ある晴れた日に 05
「なぁ、臨也」
底に甘さの潜む低音で名を呼び、はち切れそうなほどに張り詰めた熱全体を優しく苛めながら、かつての感触を呼び覚ますように蜜口とその周囲を硬い指先でやわらかく撫で、時折ノックするように軽い刺激を送ってくる。
それだけで、どうしようもないほどの疼きが身体の奥から湧き出してくるのを臨也は感じる。
そう、三年ぶりであろうと何だろうと関係ない。臨也の身体は、間違いなくこの行為を──静雄を覚えていた。
「──し…てない……っ」
目の眩むような快感と泣き出しそうなほどの疼きに唇を震わせながら、臨也は答えを喉から搾り出す。
「だ…れとも、してない…っ…、三年前の、シズちゃんが最後だ……!」
───三年前、池袋から立ち去った時点で、臨也の中からは様々な欲が抜け落ちていた。
言い方を変えれば一種の虚脱状態にあり、諦観に感情と思考を支配されていたとも言えるだろう。
そして、その抜け落ちた欲のうちには、性欲も含まれていた。
正確に言えば、性欲そのものではなく、誰かと寝たいという欲求が、池袋を離れた時点で臨也の内から消えたのである。別に不能になったわけではないが、しかし、この三年間、誰ともそういう関係を持ちたいとは思えなかった。
一時の逃避に身を任せたところで、本当の深い快楽を得られるわけではない。むしろ、心身の記憶に巣食う誰かとの様々な差異を感じて、余計に虚しくなるだけだろう。そうと分かっていて、そんな惨めな行為に身を投じることは臨也にはできなかった。
勿論、人目を惹く容姿であるから、日本と世界のあちこちをふらついている間、声をかけられることがなかったわけではない。だが、せいぜいが茶やアルコールを共にするだけで、それ以上は相手が男であれ女であれ、全てやんわりと拒絶し続けた。
そして、その間、何を思っていたかといえば。
快楽と感情に霞みそうになる目を臨也は懸命に開いて、焦点を合わせようと務める。
そうして探し当てた鳶色の瞳は、真っ直ぐに臨也を見つめていた。その澄んだ色合いの奥に、言い知れない感情が渦巻き、迸っている。
この目を見ていれば、と臨也は思った。
三年前、彼がこんな目を自分に見せていれば、きっと色々な事が変わっていただろう。だが、それは臨也自身も同じだった。
三年前のあの最後の夜、『この街でやりたいことは全部やってしまった』、そんな稚拙な、本心を隠すにしてもあまりにも遠い言葉ではなく、もっと違う言葉を紡いでいれば。
きっと彼も、聞こえてさえいなかったような沈黙で応じたりはしなかっただろう。
けれど、それはすべて願望に満ちた仮定の話であり、現実のあの頃の二人は、どうしようもなく擦れ違っていた。
それぞれの感情を──互いの存在に執着していることすら認められず、ただ刹那的な言葉の応酬と、後先を省みない暴力と快楽だけをぶつけ合っていた。
「馬鹿じゃねえのか。俺も、手前も」
そんな自分たちの過去の関係を、静雄が低く呟くような一言で纏め上げる。
そう、馬鹿の所業だった。どれもこれも。
あまりにも愚かしくて、考え無しで、馬鹿馬鹿しい。
そんな関係を十年近くも続けて、挙句、何も掴めないまま離れた。或いは、臨也が一方的に立ち去った。
そうして離れて、初めて思い知ったのだ。
本当は、どれほど離れがたかったのか。
もう二度と会うことはないのだと、思い定めるのがどれほどに苦しいことか。
「シ…ズちゃん」
震える喉から声を絞り出し、シーツを握り締めていた両手をほどいて差し伸べる。その手は無碍に払い落とされることも、無視されることも無かった。
「臨也」
ゆっくりと上体を屈めた静雄が紡いだ名前は、臨也の鼓膜を甘く、ほろ苦く打つ。その広い肩に両腕を回し、抱き寄せて、臨也は下りてくる唇を無我夢中で受け止めた。
この両腕を離したくないと言ったら、あまりにも自分には似合わないだろうか、と熱く貪るようなキスに応えながら、臨也は朧気に思う。
だが、もう離したくなかった。何があっても離れたくなかった。
二度と会えないのだと思いながら、遠い空と海を眺めるのは、あまりにも心が冷える。もう二度と、あんな思いはしたくなかった。
