Replica Master (3)
「───っ…」
かすかな身じろぎに合わせて、両手を戒めている紐がきし…ときしむ。
「欲しくてたまらないという顔だな」
低い冷ややかな声と同時に、ぎゅっと強く胸の膨らみを掴まれて、少女の姿をしたものは小さく呻く。
「……ぁ…、も…ぅ…お許し…下さい……」
「何を言う?」
途切れ途切れの細い哀願に応じたのは、冷笑だった。
「お前は今、何をされているか分かっているのか?」
ぐいと細い顎を掴んで、主たる青年は腕の中に抱いた華奢な存在を、己の方に強引に向かせる。
「お前は昨夜、私の言い付けを守らなかった。今は、そのお仕置きの時間だろう?」
冷ややかに断定されて、涙に濡れた藍色の美しい瞳は、怯えと哀願の色をいっそう濃くした。
その様を見て、主人は微笑む。
「さあ、よく目を開けて見るんだ。お前が昨夜、何をしたのか。どんな風に私の言い付けを破り、私を裏切ったのか」
そして、絶対の裁き手の如く厳かに告げ、少女の姿をしたもの──レプリカに正面を向かせた。
* *
くちゅり、とクラシックなドレスのスカートの下で、淫猥な水音が響く。
過敏すぎる花弁を、指先でゆっくりとなぞられて、少女型レプリカは主人たる青年の腕の中で小さく身をよじった。
「……っ…ん…」
青年のもう一方の手は、大きくくつろげたドレスの胸元から滑り込み、豊かとは言えないが、やわらかな膨らみを弄んでいる。
───だが、いずれの手も、最高級の薄手の手袋をつけたままだった。
入浴する時と寝る時以外は日にさらされることのない、高貴な手が白い肌を弄んでいる。
上半身と下半身へ同時に施される執拗な愛撫に、深い藍色の大きな瞳は泣き出しそうに潤んでいて、今にも涙がこぼれ落ちそうだった。
抵抗することも解放を願うこともできないまま、少女型レプリカは主人の意のままに、びくびくと甘い反応を示す。
「ひ…ぁっ…」
不意に指先で、快楽の中心である花芽を強く摘まれ、小さく悲鳴を上げて、黒いシルクとレースに包まれた華奢な躰がのけぞった。
その時。
主人の居室に、ノックの音が響いた。
「御言い付けのワインをお持ちいたしました」
「ああ、置いてゆけ」
青年の言葉と同時にドアが開かれて、少女型レプリカは反射的に、ドレスのはだけた胸元を隠そうとする。
が、その手は主人に掴まれた。
「御苦労だったな」
細い少女型レプリカの腕を捕らえたままでの主人のねぎらいに、使用人は丁重に頭を下げる。
そして頭を上げる瞬間、ちらりと己の方に視線を投げられるのを少女型レプリカは感じた。
───この上なく侮蔑に満ちた、汚らわしいものを見るまなざし。
一人掛けのソファーにくつろいだ主人の膝の上で、飾り紐を解かれた胸元は大きく白い肌を露出し、スカートも膝上までまくれ上がり、細い華奢な足があらわになっている。
少女型レプリカが、その用途通りに主人に玩弄されている最中なのは、誰が見ても一目瞭然だった。
使用人のまなざしに、望は目を伏せ、小さく震えながら耐える。
人間ではない、最低限の我が身を守る権利さえ与えられていない作られた生命体でありながら、主人の愛玩物として凝った特別あつらえのドレスを身に付け、美味珍味を与えられて、髪も肌も十分すぎるほどに手入れをされているレプリカたちは、使用人達にとっては憎しみと侮蔑の対象だった。
おそらく、たとえ主人が場末の下賎女を館に召して寵愛したところで、これほどの妬みを受けることはないに違いない。
非合法の人工生命体であるが故に、レプリカたちは人間の使用人達から強烈すぎるほどの反感を買われ、中でも最大の寵愛を受けている少女型レプリカに好意を示す人間は、広大な館内に一人としていなかった。
「思ったよりも遅くなってしまったが……」
