ある晴れた日に 14
唇をついばみ合うようなやわらかなキスが二度、三度と繰り返され、互いに薄く開いた唇の隙間で控えめに差し伸べた舌先が触れ合う。
戯れるようなキスが妙に楽しくて、静雄の手をきゅっと握り締めれば、それを合図のようにキスが深くなった。
互いの全てを探り合い、確かめ合うかのように舌を深く絡ませ、吐息を分け合う。
気持ちいい。でも、まだ足りない、もっと欲しい。その想いのままに臨也は、いつの間にか自由になっていた両手を差し伸べ、静雄の首筋を抱き寄せる。
静雄の両腕もいつしか臨也の身体に回され、互いを掻き抱くようにして何度も角度を変えながらキスを繰り返すうち、それだけでは物足りない疼きが込み上げてきて臨也が小さく身体を震わせると、静雄の手があやすように優しく背を撫でた。
「──っ、シ…ズちゃ……」
長い長いキスが一旦途切れ、酸素不足に喘ぎながら名前を呼べば、耳朶をやんわりと噛まれる。そのまま耳の下の薄い肌に唇を這わされて、背筋をぞくぞくと駆け上る快感に、臨也はたまらず目を閉じた。
「すげぇ甘い匂いすんな……」
ふと、首筋に顔を埋めたままの静雄にそんな呟きを落とされて、え、と臨也は戸惑う。
「……前は、臭いとか言ってなかった?」
「あー、匂い自体は変わってねぇと思うんだけどな。お前の匂いっつーか、ノミ蟲の匂いっつーか」
そう答える間にも静雄の手は、ゆっくりと臨也の肌の上を胸から腹部へと感触を確かめるかのように滑り降りてゆく。
「昔はすげぇ苛々したんだけどよ。今は全然違うな。……まあ、苛々する感じは少し似てるか」
言い終えると同時に、首筋にがぶりと歯を立てられる。傷が付かない程度の甘噛みは腰の奥深くにわだかまり始めた熱を煽るだけで、臨也が小さく声を上げると、今度はその痕を癒そうとでもするかのように舐められた。
「今すぐに食っちまいたくて、じりじりする」
「っ……」
静雄らしいというべきなのか、らしくないというべきなのか。ひどく直截的な言葉で求められて、どう反応すれば良いのか分からなくなる。
だが、嫌かと問われれば決してそうではなかったから、臨也は躊躇いがちな仕草で静雄の背中に手を回し、そっとなめらかな肌を撫でた。
全部食べていいよ、とは、さすがに口には出せない。けれど、そうしてくれてもいいよ、という想いを込めてうなじを指先で撫で、手のひらで肩甲骨の形を確かめる。
すると、おい、と低い声で呼ばれた。
「あんま煽んな。止まんなくなるぞ」
「いや……別に止まってくれなくていいんだけど」
至近距離で目を覗き込まれて、改めて気恥ずかしさが込み上げる。が、それ以上に身体の現状は切実だった。
「だってさぁ、さっきからもう何分、この調子だと思ってるわけ?」
再び寝室に移動してきて半裸でベッドの上にいるにもかかわらず、交わしたキスより会話の方が多いというのは、おそらく自慢にはならないだろう。
これまでの自分たちが、あまりにも言葉が足りなかったせいだとは分かっているが、しかし、睦言めいた会話だけで身体の熱が収まるはずはない。
萎えるのならばともかくも、キスと濃厚と形容するにはかなり色々と足りない愛撫ばかりでは、半端に疼きが燻るばかりで、いい加減、臨也は本気で焦れ始めてきていた。
「シズちゃんだって、そろそろ欲しくなってきてるんじゃないの?」
目を見つめて言いながら、さりげなく移動させた右手を二人の体の隙間に滑り込ませる。そして明らかな意図を持って触れれば、ジーンズの上からでもはっきりと分かるほどに静雄のそこは熱を持っていた。
「臨也……」
わずかに目を細め、咎めるように名前を呼ばれて、臨也は悪戯に微笑む。
その間にもゆっくりと右手を動かし続ければ、静雄は熱の混じった溜息を吐き出し、臨也の胸元に顔を寄せて小さな尖りに口接けた。
「あ、っん……!」
これまでの触れ合いで既に敏感になり始めていたそこへの愛撫は、思いがけないほど甘く体の奥深くまで響いて、臨也は小さく身体を震わせ、嬌声を上げる。
その素直な反応に気をよくしたのか、静雄は左側を口唇でやわらかく苛めながら、右側へも指先を伸ばして軽くそこを摘んだ。
「ふ…ぁ……、シズ、ちゃん……っ」
過去に情の通い合いは無かったとしても、静雄は臨也の身体を知り尽くしている。
一番好きな強さでやわやわと小さな尖りを弄ばれ、同時に反対側を舌先で舐め転がされて、臨也はたまらずに身体をのけぞらせる。
だが、それはより一層苛めやすいように胸元を静雄に差し出しただけのことにしかならず、ひどく敏感になって張り詰めたそこに、やんわりと歯を立てられて、全身を突き抜けた快感に臨也は甘い悲鳴を上げた。
「あ…、やぁ…っ、……も、そこ、ばっかり……やだぁ…っ…!」
