ある晴れた日に 18

「…っ、ん…あ……、あ、あっ…入って…く、る……っ」
 待ち侘びていた熱さと重み。たまらないほどの質感に、ゆっくりと身体の奥深い部分が押し開かれてゆく。
 たっぷりと注ぎ込まれたローションに濡れてぬめる柔襞が狂喜しながら静雄の肉体を迎え入れ、絡み付いてゆくのすら分かって、臨也は高くすすり泣くような嬌声を噴き零した。
「シ、ズちゃ……、シズちゃん…っ…!」
「臨也」
 縋るように名を呼べば、名を呼び返される。それだけのことにすら身体の深い部分が疼き、彼の熱を締め上げる。
「──っクソ…、本当にすげぇな、手前の体は……」
 きつく眉をしかめ、そんなことを呟きながらも静雄は慣らすような動きで小刻みに抜き差ししつつ、一層奥へと熱を沈める。
 やがてその動きも止まり、臨也の細く喘ぐような吐息と静雄の荒くなった吐息が交じり合った。
「……全部入ったの、分かるか?」
「ん……、いっぱいになって…奥まで、きてる…っ……」
 優しい手つきで汗に濡れた前髪をかき上げられながら問われて、臨也は脳髄まで痺れるような感覚に目を開けることもできないまま、こくこくと従順にうなずく。
 身の内に、静雄の熱を受け入れている。
 ただそれだけのことなのに、馬鹿みたいに満たされて、圧迫感がひどく苦しいのに、その苦しさが馬鹿みたいに嬉しい。
「気持ち、いい……、シズちゃん……」
 今感じているものをほんの少しでも伝えたくて、臨也は懸命に瞼をこじ開ける。貧血でも起こしたかのように視界がちかちかしたが、それでもその向こうに、こちらをじっと見つめている静雄の熱を帯びた瞳が見えて。
「すごく、気持ちいいよ……」
 嬉しいだとか、幸せだとか。
 上手く口には出せないそんな想いの全てをを、その言葉一つに込める。
 それが伝わったのかどうか。
 じっと見つめていた静雄の鳶色の瞳に浮かんでいた光が深みを増し、優しい指先がこめかみから頬をゆるゆると撫でた。
 そして、ゆっくりと唇についばむようなキスが落とされ、それが少しずつ長く、深くなってゆく。
 やわらかく舌を絡めて吸い合い、互いの歯列を舌先でなぞり、口腔を優しく愛撫し合う。ゆったりとしたキスは長く続き、唇が離れる頃には、臨也の思考は、ふわふわとした快感に完全にとろけてしまっていた。
「……俺もすげぇ気持ちいい」
 体の相性とかの問題じゃねぇよな、と呟くような静雄の声も意味を聞き取れていたかどうか。
 ただ、意味は完全に捉えきれなくとも、とても幸せで嬉しい音として聞いた臨也は、気持ちのままに素直にふんわりと微笑んだ。
 すると、静雄もまた笑う。
「ああ、その顔、いいな。すげぇ可愛い、……臨也」
 臨也、と何度も名を呼ばれ、顔中にキスを落とされる。そしてそのまま静雄の唇は首筋を辿り、頚動脈の上を軽く噛んだ。
 その獲物を押さえ込んだ獣のような状態のままで、静雄はゆるりと腰を動かす。
 途端に、濡れた粘膜同士が擦れ合う快感が二人の体の間で弾けて、臨也は甘い声を上げて体を震わせた。
「ふ、っ…あ……あぁ、あ、っん、ひぅ…っ!」
 ゆっくりゆっくりと一つ一つの反応を確かめるかのように静雄の動きは慎重で優しく、臨也の感覚もまた一気に惑乱に落とし込まれるのではなく、やわらかな雪のように白く光る快感がひとひらひとひら身体の奥深くに降り積もってゆく。
「そこ…っ、気持ち、いい……っ」
「ここか?」
「ああっ、やぁ…っ…」
 繊細な粘膜をやわらかく揺らすような抜き差しが只でさえ気持ちいいのに、いいと訴えた箇所を雁首でくにくにと敢えて優しく刺激されて、更にたまらなくなる。
「や、ひっ、ぁん…っ、もっと、欲し…っ…、もっと欲しい、よ…っ」
「ん……」
 これまでに経験したどのSEXとも違う、じりじりと全神経を遠火で炙られるような快感に、たまらず腰を揺らめかせれば静雄は律動は緩やかなままに、臨也の胸元で固く立ち上がっている尖りに軽く歯を立てた。
「ひぅ、ん……っ!」
 ふわふわと弄ぶように敏感な尖りを甘噛みされ、舌先で舐め転がされて、静雄の熱を受け入れている粘膜がきゅうと疼いてしなる。
 その無意識の甘やかな報復に、静雄もまた小さく呻いた。
「っ、クソ…っ、善すぎるんだっての……」
 癖になっちまうだろうが、と呟きながら深く熱を突き入れたままで、ゆっくりと腰を揺らめかす。そのやわらかく捏ねるような動きの合間に時折、小刻みに揺さぶるような振動を織り交ぜられて、そこから生まれる快感に臨也はどうすることもできず、ただすすり泣くしかなく。
「ひ…っあ、ああ…っ、や、もぅ、駄目…っ、気持ち、いい…っ…気持ちいい、から…っ、ふぁ…っん、それっ、しちゃ、駄目……っ!」
「いいのに駄目なのかよ」
 くっと含み笑われても反論することもできず、臨也はよがり泣きながら必死にうなずいた。
「駄目…っ、あ、ひ…っ、あぁっ、も…っ、おかしく、なるから……駄目…っ」