呟くように言った主人の言葉に、少女型レプリカは小さく反応して続きを待つ。
彼の声は、ひどく冷ややかな笑みを含んでいるようで、何を言われるのかと自然に身が堅くなる。
「望、これを伯爵殿の客室に届けてくれないか」
思わず目を見開いて見上げた少女型レプリカの先で、二十代半ばの青年が白皙の美貌に笑みを浮かべて命じる。
「先程、このところ寝つきが悪いと言っておいでだったからな。ナイトキャップ代わりに、この三十年ものの逸品を差し入れてあげたいと思ったのだよ。談話室から引き上げられる前に部屋に用意させておくつもりだったのだが、どうも手配が悪かったようだ」
嘘だ、と少女型レプリカは思う。
───こういうことは初めてではなかった。
社交界に顔の広い主人を持つがゆえに、この館には訪問客が頻繁にやってくる。
そして時々、主人はこんな風に少女型レプリカに、客への届け物を命じるのだ。
貴重な酒であったり、庭で美しく咲いた花であったり、一見気まぐれに見える贈り物だが、その対象者が限定されていることに、少女型レプリカはとうの昔に気付いていた。
「もう夜も遅い。まだ起きておいでだとは思うが、失礼にならないようワインだけ置いてすぐに戻ってくるようにしなさい。ワインを注ぐ間、話し相手になることくらいなら構わないが」
言いながら、ちらりと主人は懐中時計で時刻を確かめる。
「そうだな、今から行って、三十分以内に戻ってくるんだ」
客室は、主人の居室と同じ館の東翼にある。階こそ違えど、そう何十分もかかるような距離ではない。
だが。
「分かったか?」
「は…い……」
マスター登録をした主人には、レプリカは決して逆らうことは許されない。
小さく震えながら少女型レプリカはうなずいたが、しかし主人は、あっさりと頷くことはしなかった。
「お前は返事だけはいつも素直だが、これまでに何度も言い付けを破っている。先月のことも、まさか忘れたわけではないだろう?」
冷ややかに言われて、少女型レプリカはびくりと青ざめる。
その表情を見つめて、青年は笑みを浮かべた。
「だから、今回は必ず言い付けを守れるようにしてやろう」
そう言った青年は、ソファーのすぐ傍らにあるサイドテーブルに置いてあった、小さなガラスのケースを手に取った。
上下に重ねてあった蓋を取ると、中には半透明のクリームが詰められている。
「───!」
見た瞬間に、それがどういった類いのものであるのか理解して、少女型レプリカは青ざめたまま小さく息をのんだ。
「これが何か分かったのなら、どうすればいいのかも分かっているな?」
くすりと笑って、青年は革手袋をしたままの指先にクリームをすくい取る。
しばらくの間、言葉もなく少女型レプリカは主人を見上げていたが、やがて長い睫を震わせるように目を伏せて。
ゆっくりと両脚を開いた。
細い脚と脚の間に、革手袋の手が滑り込む。
「───っ」
冷たいクリームの感触を感じて、少女型レプリカの躰がびくりと震える。
だが、先程までの愛撫に十分すぎるほど潤んでいた花芯は、何の抵抗もなく主人の指を受け入れた。
濡れていてもきつい花芯の中で、ゆっくりと指が動く。
クリームを行き渡らせるように丁寧に柔襞を愛撫して、とりわけ過敏な最奥までをも長い指先でつつく。
その刺激に、少女型レプリカは抑えきれない小さな嬌声をあげた。
「や…、いゃ…っ……あ…んっ…」
「嫌? 私には喜んでいるようにしか見えないが?」
滑らかな革手袋に包まれた指が動くたびに、くちゅ…ちゅぷ…と淫らがましい音が響く。
耐えきれずに、少女型レプリカは小さく首を横に振った。
そんな愛玩物の様子に、薄く笑って主人はゆっくりと手を引く。
そして、膝の上から少女型レプリカを降ろし、床に立たせた。
「さあ、行ってくるんだ」
