ある晴れた日に 15
「これ、舐めてもいい……?」
そっと手を添えたそれは硬く張り詰め、熱を持ってどくどくと血潮が脈打っている。
あの頃、静雄は、臨也にはその熱に殆ど触れさせなかった。或いは、臨也が触れなかった。
触れた経験が皆無というわけではないが、どちらかというと静雄をからかい、嘲笑うためにしたことであり、それゆえに手指を触れても即座に引き剥がされてしまう。そんなことの繰り返しで、どちらにとっても決して良い思い出ではない。
だが、今は本気でそれに触れたかった。
「──ンな真似する必要ねぇよ」
静雄も驚いたのだろう。目を軽くみはり、答えるまでには数秒の間があった。
「別に無理とかしてないよ、本当に。ただ……触りたいだけだから」
何と言ったものか迷いながらそう言葉を押し出して、それ以上の言葉が必要ないように臨也は静雄の熱に顔を寄せ、目を伏せて先端に口接ける。
弾力のある滑らかな薄い皮膚の感触は思いがけず心地よく、触れた個所からじんわりと唇に熱が伝わった。
「お、おい、臨也」
臨也が相手にしたことのある男は静雄しかいないため、過去にこんな真似をした経験は一度もない。
だが、十代の頃に好奇心で見たことのあるAVの記憶を頼りに、濡れた音を立てながら口接けを繰り返し、表面に舌を這わせると、静雄も諦めて受け入れることにしたのだろう。臨也の頭を軽く撫でて制してから、膝立ちのまま半端に浮いていた腰をベッドの上に下ろして座り、愛撫を受ける体勢を作った。
「あんま無理すんなよ」
「大丈夫……」
他の男の持ち物なら目にしたくもないが、静雄は別だ。自分にできる限りのやり方で触れ、気持ち良くさせたい。
おそらく世間では、この感覚を愛しいと形容するのだろうと思いながら、臨也は再び顔を伏せ、それに口接ける。
かすかに汗ばんでいるからだろう、舌に感じるほのかな塩気と一層強く感じる静雄の肌の匂いが、困ったことに癖になりそうな気がした。
「…ふ…っ、ん……ん、む……」
慣れない愛撫は当然、スムーズにはいかない。だが、愛おしさを込めて口接け、くまなく全体に舌を這わせて唇で甘噛みすれば、ほどなくより一層体積を増したその先端から透明な雫が零れ始める。
「シズちゃん、気持ちいい……?」
張りのある陰嚢をもふにふにと指先で転がすように弄べば、ああ、とかすれた声が返った。
「じゃあ、もっと気持ち良くなって?」
その答えが嬉しくて微笑と共にそう告げてから、臨也は唇を開いて先端を咥える。そのまま唇で圧力をかけつつ、ゆっくりと熱を呑みこんでゆくと、静雄の口から小さな呻きが零れた。
口腔いっぱいに咥えこんだまま、動かせる範囲で舌を動かしてやわらかく愛撫を加える。それだけで更に体積が増すのが、ひどく嬉しい。
どくどくと脈打つ感覚からしても、そろそろ限界が近いだろうと踏んで、臨也はゆっくりと首を上下させ始めた。
「い…ざや……っ」
低く呻くように名前を呼んだ静雄の手が、臨也の後頭部に触れる。だが、その手はあくまでも添えられているだけで、痛みは感じなかった。
こんな状況でも力を加減されていることに深い喜びを覚えながら、臨也は一層愛撫を強める。
「もう、離せ…っ…!」
焦りの滲んだ声で言われたが、この状況で素直に離す馬鹿がどこにいるだろう。
嫌だとばかりに臨也は熱全体を吸い上げつつ唇を引き上げ、更に先端を咥えたまま鈴口を舌先でやわらかくくじる。
そして全体を手指で撫でながら、そこを静雄が耐え切れなくなるぎりぎりまでリズムをつけて吸い上げ、後から後から溢れ出す先走りの液を丁寧に舐め取ってやると、静雄の腰が揺らめき、熱全体がびくびくと震えるのが感じられた。
静雄がくぐもった声で呻くのを聞きながら、これでフィニッシュとばかりに再び深いストロークで愛してやれば、ぐっと静雄の手に力が入り、後頭部が抑えつけられる。
逆らわず静止して目を閉じるのとほぼ同時に、喉の奥に熱い飛沫が叩き付けられた。
「…う……ク、ソっ……」
独特の匂いを感じながら、どろりとした感触が喉を伝い堕ちてゆくのを、臨也は噎せてしまわないよう懸命に飲み下す。決して美味なものではないが、嫌だとは思わなかった。
そして、後頭部に添えられていた静雄の手が宥めるように髪を撫でるのを感じて、臨也は、体積は多少落ち着いたもののまだ張りを残した熱を、軽く吸い上げるようにしながら口からゆっくりと抜き出した。
「───…」
呼吸を乱したまま顔を上げれば、何とも言えない情感を強く宿した瞳でこちらをじっと見つめていた静雄と目が合う。
そして、温かな手に頬を優しく撫でられ、濡れた口元を拭われた。
「良かった、よね?」
何も言わない静雄に、まさか不快だったということはないだろうと思いながら問いかけると、静雄は小さく、糞っ、と毒づく。
そして、臨也が名前を呼び掛けるよりも早く、手荒く臨也の肩を引き寄せて胸に抱き込んだ。
「無茶しやがって……」
