ある晴れた日に 06

「っ、あ…あぁ…っ…、あ、あああぁ……っ!!」
 ギリギリまで高められた身体は、三年ぶりの媾合であっても微塵も痛みなど覚えなかった。それどころか濡れた柔襞は、おもねるように侵入者に絡み付き、更に奥へといざなってゆく。
 押し開かれる圧迫感が、灼熱の重みが、濡れた粘膜が擦れ合う感触がどうしようもないほどに気持ちいい。
 抵抗することも敵わず、甘やかな悲鳴を上げて侵入者を迎え入れた臨也は、やがて静雄が熱を全て柔襞に納め終えた時には、吐精なしに軽く達していた。
「おい、大丈夫か?」
 ぐったりとベッドに身体を沈めて荒い息をつく臨也の頬を、静雄の無骨な手がそっと撫でる。その優しい感覚に臨也はかろうじて目を開け、小さくうなずいて見せた。
「でも……す…こし、だけ…、動か…ないで……」
 殆ど吐息だけの声でそう告げると、ああ、と静雄はうなずく。
 そしてまた、臨也の唇に触れるだけのキスを何度も落とした。
 そのやわらかな感触にうっとりと溺れているうちに、少しずつ呼吸も落ち着いてくる。同時にまともな思考も少しだけ戻ってきて、臨也はゆっくりともう一度目を開き、至近距離にあった静雄の目を見つめた。
「……昔は……こんなにキス、しなかったよね……?」
 爪の先まで甘い砂糖細工と化してしまったような気のする手を持ち上げ、精悍なラインを描く頬をそっと撫でる。すると静雄は目を細め、口元にかすかな笑みを滲ませた。
「お前だって、こんな素直じゃなかっただろ」
「──うん…」
 確かにその通りだとうなずく。
 そして、ゆっくりと顔を近づけた静雄に目を閉じて、キスを受け止めた。
 やわらかく舌を絡ませ合い、互いの口腔を交互に愛撫する、あの頃はしたこともなかった、ゆったりとしたキスを交わしながら、シーツの上に投げ出していた手のひらに一回り大きな手が重ねられるのを感じて、臨也はそっと指を絡める。
 すると、直ぐに応えるようにやわらかく握り返されて。
 こんな風に手を重ね合わせることすら、あの頃はなかった。そう思うと何かたまらず、長いキスを終えて目を開く頃には、臨也の眦からは涙が零れ落ちていた。
「臨也?」
「ねえ、シズちゃん」
 戸惑って名を呼んだ静雄には構わず、臨也は零れ落ちる涙もそのままに、あの頃には決して有り得なかった、控えめながらも優しい光を宿した鳶色の瞳を見上げる。
「俺が居なくなって、寂しかった……?」
「は……」
「少しは、会いたいと思ってくれた……?」
 そう問いかけると、静雄の瞳が惑う。
 だが、黙って答えを待つ臨也の前で、その困惑の色はゆっくりと薄れてゆき、見たこともないような切なく真摯な色が真っ直ぐに臨也を見つめた。
「──ああ」
 答えは、極短い一言だった。
 だが、それだけで全て足りた。
 胸の奥底、否、魂の一番深いところから、叫び出したいような熱い何かが込み上げてくる。けれど、それは涙にしかならなかった。
 ともすれば零れそうになる嗚咽を懸命に押し殺しながら、臨也は繋いでいた手をそっとほどいて、静雄の首筋に両腕を回し、縋り付く。
 そうすると、かつては苛立つほどに感じた煙草の残り香はもう無く、代わりに温かな肌の匂いが強く感じられて。