非情に告げられた命令に、小さくよろめきながらも少女型レプリカは、震える指で胸元の飾り紐をきちんと結び直し、ドレスを整える。
そして、ワインの載せられたトレイを細い手に持ち、主人の居室を出た。
夜更けも近い館の廊下は、それでも所々の灯明によって薄明るさに包まれている。
暗い緋色の見事な絨毯に覆われた廊下を、ほとんど足音も立てないまま、ゆっくりと少女型レプリカは歩いた。
まだ、躰の方に変調はなかった。
最終的な効果は決まっていたが、それがどんな発現の仕方をするのかは主人にしか分からない。
だが、三十分で戻ってくるようにと言った以上、ゆっくりと効き目を現わすものなのだろうと少女型レプリカは考える。
そして、何事もなく主人のもとへ戻れるように、と空しい願いだとは知りながらも、密かに祈って今日の訪問客が宿泊している部屋の前に立ち止まる。
二度、ドアをノックすると、中から返事があった。
「御主人様のお言い付けで、ワインをお持ちいたしました」
銀の鈴の音のような細く澄んだ声で答えると、入ってくるように、と告げられる。
緊張と恐れに一層鼓動が高まるのを感じながら、ゆっくりと少女型レプリカはドアノブに細い手をかけた。
「失礼致します」
今日の客は、主人よりも十歳ほど年長の伯爵位を持つ男だった。
かつては精悍な美貌を誇っていたのだろうが、壮年期に片足をかけた現在では、容貌も体型も、早くも線が崩れはじめている。
その男の全身を這い回る視線を痛いほど感じながら、少女型レプリカはサイドテーブル上で栓を抜いたワインをクリスタルグラスに注ぎ、客人に捧げるべく歩み寄った。
客人は、微笑を浮かべたまま、少女型レプリカの繊手からグラスを受け取り、一口飲み干す。
そして、そのまま目の前に立つ美しくも可憐な少女型レプリカを見つめた。
そのまなざしに。
躰の最奥が、ぞわりと疼く。
「主人殿は、実に気の付く方だな」
「──恐れ入ります」
小さく答えながら、少女型レプリカは、緊張に心臓が痛いほど強く脈打ちはじめるのを感じる。
───ゆっくりと広がる、違和感。
「もう一杯注いでくれないか」
「はい」
うなずき、踵を返してサイドテーブルまでのほんのわずかな距離を歩く。
───そのささやかな動きによる振動さえも、刺激と化して。
「どうぞ」
指先が震えてしまわないよう、精一杯に自分自身を押さえ込んで、少女型レプリカはグラスを再度、客人に差し出す。
「君も飲まないか?」
「いえ…、失礼がないよう直ぐ戻るように言い付かっていますから……」
「ふん」
少女型レプリカの返答に、客人は笑む。
その笑みは、冷笑に最も近かった。
「所詮レプリカ、だからな。失礼がないようにと彼が思うのは当然のことだろう」
「──はい」
客人の言う通りだったから、少女型レプリカは長い睫毛を震わせながらもうなずく。
「だが、客をもてなすために来ながら、あっさりと主人のもとへ帰ろうとするのも失礼だとは思わないのかね?」
揶揄に満ちた冷笑に。
どう答えるべきなのか分からないまま、少女型レプリカは立ち尽くす。
その華奢な躰の最奥で。
───異様な熱だけが、急加速して膨れ上がる。
「こっちに来なさい」
有無を言わせない口調と声で告げられた命令に。
びくりと細い肩が震えた。
抗うこともできないまま、震える足で客人のくつろぐソファーに近付き。
伸びた男の腕に、手首を掴まれる。
「御…主人様のところに……戻らせて…下さい……」
「これは命令だよ?」
硬直するように震えながら訴えた細い声に、笑みを含んだ声が応じる。
「『人間』の命令だ」
「い…や……!」
そのままソファーの上に引き倒されて、少女型レプリカはかすれた悲鳴を上げる。
だが、抵抗と呼ぶには手足の動きはぎこちなく、はかない。
見開かれた深い藍色の瞳には、恐怖と恐慌だけが映し出されていて。