「……別に無茶じゃないよ。フェラなんて今時の女の子は大抵するじゃん」
AVや風俗だけの特殊技だったのは、二十年も前の話だ。そこまで感激する話でもないだろうと思いつつ言えば、馬鹿野郎と返された。
そして、頬に手を添えて顔を上げさせられ、唇を重ねられる。
まだ喉奥に味が残っているのに、待って、と制する間もなく舌を絡め取られ、深く口接けられて、臨也は条件反射的に目を閉じた。
「こんな不味いモン飲むんじゃねぇよ、馬鹿」
「……別にシズちゃんに飲めって言ってるわけじゃないだろ」
「そういう話をしてんじゃねえ」
言いながら、静雄はまたぎゅうぎゅうと抱き締めてくる。そんなにツボだったのかと思いつつも、臨也はぴったりと重なる素肌に小さく体を震わせた。
もともと先程、限界近くまで高められていたのだ。そこで相方が興奮する様に一部始終関わってしまえば、どうしても自分もまた興奮せざるを得ない。
静雄を愛撫している間は無視することができていた身体の疼きに、半ば無意識に身をもじつかせると、すぐに静雄は臨也の状態に気付いた。
「あ……悪ぃ」
「あ、や……別にいいんだけど……」
身体を離され、熱く高ぶった中心を見下ろされれば、さすがに羞恥心が湧き上がる。
だが、それ以上に欲望の方が今は勝った。
「どうにかしてくれれば嬉しい、かな」
躊躇いつつ、少し上目づかいを意識しながら告げると、これもまともにツボに嵌ったらしい。
驚いたように軽く目をみはった静雄は、直ぐに表情を和らげて臨也の唇をついばみ、背を抱いていた手でするりと腰を撫で下ろした。
「ひ…ぁ、っ、ん……!」
それだけの刺激でさえも全身に響いて、臨也はびくびくと身体を震わせる。
「お前も一回、達っとくか?」
その様子に限界を見てとったのだろう。静雄が尋ねてくるのに、臨也は少しだけ考えた。
「──その方が、楽、かな」
静雄の熱が完全復活するにはさほどの時間はかからないだろうが、臨也の身体の方がまだ受け入れる準備が何もできていない。
それにかかる時間の間、この熱を持て余すのは、幾らなんでも辛いように思われて、小さくうなずく。
既に今日二度目のSEXであり、何度も吐精するのは疲れるのだが、途中で止めるという選択肢がない以上、この場は仕方がなかった。
「そうか」
臨也の答えを聞いた静雄は、それなら、と臨也の背中に手を添えてベッドの上に押し倒す。
乱れたリネンは、とうにプレスしたてのさらさら感を失っており、やわらかく臨也の体重を抱き止めた。
そして静雄を見上げると、両膝に手をかけられて更に脚を開かされ、臨也は羞恥に眉をひそめる。
「だから、シズちゃん。あんまり見られるとさぁ……」
俺も恥ずかしいんだけど、と文句を付けるが、それを静雄が気にするはずもなかった。
「人のモン咥えといて、自分は見るなとか勝手過ぎんだろ」
言いながら、ゆっくりと人差し指で熱の形をなぞる。先程までの下着越しの感覚とはまるで違うその感触に、臨也は細い声を上げて腰を震わせる。
先端から物欲しげに雫が溢れ出し、幹を伝い落ちてゆくのが自分でも分かって、本気で居たたまれなくなった。
「た…のむから……シズちゃん、早く……っ」
このまま焦らされたら本当にどうにかなりそうで、懸命に懇願する。
すると、静雄はあっさりと同意した。
「そーだな」
しかし、その言い方に何となく含みを感じ、臨也は嫌な予感に目を開いて自分の下半身へと視線を向ける。が、静雄の行動の方が速かった。
「───っ…!!」
昂ぶり、張り詰めた熱がいきなり熱く濡れた感触に包まれる。それは昔、女性相手に挿入した時の感触に良く似ていたが、明らかに非なるものだった。
「や、だ! やだシズちゃんっ!! そんなのしなくていい……っ!!」
反射的に暴れようとしたが、ただでさえ過敏な熱の先端をやわらかな舌で舐め回されて、手足を自由に動かせるわけがない。
「お前だって、たった今したばっかだろうが」
「し、たけど……っ、あ、あぁ…っや、だぁ……っ!!」
濡れたそこにふっと息を吹きかけられ、伸ばした舌先で表面をなぞられる。
指先で触れられるのと大差ない他愛ない愛撫であるのに、よりによってシズちゃんが、という恥ずかしさと衝撃とで生まれる快感は数倍に増幅され、臨也の意識はそれだけで飛びそうになった。
「や…だ……!、ひ、ぁ…っ、あっ…ん…やぁ……っ」
泣き出す寸前の上ずった声を上げながら、快楽に震える手で静雄の髪を引っ張り、弱々しく脚をもがかせる。
それはひどく稚拙で微弱な抵抗だったが、静雄は舌打ちして愛撫を中断し、顔を上げた。
「だから、なんでそんなに暴れんだよ。手前は好き勝手しやがったくせに」
「だ…から、恥ずかしいんだってば……!!」
涙目で叫べば、もしや予想外だったのか、静雄は臨也を見つめたままひどく驚いた顔になり、それから呆れを滲ませて溜息をついた。
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