「……シズちゃん……」
長いキスを終えて、小さく喘ぎながら名前を呼べば、臨也、と返される。
そして、一旦止まっていた愛撫の指が再び動き始め、蜜口へゆっくりと押し入ってくる感触に臨也は目を閉じる。
痛みはなかった。それどころか体が欲しがっている。まだ何も解されていないのに、更なる指での愛撫を、その先を求めて蠢いているのを感じて、臨也は無意識のうちに細い腰を震わせた。
「相変わらず、お前ん中、すげぇな……」
ゆるゆると浅く指を遊ばせながら、情欲にかすれた声で静雄が呟く。
「すげえ欲しがってる感じするぜ。あれ以来、使ってねぇなんて嘘みてぇだ」
「……な、に…それ。ま…さか、疑ってる、の?」
さすがに聞き捨てならず、目を開いて睨み上げる。責める言葉は吐息に邪魔されて切れ切れになり、迫力は足りなかったが、それでも言わずにはいられなかった。
だが、臨也の視線の先で、静雄は情欲は滲んでいても静かな目で臨也を見つめ返し、いいや、と首を横に振る。
「疑ってねぇよ。……疑ってねえ」
言い聞かせるように、確かめるようにそう告げて、宥めるような触れるだけのキスを唇に落とす。
そして、臨也の身体の求めに応じて愛撫する指を増やした。
狭い入り口を押し広げる圧迫感の後、ずるりと二本目の指が滑り込んでくる。そのまま慣らすように少しだけ静止してから、ローションを塗り込めるように緩い抜き差しが繰り返され、やがて頃合と見たのか、長い指の一本が柔襞のうちの一点をこりこりと指の腹で刺激し始める。
「──っあ、あぁ…っ、駄、目…っ、それ、されたら…っ…、すぐ…っ、達く、から……ぁ!」
決して急がず、十分に力加減されたその愛撫に、臨也はたまらず高い声を上げて身悶えた。
「駄…目っ…、シ…ズちゃん……っ、それ、気持ちいい…っ…」
「相変わらず、こうされんのに弱いのな」
温かく含み笑うような声は、もう臨也には届かない。与えられる愛撫を受け止め、感じるままに腰を震わせて、甘い声をとめどなく上げ続ける。
そうするうちに更に指を増やされて、圧迫感がもたらす甘やかな疼きに、臨也は更に声を透き通らせてすすり泣いた。
「も…ダ…メ……っ、ひ、あ……駄目…っ、達き、たい……っ! シズ、ちゃん……!」
いつの間にか張り詰めた熱からは手指が離されており、両方を弄られればすぐに達することができるのに、久々の愛撫を受ける後ろだけでは容易には解放は訪れない。
自分で熱に手を伸ばそうとすれば、それはやんわりと両手首をまとめて押さえつけることで制され、体の中で燻り、出口を求めて狂乱する熱に臨也は耐え切れず、半ば焦点を失った瞳で静雄を見上げたまま、ほろほろと涙を零す。
すると、静雄はその濡れた目元に口接け、そのまま唇で零れ落ちる涙を拭った。
そして、臨也と目を合わせて、ふっと微笑む。
「お前の泣き顔、久しぶりに見るとすげぇクるな。おまけに昔より随分、素直だしよ」
もっと苛めたくなっちまう、と囁いて、唇を重ねる。
深く唇を合わせて舌全体で口腔をくまなく探りながら、最奥に差し入れられた複数の指もまた、感じやすい入り口付近や、その少し奥の快楽の源泉のようなしこり、更には一番奥の体全体に響くような性感帯を同時に刺激しようと蠢き、たまらず臨也は、息苦しさに喘いでキスを振りほどき、高い悲鳴を上げた。
だが、あとほんの僅かで絶頂に届く、というところで、ずるりと指が引き抜かれる。
「──っ、あ……?」
咄嗟に何が起きたのか分からず、解放し損ねた疼きに体を震わせながら、泣き濡れた瞳を開き、ぼんやりと視線を彷徨わせると、宥めるようなバードキスが唇に下りてきた。
「そのまま力抜いてろよ」
蕩け切った思考では言われた言葉の意味の半分も理解はできなかったが、大きく開かされた両脚の奥に熱と圧迫感を感じて、臨也は半ば無意識に深呼吸して体の力を抜く。
すると、それを合図のように、ゆっくりと圧倒的な質量を持つ熱が最奥に侵入してきた。
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