───戻れ、という主人の絶対の命令と。
───来い、という主人の客人の命令。
決して逆らってはならない『人間』の与えた相反する命令の間で、レプリカの精神はたやすく深い相克を起こす。
先程与えられたばかりの三十分以内で必ず戻れという命令と、以前から継続的に与えられている、他人に微笑んだり触れさせたりしてはならないという厳命。
マスター登録をした相手からの命令は、身動きもできないほどにレプリカを縛る。
だが、マスター登録をしていない相手であっても、『人間』の命令には絶対服従であり、決して逆らってはならない。
そして。
女子供にも劣るほど非力なレプリカが、『人間』の暴力に抗えるはずがなかった。
「簡単なものだな、人形は。異なった命令を同時に出されるだけで身動きができなくなるなど、子供以下だ」
冷笑しながらの男の動きは、たやすく肌を暴いてゆく。
乱暴にドレスの胸元を開かれ、スカートの中を這い上がる手の感触に、少女型レプリカは弱々しく抵抗した。
だが。
主人の張った罠が、少女型レプリカを追い詰める。
「い…ゃ、やめ…て……ぁ……!」
脚の間の一番奥に触れた男の指先が。
ぬるりと滑る。
「嫌がっている割には、随分と濡れているじゃないか」
予想外のことに一瞬驚いたらしいが、すぐに男は嘲笑を滲ませた。
「さっきまで彼に可愛がられていたのか、それとも、彼が気を回して用意してくれたのか……。いずれにしても、実によく客のもてなし方をわきまえているようだ」
「やぁ…っ……あ……んっ」
愛撫らしい愛撫もなく、乱暴に男の指が侵入してくる。
だが、花芯は痛みを訴えることもなく受け入れ、むしろ待ちわびていたかのように媚薬に冒された柔襞が、ひくつきながら侵入者に絡み付いてゆく。
荒っぽく指を抜き差しされる鋭い快感に、少女型レプリカは甘く引きつった悲鳴を上げた。
「確かに彼が自慢した通り、最高のレプリカだな。私もレプリカを持っているが、お前ほど見事な人形は見たことがない。だが……人間というものは、自分より他人が良いものを持っていると、奪うか壊すかしたくなるものなのだよ」
欲望を滲ませた、低い男の声が惑乱する少女型レプリカの耳を打つ。
「このまま私の物にして連れ帰るか、それができなければ、いっそのこと細い首をねじ切るか、責め殺してやりたいところだが……。彼の気を害するのは得策ではない。実に惜しいところだ」
「ひぁ…っ、あぁ…やぁ……っあ……!」
もう少しで昇りつめそうになった瞬間、男が指を抜いた。
思わず戸惑い、泣き濡れた瞳を開きかけた少女型レプリカの躰を、男の手がソファーの上でうつ伏せにひっくり返す。
そして、背後から細い腰を両手で高く持ち上げた。
「あ…、いやあぁ──…っ!」
悲痛な悲鳴が、少女型レプリカの喉から迸った。
* *
「ほら、よく見えるだろう。お前は昨夜、私の言い付けを守らずに何をした?」
耳元で、主人の冷ややかな甘い声が問いつめる。
ほんのわずかの抵抗もできないように、背後に回した両手首は戒められ、白くやわらかな胸は先程からずっと主人の手に弄ばれ続けていた。
そして、開いている方の手で青年は、少女型レプリカの顔を正面に向かせる。
「さあ、何が見えるか言うんだ」
───昨夜、ようやく客室から解放された時には、もう日付けも変わってしまっていた。
散々に苛まれ、疲れきった足で帰り付いた主人の居室のドアは既に閉ざされ、決して開けられることはなかった。
少女型レプリカの居室は、主人の居室の続き部屋。
となれば、主人の部屋のドアが閉ざされてしまえば、自分の部屋へと戻ることもかなわない。
そのまま疲れきった身体を抱え、廊下にうずくまって夜が明けるのを待った。──否、夜が明けるのに怯えていたという方が正しい。
夜が開けたら、言い付けを守らなかった自分に対し、主人がどんな仕打ちをするか。
