
「──ん…ふ…っ、あ……」
互いに舌を絡め合う濃厚なキスを繰り返し、胸に溢れ上がる愛おしさを貪る。
そして何度目かに角度を変えた時、臨也の背を抱いていた静雄の手がするりと滑り、脇腹を撫でた。
しなやかにひきしまった腹部を温かな手のひらが優しく撫でる。そして、じわじわと上ってくるやわらかな愛撫に臨也は耐え切れず、重なり合っていた唇を引き剥がした。
「あ、っは……っ、あ…んっ……」
静雄は喘ぐ臨也の唇は追わず、代わりに顎や首筋に幾つもの軽いキスを散らし、頸動脈の真上を甘噛みする。急所に強靭な歯をやんわりと押し当てられて、臨也はたまらずに身体を震わせて甘い声を上げた。
「や…あ…っ、噛んじゃ、いや……っ」
「痕は残してねぇよ」
耳元で低く囁かれて、そういう問題ではないと臨也は子供のように首を横に振る。
ただでさえ人間離れした膂力を持つ相手に人体の急所を晒しているのだ。静雄の一噛みで臨也はたやすく絶命する。そんな真似は彼は絶対にしないと分かっていても、ぞくぞくと背筋を這い上がる凶獣を目前にしたような恐れにも似た快感は、この上なく臨也の快楽中枢を痺れさせた。
そんな臨也の反応を理解しているのかどうか、腹から這い上がった静雄の指先が左胸の下に辿り着く。
「すげぇ心臓速い。どくどくいってる」
今度は心臓の真上を強靭な指先に押さえられて、臨也の神経は更に蕩けた。
「シ、ズちゃんも、だろ……っ」
睫毛が濡れて重くなった目を懸命に開き、間近にある恋人の目を見つめる。そうしながら臨也は、先程から知らず触れていた静雄の頸動脈を意図的に指先で探り、その脈動を確かめた。
「いつもより、速い……」
「そりゃ当然だろ」
すげぇ興奮してんだから、と言われ、また唇を重ねられる。貪るようなその口接けに応えながら、臨也は懸命に指先を動かして静雄のパジャマのボタンを外した。
普段は器用な指も、今は三歳児よりもたどたどしくしか動かない。それでもどうにか四つのボタン全てを外し、その肩から布地を引き下ろす。そして、やっとあらわになった肌を手のひらで撫でた。
「──おい、あんまり煽ると後できついのはお前だぞ」
発熱したように熱いなめらかな肌の感触を手全体で味わっていると、不意にキスを終えた静雄が低く告げる。
その甘く獰猛な響きに、臨也の身体の奥がどうしようもなく震えた。
「いい、よ。どうしてもヤバいんだったら……、俺が、口でしてあげる」
三週間の空白は、静雄の欲望にも強烈な飢餓感を抱かせているのだろう。それでも静雄には、こうしてやわらかな愛撫で、三週間の空白のある臨也の肉体に十分な歓びを引き出すだけの忍耐がある。
だが、SEXは二人でするものだ。静雄一人に内なる飢餓感と戦わせるつもりは臨也にはなかった。
「三週間、シズちゃんの身体にキスできなかったから、俺も口寂しいんだよ……」
冷戦中、唇を合わせる軽いキスはしていたが、それ以上の触れ合いは皆無だった。臨也が無言のうちにそれを拒んでいたし、静雄も強要しなかったからだ。
けれど、本当はずっと欲しかった。この痩身でありながらも逞しい身体に触れ、口接けて愛したくてたまらなかったのだ。
「ね、シズちゃん……」
ここまで煽られた身体はじくじくと疼いている。だが、静雄の手の動きが止まったことで、今しばらくは堪えられそうだと判断した臨也は、静雄の唇に自分の唇を押し当て、やわらかく吸った。
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