ある晴れた日に 16
「だから何回、俺とSEXしてるんだっつーの……」
「口ですんのは初めてだろ!?」
「ンなことでキレてんじゃねーよ。ったく……」
溜息混じりに静雄は少しだけ身を起こし、手を伸ばして臨也の頬をそっと撫でた。
その温かく優しい感触に、臨也はまだ複雑極まりない、たとえるなら泣き出す寸前の表情のまま、まばたきする。
「あのな、俺だってお前を良くしてやりてぇんだよ」
「───え……?」
「だーかーらー、手前じゃあるまいし、嫌がらせでこういう真似するわけねーだろ。察しろ」
言わせんな馬鹿、と伸ばした指先で額をつつかれて、そのこつんとされたくらいの衝撃に、臨也は目をぱちくりさせる。
今、何と言われたのか。
やたらとゆっくり動作する中央演算装置がその言葉を噛み砕き、咀嚼して消化するには、十数秒の時間が必要だった。
「───っ…!」
理解した途端、かあっっと全身が熱くなる。
本気で泣きそうになって、臨也は無意識に口元に右手の甲を当てた。
「そ…んなの、別に、普通にやってくれれば……」
「フェラが普通だっつったのは、お前だろうが」
「それと、これとは……」
「どこがどう違うんだ。俺に分かるように説明しやがれ」
「っ……」
本当に駄目だった。
余裕なく盛られるのならまだしも、こんな風に出られると、過去の経験がないのは勿論のこと、想定すらしたことがなかったから対処のしようがない。
うろたえ、困り果てて、けれど視線を外すこともできずに見上げていれば、また優しい手に頬を撫でられた。
「分かったんなら、もう暴れんな。ひどいことはしねぇからよ」
「──十分、ひどいよ……」
「ひどくねぇっての。つか、手前のしたこと棚上げすんな」
「シズちゃんと俺の感性を一緒にしないでよ。俺は繊細なんだから」
「どの面下げて言いやがる。第一、俺だって恥ずかしかったに決まってんだろうが。人を無神経みたいに言うんじゃねえ」
「………そう、なの?」
「当たり前だろ。よりによってお前にしゃぶられて、達かされたんだぜ」
「………そう…」
思いがけない静雄の告白に、心底臨也は驚く。
だが、考えてみれば、そんなものなのかもしれない。
そもそも二人の関係にやわらかさが生じたのはほんの十日前のことで、SEXに限って言えば、今日が初めてだ。
臨也が恥ずかしさで爆発しかけているのと同じように、静雄もまた爆発しかけていたというのなら、それはそれで対等かもしれない、と上手く動かない頭で考えていると、ちゅ…と小さなリップ音を立てて唇をついばまれた。
「もういいだろ?」
そのまま至近距離から目を覗き込まれて、臨也は小さくうなずく。
「全然よくないけど……いいよ」
「どっちだよ」
臨也の矛盾した物言いに、静雄はふっと笑顔になる。
仕方のねぇ奴とでも言いたげな、その混じりけのない笑みに、臨也はどきりと胸を騒がせた。
「シズちゃん」
「ん?」
「もう一回……キスして?」
胸がときめくというのはこういう感覚なのだと改めて噛み締めながら、たどたどしくねだると、静雄は優しい表情のまま顔を寄せ、唇を重ねてくる。
やわらかく舌を絡ませ、何度も臨也の過敏な箇所を舌先でくすぐる。
何ということはないただのキスなのに、やたらと気持ちよくて、その優しく長いキスが終わる頃には、臨也の身体からは最後の力も抜けてしまっていた。
「もう暴れずによがってろよ?」
最後に濡れた唇をぺろりと舐めて離れた静雄は、そんな風に告げて、再び臨也の両脚の間に身体を沈める。
もう抗うことも叶わず、目を閉じてその時を待っていれば、直ぐにまた熱が温かく濡れた感触に包まれた。
「…っふ……、んっ…あ……!」