想像するのも恐ろしく、少女型レプリカは冷えきった廊下で、ただ震え続けた。
朝。
主人を起こしにきた使用人の侮蔑に満ちたまなざしに耐えながら、彼が主人に自分の存在を告げてくれることを少女型レプリカは待った。
そして、居室に入ることを許された少女型レプリカを一瞥した主人は、戻ってくるまでにその汚らわしい躰を洗っておけ、と冷ややかに言い放ち、身支度を調えて居室を出ていったのだ。
そして、今。
正面──寝室の壁一面に張られた、大きなスクリーンに映し出されているのは。
昨夜の、狂態。
ちょうど横方向から、伯爵に犯されている少女型レプリカの無惨な姿を鮮明に捕らえている。
その映像に耐えきれず、少女型レプリカは弱々しく泣きながら首を横に振った。
「この状態で私の命令に逆らうとは……余程お前は、お仕置きをされるのが好きらしいな」
わざとらしく溜息をつき、主人はベッドサイドに手を延ばす。
そして、まるで香水入れのような美しい小瓶を手に取った。
蓋を取ると、それは香水入れというよりむしろマニキュアの瓶のように、小さな刷毛が付いている。
「脚を開くんだ」
「───ぁ…」
怯え混乱しながらも、主人の命令に逆らうことを本能レベルで許されていない少女型レプリカは、細く喘ぎながら、おののく膝をそろそろと開く。
そしてあらわになった可憐な秘花に、主人はたっぷりと怪しげな液体を含ませた小さな刷毛を滑らせた。
「あ、あ……やぁ…っ…ん…!」
過敏な花弁や花芽をくすぐる刷毛の感触と、薄荷のようなすうっと冷える感覚に少女型レプリカは悲鳴を上げる。
だが。
薄荷に似た感触が消えた次の瞬間に襲った感覚は、それらの比ではなかった。
「ぃや…いやぁ……っ!」
まるで火が付いたような激しい疼きに襲われて、あられもなく少女型レプリカは泣き叫ぶ。
「も…ぅ許して、下さい……っ…!
不自由な躰をよじって背後の主人を見上げ、泣きながら哀願する。
その痛ましい、だが、この上なく可憐で美しい表情を、主人の青年は微笑して見つめた。
───こうなることは、主人とレプリカのいずれにも分かっていた。
主人が届け物を命じるのは、決まって美しい少女型レプリカに興味を示した客人だけ。
披露されたはかなく繊細な容貌に、こっそりと舌舐めずりをした客人に、主人はその美しい愛玩物を提供する。
そして、一晩の享楽と引き換えに客人の好意を勝ち得、また、密かに一部始終を捕らえた映像を用いて、愛玩物をいたぶる絶好の道具とするのだ。
「許して欲しいなどと心にもないことを……。お前はこうやって虐められるのが大好きだろう? だから毎回、私の言い付けに背くのだろうに」
冷笑した主人の革手袋に包まれた指先が、堅く尖っておののいている花芽を強く摘まみ上げる。
その刺激に短い悲鳴を上げて、少女型レプリカはがくがくと躰を震わせた。
「本当に許して欲しいと思うのなら、私の命令を聞くんだ。さあ、お前が昨夜、何をしたか、あの男に何をされたか、映像を見ながら全て説明しなさい」
指先で媚薬と溢れ出た蜜に濡れそぼった秘花を責め立てながら、少女型レプリカの顎を掴んで強引に正面のスクリーンに顔を向けさせる。
主人の容赦ない責めにすすり泣きながら、少女型レプリカは、主人の望む言葉を紡ぐべく薄紅色の花片のような唇を震わせる。
「……っ…あ…、伯…爵…さ…まが……」
「そんな声では聞こえないぞ。伯爵が何をした? 詳しく全部説明するんだ」
意地悪く耳元で囁かれて。
少女型レプリカは、声にならない悲鳴を上げる。
───誰か、助けて。
もう、何も見たくない。
主人の望むような言葉など、口にしたくない。
誰か、助けて────…
* *
そろそろ寝ようかと照明のスイッチに手を伸ばしかけて、ふと楊ゼンは続き部屋のドアを見やる。