「ずっと、会いたかった……」

 そう告げるのが、精一杯だった。それ以上は、もう涙にまぎれて言葉にならない。
「──本当に馬鹿だろ。手前も俺も……」
 そんな風に互いをなじる静雄の声もまた、小さく震えていたから、臨也は更に両腕に力を込めて広い背中を抱き締める。
 そして、
「もう離れんな」
 低く囁くように、しかしはっきりと発音された言葉と共に背を強くかき抱かれて、うん、と臨也は子供のようにうなずいた。
 そのまましばらく互いの体温を感じ合ってから、どちらともなく腕の力を緩めて、目を見合わせる。
 静雄は手を上げて、臨也の目元に残っていた涙をそっと拭い、そこに宥めるような優しいキスを落としてから、やわらかく唇を合わせた。
 ゆるやかに舌を絡ませ合っていると、一時忘れていた疼きが戻ってくる。すると、それを見透かしたかのように、静雄の舌が臨也の過敏な顎裏を撫でた。
 刺激を与えられれば、もともと限界だった身体はすぐにその先を求めて蠢き出す。思わず無意識に最奥に留まったままだった熱を締め付けると、静雄が喉の奥で低く呻くのが感じ取れた。
「──もう動いてもいいよな?」
 唇が離れた途端にそう問われ、そういえば先程動かないでくれと頼んだかもしれない、と臨也は朧気に思い出す。だが、臨也自身がもう、それどころではなくなりつつあった。
「動いて……シズちゃん」
 ずっと重みのある熱に圧迫されっぱなしの柔襞は、再びずくずくと疼き初めている。自分ではどうにもならない身体のざわめきに、むしろ懇願するような思いで臨也は静雄を求める。
 すると静雄は、困惑するような微妙な表情で臨也を見つめ、それから僅かに目を逸らして舌打ちした。
「ったく……素直になろうとなるまいと、手前は性質が悪過ぎだ」
「え……」
 その言葉の意味を理解するよりも早く、身体の奥深くにうずめられていた熱をずるりと引き抜かれて、その感触に臨也は思わず背をのけぞらせる。間髪入れず、溜めた腰を突き入れられて、擦れ合った粘膜全体に甘過ぎるほどの愉悦が弾け飛び、たまらず甘い喘ぎが零れた。
「シ…ズちゃん……っ、あ、ひぁ…っあ、シズ、ちゃん……!」
 何度も繰り返し突き上げられ、感じやすい箇所を狙って雁で抉るように擦り立てられる。
 そこから生まれる愉悦にたちまちのうちに臨也は追い上げられ、すすり泣きながらひたすらに静雄の名を呼んだ。
「気持ち、いい……っ、あぁ……もっ、お…かしく…っ、なり、そ……っ」
 どんな風に動かれても気持ち良かった。まるで快感しか拾えなくなってしまったかのように柔襞は蠢き、静雄の熱に絡み付いていく。
 静雄が腰を引けば追いすがり、奥深くまで侵入してくれば歓喜して、全ての歓びを吸い尽くそうとざわめく。そんな素直過ぎる柔襞のよがり方は、静雄にも強烈な快感をもたらすのだろう。
「──クソッ、手前の身体、良すぎだ……!」
 もう長くはもたないと、静雄が低く呻くように毒付く。そして、その声は快楽に浮かされた臨也の耳にも、奇跡的に届いて。
「……シ…ズちゃん…っ……」
 涙に霞んだ目を懸命に開いて、臨也は静雄を呼ぶ。同時に、シーツを握り締めて爪を立てていた手も、静雄の手を求めて震えながらシーツの上を彷徨った。
 そんな臨也に静雄も直ぐに気付いて、臨也の手を包み込むように自分の手を重ねる。
 温かな指が自分の指に絡む、その感触に臨也は安堵しながら、縋り付くように繋いだ指先に力を込めた。
「お…願い……、一緒に……っ」
 何を、と言わずとも静雄には通じる。
 鳶色の瞳に情欲だけではない光を浮かべて静雄は臨也を見つめ、答えの代わりに、快楽に喘ぐ薄い唇に口接けた。
「臨也…っ」
 そして、名前を呼び、臨也の過敏な箇所を狙って腰を突き上げる。
「──シズちゃん……っ、シズ…ちゃんっ……!」
 何度も何度も感じ過ぎる場所を擦り上げられて、つま先から脳天まで突き抜けるような甘過ぎる愉悦に、声を震わせてよがり泣きながら、臨也はそれ以外の言葉を忘れたかのように静雄の名前を呼び続ける。
 十六の歳から、もはや数え切れないくらいに呼んだ名前──渾名だった。静雄が嫌い続けたその渾名は、それゆえに臨也独りのものだった。
 彼から離れる前も、離れた後も、唯一、臨也が持っていられた平和島静雄という存在の縁(よすが)。
 本当にそれしかなかった。それ以外の全ては臨也のものではなく、また、決して臨也のものにはなり得なかった。
 他の誰も呼ばないその渾名を呼ぶことしか、後にも先にも臨也に許されたものは無かったのだ。
「シズちゃん……っ!」
 どこまでも天井知らずに引き上げられる苦痛にも似た強烈な快感に、臨也は助けを求めるかのように絡めた指先にきつく力を込める。
 なめらかに研いだ爪が静雄の手の甲に食い込んだが、静雄は臨也の手を振り払いはしなかった。
「ひ……あぁっ、も…ぅ、駄…目……っ、シ…ズちゃん……!」
「い…いから、もう達け……っ、臨也っ」
「シ、ズ…ちゃ……っ、あ、っあ…、あ…あああああぁ……っ!!」
 一際強く、一番奥まで突き上げられて、臨也はそのまま激しく昇り詰める。
 ほぼ同時に静雄も達して、熱い迸りを吐き出した。
 それきりしばらくの間、寝室には二人の荒い呼吸だけが響く。
 先に自分を取り戻したのは、やはり静雄の方だった。
 気だるげな仕草で、それでも臨也の汗に濡れて張り付いた前髪を優しく額から払う。そして、目元に残る涙の跡を、指先でそっと拭った。
 その優しい感触に、臨也もようやく感覚を現実へと引き戻される。
「──シ…ズちゃん……?」
 細くかすれた声で切れ切れに呼び、頬に僅かに触れたままだった静雄の手のひらの温もりに、うっすらと開いた瞼を瞬かせた。
「大丈夫か?」
「うん……」
 気遣う言葉は、まだ半分ほどしか理解できていなかったが、それでも胸の奥がふんわりと温かくなるような感触に臨也は微笑む。
 頭がぼんやりとしていて、思考が上手くまとまらない。だが、悪い気分ではなく、むしろ全身が温かい気だるさに包まれていて。
「ご…めん……」
「ん?」
「少し…眠らせて……」
 ほんの五分だけ。
 そう呟いて、臨也はもう我慢しきれずに目を閉じる。
 そして、いいぜ、と静雄が低く笑うのを朧気に聞きながら、気絶するように意識を手放した。


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