ある晴れた日に 19

「臨也……」
 リズムを重ね合わせるようにして優しいばかりの律動を続ける静雄は、シーツに突いた片手で自重を支えながら、空いている方の手で臨也の髪を撫で、耳の形を辿り、首筋から肩へのラインを確かめるように指を滑らせる。
 その間もまなざしは、じっと臨也の顔に注がれていて。
 そんな静雄の両肩に縋るように両腕を回したまま、気恥ずかしさに臨也はかすかに身をよじる。
「そ、んな……、っあ…、見ないで、よ……」
 蕩けそうな快感を味わっている今の自分は、ひどくだらしがない顔をしているだろう。おまけに、今夜は何度も泣いていて、今も、理由の半ばは快感からだが、目元が濡れている感触がする。
 それがひどく恥ずかしくて、叶うことならば顔を伏せてしまいたいが、正面から向かい合って深く身体を溶け合わせている最中では、目線を外すのが精一杯の抵抗だ。
 自分の両腕で顔を隠してしまえばいいのだろうが、静雄の身体から手を離したくないのだから、どうしようもない。
「全部、見たいっつっただろ」
「……っ、悪、趣味…っ…」
 低く熱の籠もった声で至近距離から囁かれて、ずくりと身体の奥まで震える。無意識に静雄の熱を締め付けてしまい、その甘い刺激に思わず細腰を震わせて呻くと、静雄が含み笑うのが感じられた。
「悪趣味じゃねぇよ。……すげぇエロいし、可愛いしよ……それに、」
「──え…」
 敢えて耳元に口を寄せ、囁かれた言葉に、思わず臨也はぽかんと目をみはる。
 すると、再び目を合わせた静雄が楽しげにくくっと笑った。
「何だよ、その顔」
「え、あ、だ…、だって……っ」
 思考が追いつかずに、らしくもなくうろたえながら臨也は反論の言葉を探す。
「だって、シズちゃんがおかしいだろ! 俺のこと……っ」
 懸命になじる台詞を探すが、その単語をどうしても音声で再生できずに、臨也は言葉に詰まる。
 だが、静雄は面白げな笑みを更に深めるばかりで。
「何だよ、言われ慣れてんじゃねえのか。綺麗だなんてよ」
「──っ…!!」
 かぁっとこれまでの比でなく全身が熱くなる。
 今日何度か聞かされた『可愛い』も、とんでもない暴言ではあるが、これほどまでの破壊力はなかった。それはおそらく、いい歳した男に対する褒め言葉としては、可愛いという表現は、からかいの要素を多分に含んでいるように聞こえるからだろう。
 だが、綺麗、という言葉は違う。
 静雄の言う通り、臨也はそれこそ子供の頃から顔立ちを褒められ続けていたから、綺麗という形容詞は、もはや褒め言葉とも感じない常套句に成り果てている。
 なのに、静雄が口にしたその言葉は、生まれて初めて聞いた褒め言葉のような衝撃を臨也にもたらした。
 これまで散々にノミ蟲呼ばわりされてきた身としては、あまりにも刺激が強すぎて、反論する言葉を見つけることも忘れ、ひたすらに静雄を見上げていると、静雄は小さく笑ったまま、臨也の頬を優しく撫でた。
「すげぇ真っ赤だな。大丈夫か?」
「──大、丈夫じゃ、ない…っ…」
「へえ」
 呻くように応じれば、静雄の目が楽しげに細められる。
 嫌な予感がする、と臨也が眉をしかめるのと、耳元で再び囁かれるのは殆ど同時だった。
「だったら、そのまま溺れちまえよ。もっと溺れて、おかしくなって、ぐちゃぐちゃのどろどろになっちまったお前が見てえ」
 そんなになっても、お前はきっと綺麗なんだろうな、と。
 情欲を含んでかすれた声で告げられ、間髪入れずに逞しい熱にぐりっと最奥を抉られて。
 ───狂う…っ!