物音は何もしない。
二時間ほど前にベッドに入った望は、今は静かな眠りの中にあるはずだった。
だが、と楊ゼンは思う。
非合法の少女型レプリカを、この館に引き取ってから三日になるが、彼女は未だに警戒を解いてはいない。
本能レベルで絶対服従を強いられているレプリカらしく本当に従順ではあったが、楊ゼンの手が、ほんのかすかに髪にや肩に触れるたび、一瞬ではあるが華奢な身体がこわばることに楊ゼンは気付いている。
白い肌に残る幾つもの傷跡といい、主人の元でどれほど残酷な目に遭わされてきたのかと思うと、その度に、ひどくやりきれない気分に襲われるのだ。
眠る前に、一度様子を見ておこうと、部屋を横切って続き部屋のドアを、音を立てないようにそっと開ける。
室内は静かだった。
よく眠っているのだろうかと思いながら、天蓋付きの大きな寝台に近付きかけて。
楊ゼンは、はっとなる。
───聞こえてきたのは、安らかな寝息ではなく、ひどく苦し気な乱れた呼吸。
「望?」
名を呼び、足早にベッドサイドに歩み寄る。
そして、カーテン越しの月明かりが作る薄闇の中で透かし見れば、少女型レプリカは眠ってはいるものの、ひどく苦し気な表情で弱々しく首を振る。
その口元が、音声を伴うことなく短い音節を形作るのを楊ゼンは見とめた。
───嫌…!!
「望!」
その細い肩に手をかけ、強く楊ゼンは少女型レプリカの名を呼ぶ。
「望!!」
数度繰り返し呼び掛けると、はっと少女型レプリカが瞳を開いた。
恐怖と怯えに染まった表情が、見えない瞳で楊ゼンを見上げる。
「望、僕です。今あなたに触れているのは、あなたの主人じゃない」
湧き起こる痛ましさをこらえながら、楊ゼンはできる限り優しい声で言葉を紡ぐ。
「夢ですよ。全部、ただの夢ですから……」
その声に、大きく肩で息をしながら少女型レプリカは楊ゼンを見上げた。
深い藍色の瞳からは、目覚めた瞬間のひどい恐慌は消え去っている。
だが、華奢な身体のおののきは止まらない。
少し考えて、楊ゼンは細い肩から手を離し、その代わりにやわらかな毛布で包み込むようにして、少女型レプリカを抱き起こした。
そのまま楊ゼンの腕にそっと抱きしめられて、折れそうに細い身体がびくりとこわばる。
「望、僕を信じろとは言いません。あなたから見れば、僕も所詮『人間』の一人でしかない。だから、僕が信じられなくても、それは仕方のないことです。でも、もうここには、あなたを傷つけるものは何もないということだけは信じて下さい」
肌にも髪にも直接触れないよう、楊ゼンは毛布に包まれた少女型レプリカを抱き締める。
彼女の震えが止まるようにと祈りながら。
「少しずつでいい。ゆっくりでいいですから、それだけは信じて下さい。僕はあなたを絶対に傷つけない。何があっても守ってあげますから……」
そして、楊ゼンは少女型レプリカを胸に抱いたまま、片手をベッドサイドに伸ばした。
そこに大切に置かれているオルゴールを手に取り、片手で器用に底のぜんまいを巻く。
いっぱいまで巻き終えて蓋を開けると、オルゴールは優しい子守唄を歌いだした。
しばらくの間、楊ゼンは無言で、その澄んだ優しい音に耳を傾ける。
「望?」
ふと毛布の中の身体が震えたような気がして、楊ゼンはそっと名前を呼んだ。
返事はもちろんない。
声を失った少女型レプリカは、嗚咽さえ音にすることができない。
だが、声も立てないまま少女型レプリカが泣いているのを確かに感じて、楊ゼンは無言のまま、毛布ごと華奢な身体を抱きしめる。
やがて、泣き疲れた少女型レプリカが眠っても、楊ゼンは夜が明けるまで、その眠りを守るように傍らに寄り添っていた───。
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