臨也にこういった愛撫の経験がなかったのと同様、静雄にも経験はないだろう。それでも丁寧に感じやすい箇所をなぞられ、刺激されて、臨也はこらえきれない嬌声を上げながら、その感覚に溺れた。
「シ…ズちゃ…ぁ…、ん…っ、そ、こ……駄目…っ、──ひあぁ…っ!」
駄目、と訴えた過敏な箇所を吸い立てられて、耐え切れずに腰がびくびくと震える。
「ダ…メだって、言って…る、のに…っ……」
「聞くわけねぇだろ、アホ」
「アホじゃ、ない…っ、シズちゃんの、馬鹿ぁ…っ!」
「もう黙れ」
そんな言葉と共に、またもや全体を含まれて口腔全体で愛撫される。
そのとてつもない愉悦に、臨也はもう泣きじゃくりながら悶えることしかできなかった。
「ひ、あ、っあ…あ、や…だぁ……っ、も…達く……っ…!!」
駄目、離して、と上ずった声で懇願しても更に深く含まれ、そればかりか最奥にまで硬い指先が触れてきて、その思いがけない衝撃に臨也は泣き濡れた目を大きくみはった。
「──あ…!! や、駄目、駄目だ……って……!」
入り口付近で行きつ戻りつ撫でる指先に、身体の一番奥から驚くほど強烈な疼きが一気に込み上げて、悲鳴を上げる。
本人の意思を無視して、物欲しげに狂おしくひくついたそこの反応を見逃すことなく、静雄は先走りの液で十分過ぎるほどに濡れた指先を沈めた。
「ひぁぁっ……!!」
ずるりと指一本を根元まで挿入されて、その衝撃に臨也は焦点を失った目を見開いたまま、がくがくと身体を震わせる。
衝撃が強すぎたのか、逆に達することもできずに、涙だけが零れ落ちてゆく。
だが、静雄はもう容赦はしてくれなかった。
よがり狂うように痙攣しながら締め付ける柔襞をゆっくりと長く骨ばった指で愛撫され、同時に限界まで張り詰めた熱をも強く吸い立てられて、臨也はなす術もなく悦楽の最後の階段を引き摺り上げられる。
「───っああああぁ…っ…!!」
導かれた先の絶頂は、これまでに経験した何よりも激しく、深かった。
高い悲鳴を上げてのけぞった臨也は、全ての熱を吐き出しきった後、リネンの上に崩れ落ちて深過ぎる余韻に身体を震わせる。
前の熱への刺激だけなら、こうまではならなかっただろう。だが、とうの昔に後ろへの刺激だけで絶頂に達することができるようになっていただけ、感覚は激烈だった。
そのままぐったりと、時折さざなみのように走る痙攣に身を任せていると、不意に髪に触れられて、びくりと身体が震えた。
「大丈夫か?」
静雄に髪を撫でられたのだ、と真っ白になった思考でも理解できて、臨也は半ば無意識にうなずく。
すると、そのまま頬や首筋をもゆるゆると撫でられて、これ以上ないほど過敏になった肌が更に震えた。
「っ…あ……シズ、ちゃん…」
「まだ終わりじゃねぇぞ」
そう言う静雄の手は明らかに作為を持って、臨也の肌を撫でてゆく。
「お前もまだ足りねぇだろ」
その言葉と共に、身体の奥深くで硬いものが蠢き、臨也はその感触に息を詰めながら、静雄がまだ指を抜いていないことに気付いた。
そして、静雄の言葉通り、まだ完全には満足していない自分の欲望をも自覚する。
確かに今の愛撫も、気が狂うかと思うほどに気持ち良かった。だが、所詮は前戯だ。
指一本では足りない。
静雄の欲望そのものをこの身に受け入れて、初めて満足できる。満たされることができるのだ。
「シ…ズちゃん……」
震えて上手く回らない舌で名前を呼び、全く力の入らない腕を無理矢理に上げて、静雄の首筋に絡める。
「全部、ちょうだい……? 俺、シズちゃんが全部、欲しい……」
体ばかりではなく、その強い心も、魂も、何もかも。
その願いに対する答えは、唇への噛み付くようなキスだった。
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