「いいんじゃねぇの? 俺は、おかしくなっちまったお前が見てみてぇよ」
 全部見たいって言っただろ、と耳元に熱い吐息と共に囁き込まれ、薄い耳朶を軽く噛まれる。
 それだけの刺激にも、臨也はぶるりと全身を震わせた。
「シ、ズ…ちゃん……っ」
「ああ」
 触れ合っている箇所全てから疼くように湧き上がる快感に慄きながら名を呼べば、至近距離から応えが返る。
 滲んだ涙に霞む目を懸命に見開けば、すぐ目の前に自分を見つめる静雄の瞳があった。
「シズちゃん」
 鳶色の瞳は情欲に満ちたひどく獰猛な色をしているのに、浮かんでいる表情はこの上なく優しい。
 包み込むようなそのまなざしを目の当たりにして、何故か不意に目の奥が熱くなり、ほろほろと涙が零れる。
「臨也?」
 驚いたように目をみはって動きを止め、頬を撫でてくる仕草すらも優しくて、胸の奥が切なく痛んで。
「……もう、離れたく、ない……」
 堪えきれずに零れ落ちた言葉は。
 掛け値なしの本音だった。
「ずっと、ずっと……こうしていたいよ、シズちゃん……」
 こうして深く一つに溶け合ったまま、永遠に繋がっていられたら。
 もう他に望むことなどない。
 もう二度と離れなくて済むのなら。
 そんな幸せなことはない。
 そんな叶わぬと分かっている願いに、胸の奥が灼ける。
 切なくて、苦しくて、けれど、今こうして繋がっていられることが幸せで。
「臨也」
 ぼろぼろと泣き出した臨也の両手を、静雄の手がそっと掴む。
 そして首筋に縋り付けるように誘導し、自分もまた臨也の細い身体をぎゅっと抱き締めた。
「俺もだ、臨也」
 首筋に縋り付いて嗚咽を零す臨也を抱き締めながら、静雄もまた低く答える。
「でも、もう離してやらねぇって言っただろ。お前だって、どこにも行かねえって言ったじゃねぇか。だったら、もう大丈夫だろ。そんな泣くんじゃねぇよ」
「──うん…」
 少し困ったような声に、うん、とうなずきながらも一旦、堰を切った涙は簡単には止まらない。
 静雄の首筋に頬をすり寄せながら、臨也は抱き付く腕にいっそう力を込める。
「……俺、シズちゃんのことばっかり、考えてた。池袋を出てから、毎日毎日……」
 そう呟けば、大きな溜息が零されて。
「そんなのは俺もだっつーの」
「──シズちゃん、も?」
 思わず驚きと共に問い返せば、先程とは逆に両の二の腕を軽く掴まれて首筋から引き離され、ベッドの上にゆるやかに押さえ込まれた。
「言っただろうが。この三年間、お前のことしか考えてなかったってな」
 真っ直ぐなまなざしと共に言われて、そういえば、と臨也は快楽にぼやけた頭で先刻の会話を思い出す。
 ずっと探していたと静雄は言った。街に出る度に、臨也の姿を求めていたと。
 それは想像すると、とても寂しくて哀しい、だが、狂おしいほどにいとおしい光景だった。
「シズちゃん……」
 全身を甘く蕩けさせる快感と、魂にまで染み透る切なさに飽和状態になりながら静雄を見上げれば、彼の鳶色の瞳は、強く真っ直ぐな光を宿して臨也を見つめていて。
「離さねえし、離れねえ。……これからは、」
 ずっと一緒だ、と。
 低く言い聞かせるように告げられて、その言葉の重みにまた涙が零れる。
「泣くな」
 そういう言葉も臨也の顔撫でる手も、困惑と優しさばかりが溢れていて、咎める響きはどこにもない。
 たまらず臨也は、もう一度、静雄に縋り付いた。
 広くて温かい、汗ばんだ肩と背中。
 少しだけ荒くなった息遣い。
 いつもより速くなっている鼓動。
「シズちゃん」
「ああ」
 ここに──自分の腕の中に居るのは、平和島静雄だった。
 世界で唯一人、ただ愛でるだけではなく自分だけのものにしたいと願った存在。
 そんな存在が今ここに居て、同じように自分を求めていてくれる。
 それは間違いなく奇跡だった。
 どうしようもなく幸せで、いっそのこと、息絶えるなら今がいい、とすら臨也は思う。
 今なら一点の曇りもなく、喜びと幸せだけを抱いて逝ける。
 そんな幻想を思い浮かべかけたが、しかし、静雄の方はあいにくと、そんな中二病めいた感慨は覚えなかったらしい。
「ったく、泣き過ぎだっての」
 俺を萎えさせたいのかよ、と少しばかり呆れたような声で言いながら、臨也を緩く抱き締めて顔のあちこちにキスを落とし、そしてまた首筋をやわらかく食みながら、ゆるりと腰を動かした。
「──っ、ん…!」
 やや浅くなっていた繋がりをずんと深く突き込まれて、完全な不意打ちに臨也は思わず背筋をのけぞらせる。
「今はもう何も考えんな。俺だけ感じてろ」
 そんな横暴な睦言と、ゆるゆると動き続ける逞しい熱の感触に、身体も魂も甘くおののきながら蕩けてゆくようで。
「っ、あ…シズ、ちゃん……っ」
 めまいにも似た快感に溺れながら、臨也もまた静雄の動きに合わせて、ゆっくりと腰を揺らめかせた。



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