 とてつもない愉悦の予感に、臨也は思考が白く弾け飛ぶのを感じた。
「シ、ズちゃ……!!」
 駄目だと制止するよりも早く、静雄が律動を再開する。それはもう、先程までのどこまでも二人が溶け合うような、ひたすらに優しい動きではなかった。
 決して乱暴でも無闇に激しくもないが、的確に臨也の弱い箇所を突き、リズミカルに揺さぶってくる。
 考えてみれば、長い長い前戯を経て体を繋いでからも、静雄は緩やかな動きばかりを繰り返していたのである。そろそろ彼自身の忍耐も限界に近付いてはいるのだろう。
 一つになっているだけで心地良いとはいえ、即射精に至らないぬるい動きは、誰にとっても蛇の生殺しであることは否めない。
「あ、ぅ…あぁっ、ひ、あ、あ…っ、ん……!」
 そして、それは臨也についても言えることであり、ここまでも十分気持ち良かったとはいえ、今の静雄がもたらしている動きは、快楽の質が全く違っていた。
 先程までが底知れない海の底に沈んでゆくような、たゆたうような快感だとすれば、今感じているものは、力強い気流と共にどこまでも高みに引きずり上げられていく感覚に似ている。
 翼のない身には、そこは高過ぎ、或いは眩し過ぎて、助けを、縋りつくものを求めずにはいられない。
「シズ、ちゃん…っ、あぁ…っ、ん、シ…ズ、ちゃっ……ひっ、ん…っ…」
 重みを伴った逞しい熱に突かれる度、退かれる度に、どうにもならない愉悦が繋がっている箇所から全身へと、寄せては返す波濤のように広がってゆく。
 連続して身体の奥で小さな爆発が起き続けているような錯覚に陥り、たまらず臨也は縋り付いた静雄の背中にきつく爪を立てた。
 それで何が紛らわせるわけでもない。だが、そうしなければ身体がばらばらになってしまいそうだった。
「っ、あ…あぅ…っ、シズ、ちゃん…っ、も、駄目…っ…!」
 無意識に静雄の腰に両脚を絡めてしまっていることも自覚できないまま、臨也は必死に訴える。
「も…、おかしく…っ、なっちゃ…ぅ…、っ、ふ…ぁっ…、こ、われ…る……っ!」
 感じやすい箇所を突き上げられれば脳裏で真っ白な光が弾け、抜ける寸前まで退かれれば、虚ろになった最奥が気が狂いそうな程に疼く。
 そして、その二つの感覚を繋ぐのは、熟れ切ってざわめく柔襞を力強く擦られるたまらないほどの快感である。
 これでどうにかならない方が嘘だった。
「もう…、駄目…っ…あ、ひ…ぁっ、だ…めぇ……っ」
 普通のSEXならもうとっくに果てているのに、おそらく快楽が過ぎるのだろう。どこまでも引きずり上げられる感覚から降りることができず、臨也は、甘く引きつったすすり泣きを零し続ける。
 或いは、それは俗に言うイキっぱなしの状態に陥っているのかもしれなかった。
 吐精のないまま後孔で絶頂と殆ど変わりない快感を得ているのだから、状況としてはぴたりと当てはまる。
 だが、今はそんなことを思い付く余裕すらないままに、臨也は果てのない快感を受け止めるしかない。
「シ…ズちゃん…っ…、も…ぅ、駄目…っ、も、死ぬ…、っ、死んじゃう…っ…!」
「っ…、死なねぇ、っつーの……」
 もう限界だと訴えているのに、静雄は、彼もまた息を切らしながら獰猛に答え、ぐり…っと臨也の弱い箇所を容赦なく抉る。
「それに、死んだって…抱いててやるよ。もう、離してなんか、やらねえ……!」
「──ひああぁ…っ、あ、ああっ、ふ、あ……!」
 止まるどころか、更に律動を激しく深められて、臨也は焦点を失って泣き濡れた目をみはり、甘い悲鳴を噴き零す。
 全身が快楽に引きつって背筋がのけぞり、その弾みに昂ぶってしとどに濡れそぼりながら震えていた中心が、静雄の綺麗に腹筋が浮き出た腹部に擦り付けられ、臨也は脳味噌が沸騰して弾け飛ぶような快感に襲われた。
「あ、あああぁ……っ、ひ、あ…あぁ…っ!」
 溜まりに溜まっていた熱を吐き出したのだという自覚を持つことすらできなかった。
 そのまま律動の速度を緩めることなく、絶頂痙攣を起こしている内襞を擦り立てる静雄の容赦のない動きに、臨也は本物の快感の無間地獄に陥る。
「ひ、あ…っ、あ、ああっ、ん、っあ…あ…!」
 もう嫌だとも駄目だとも考えられないまま、与えられる感覚を享受し、甘く泣きじゃくった。
「やっぱ、すげぇな……お前の身体。メチャクチャ吸い付いてきやがる……っ」
 それに、と静雄の手が、汗と涙に濡れた臨也の頬をそっと撫でる。
「こんな、どろどろのぐちゃぐちゃになってても……、やっぱり可愛いしよ、……すげぇ綺麗だ」
 俺も相当いかれてんな、という苦笑を含んだ静雄の睦言も、臨也にはもう届かなかった。
 ただ、重ねられた熱い唇に無我夢中で応える。
 溺れかけた人が酸素を求めるかのように首筋に縋り付き、深く舌を絡めて吸い立てて。
「シズ、ちゃ……っ…」
 酸欠寸前で唇を解放され、霞む目を懸命に開いて、快楽に蕩けた思考の中で唯一つ残っていた名前を呼べば。
 おう、と静雄は答えて微笑んだ。
「一緒に達こうぜ。……臨也」
 その言葉と共に、再び勃ち上がっていた中心に指を絡められて、臨也はびくりと全身を震わせる。
「シ、ズちゃ…んっ…、あ、ひぁ…っ、あ、あ…ん…っ」
 どろどろになっていたそこを案外に器用な長い指が的確に撫で回し、ちょうど良い強さで扱き上げる。
 先端の小さな孔を堅い指先で引っ掛けるようにしながらくりくりと刺激されて、そこから生まれる愉悦に、臨也はたまらずに首をのけぞらせてすすり泣いた。
 そうして無防備に晒された首筋に静雄が顔を埋め、獲物を貪る獣のように頚動脈の上に歯を立てる。
「っ、ああ…っ!」
 ぐっと痛みよりも快感の勝る強さで急所を噛まれて、臨也は甘い悲鳴を上げながら静雄の頭をかき抱いた。
 ほぼ同時に最奥を深く突き上げられ、静雄の手により一際強く熱も扱き上げられて。
「──っあああぁ…、ひ…、ぁ…ああああぁ…っ!!」
 臨也は、全身がばらばらに弾け飛ぶような爆発的な快感に灼き尽くされる。
 そして、本来ならば触感など殆どない柔襞に激しい迸りが叩き付けられるのを確かに感じながら、そのまま真っ白な闇に墜ちていった。



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