触れられれば触れられるほど、そこは敏感さを増すようで、じんじんと響く快感に脳裏が白くなる。
組み敷かれた体勢では逃れたくても逃れられず、中心に集まり続ける熱の疼きに耐え切れずに弱々しくもがいた踵がシーツの上で滑って乾いた衣擦れの音を立て、とっくに静雄を愛撫することを忘れた手は、縋るものを求めて静雄の二の腕を掴み、爪を立てる。
だが、臨也が甘く濡れた声を上げながら、捕食者に襲われた小動物のように身体を震わせても、静雄が愛撫の手を緩めることはなかった。
「本当に感じやすい身体してるよな。三年前と全然変わってねえ」
そんな風に呟きながら静雄は一旦上半身を起こし、そして今度は手のひらをゆっくりと届く限りの臨也の肌に這わせ始める。
臨也のものに比べると幾分硬い感触の指先が首筋をやわらかく撫で、両肩を包み込むようにした手のひらが細い腕へ、更にその先の手へと滑り降りてゆく。
指先まで辿り着くと、人差し指の形の良い爪をくるりと撫でて、今度は肩に向かってゆっくりと手のひらは戻ってゆく、ただそれだけの愛撫であるのに、産毛を撫で上げられる感覚に臨也は震え、すすり泣くような細い声を零した。
「シ、ズ…ちゃん……っ」
だが、ゆっくりゆっくりと動き続ける静雄の手は、やはり止まることなく、今度はくっきりと浮き出している鎖骨をなぞって形を確かめ、そのまま薄く筋肉の張り詰めた胸へと滑り降りる。
大きく円を描くようにやわらかく手のひらで小さな尖りごと胸を愛撫されて、甘い疼きが波紋のように全身へと広がり、そして中心へと熱が収束してゆくのに耐え切れず身体をよじれば、含み笑いと共に幾度目かとも知れないキスが唇に落とされた。
「ん…ふ……っ、あ……」
濡れた音を立てながら深く絡み合うキスに夢中で応えている間に、静雄の手のひらは更に下へと滑り降りて、器用にジーンズの前ボタンを外し、中へと滑り込んでくる。
「──んっ! ぁく……んん…っ」
熱くなったその形を下着の上から確かめるようになぞられて、臨也はくぐもった泣き声を上げた。
気持ちいい。嫌。もっときちんと触って。
焦れて腰を揺らめかせるようにそこを静雄の手のひらに押し付ければ、含み笑う気配がして、やはり下着の上からやんわりと熱の形を押さえられる。
愛撫とは呼べないほどの愛撫にも関わらず、ただそれだけで、どうしようもなく身体の深い部分が疼いた。
「や…っ、シズちゃん、もっと…ちゃんと……っ!」
全身を苛む感覚をこらえながら必死に目を開き、訴えると、こちらの反応をじっと見ていたらしい静雄と目が合う。
情欲を強く滲ませたその瞳は、同時にはっきり『可愛い』とも告げていて、更にかっと全身の熱が上がるのを臨也は感じた。
「や、だ…、も…うっ見るな……っ…」
羞恥に耐え切れず、両手を上げて静雄の胸をぐっと押す。が、そんなやわい抵抗で彼がびくともするはずがない。
案の定、
「──お前、本当に馬鹿だろ」
ノミ蟲のくせになんでそんなに可愛いんだと、暴言と共にやわやわと指先で熱を揉み込まれて、そこから迸る快感に臨也は細腰を打ち震わせた。
「──ひ、ぁ…もぅ、駄目…っ! も…っやだ……、達きたい……っ!」
与えられる愛撫はやわらか過ぎて決め手がないのに、快感だけは引きずり出され増幅される。全神経が白く灼き付くようなもどかしさに、たまらず悲鳴を上げれば、ふっと静雄の指先が熱から離れた。
「え…、あ……やだ、シズちゃんっ…」
こんなところで放置されては生殺しにも程がある。止めないでと閉じていた目を開くと、宥めるように前髪を梳き上げられた。
「下、脱がねぇとどうしようもねぇだろ。暴れんな」
そんな声と共に、腰に回された腕が軽々と臨也の下半身を持ち上げてジーンズと下着を脱がせてしまう。
相変わらずエアコンが入っているとはいえ、外気に肌が触れる感触に反射的に身を震わせながら、臨也は静雄を見上げた。
「シズちゃんも脱いでよ……」
自分が肌身を晒しているのに静雄はまだ服を着ているのは、ひどく不公平に感じられて、なじるように要求すれば、静雄はちらりと視線を向けただけで、あっさりと自分のジーンズに手を掛けた。
たかが二枚の衣服を脱ぎ棄てるのに、そんな手間も時間もかかるわけではない。すぐに眼前に現れた静雄の裸身を見上げて、ああやっぱり綺麗だな、と臨也はぼんやり感慨に浸る。
そして、既に雄々しく屹立しているものに目を向けた。
「臨也?」
「うん……」
ギリギリまで欲望を高められた体を動かすのは、ひどく億劫だった。が、臨也は萎えたような手足に力を込めてベッドの上に起き上がる。
そして右手を伸ばし、静雄の熱に触れた。
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