会いたいと言ったら、君は笑うだろうか？







　かれこれ三ヶ月。
　電話一つよこさないとは、相変わらずいい度胸をしている。もっとも君には、そもそもからして私の言いつけを聞く気などないんだろうが。
　しかし、報告書の提出だけで言うのなら、前回から半年だ。少しばかりこれは怠慢に過ぎやしないか？　五月に来た時には、そのうち提出に来ると聞いた気がするんだが。
　いい加減、強制的に呼び出してやりたいところだが、君ときたら今現在の滞在先すら分からない、軍人にあるまじき消息不明の状態だ。
　普通の軍人だったら、厳重注意ではすまない失態だと分かっているのか？　分かっていないんだろうな。それとも君のことだから、分かっていて敢えて無視しているのか。どうも後者の可能性が高い気がしてならない。
　……鋼の。
　私は三ヶ月前のあの日以来、あの時の君は何をしに来たのか、ずっと考えている。が、結局答えは分からないままだ。
　意味もなく司令部に顔を出す君じゃないだろう？　おそらく何らかの意図があったはずなんだが……それが何だか分からない。
　報告書を出すでもない、何か届け物をするでもない。資料室に用があったわけでもなければ、私に何かの情報を求めたわけでもない。
　それこそ、ただやって来ただけのようだった。
　だが、君がそんなことをするだろうか？　たとえ汽車の乗換えまで時間があったからといって、わざわざ司令部まで歩いてきて、わずかばかり会話してまた立ち去るなんて。
　君なら、汽車が来るまで、駅のホームのベンチで本でも読んでいるのが妥当な行動ではないのか？
　まるで……、まるであの日の君の行動は、他に何の意図もなく、ただ私に会いに来てくれたようだった。
　そんなことはないと分かっているのだが、どうしても君が司令部に来なければならなかった理由が見つからない。
　だから、つい考えなくてもいいことを考える羽目になる。それもこれも、いつもはこの上なく分かりやすい君が、理屈に合わない行動をするからだ。
　君は知らないだろうが、あの日から私は、あの日の君の行動の意味ばかり考えている。
　それ以前は君のことを考えていなかったというと嘘になるが、時間の割合でいうのなら桁違いだ。
　今も、司令部の中庭に一人生えして咲いたヒマワリの花を眺めながら、君のことを思い出している始末なのだから。
　しかし、こうして見ると、ヒマワリというのはどうしようもない花だ。
　その一本だけ真っ直ぐに伸びている様も、太陽ばかり見上げている様も、金色の花びらも、どうにもこうにも君に似ている気がするから、余計にこの夏の花はタチが悪い。唯一つ、そのサイズだけは、君には似ていないが。
　……こうして仕事の合間に君のことを考えていると、時々、自分がひどく可笑しくなる。
　ほんの数年前までは、こんな風に自分が誰かのことを考えるようになるとは想像したこともなかった。
　ヒューズが愛妻について語るのを聞くたび、自分と同じ戦場を経験していながらよくも人を愛することができるものだと、その精神力に常々感嘆と呆れを覚えていたのだが、よもやその気持ちが理解できる日が来るとは、つくづく未来というものは分からない。
　とはいえ、今でも、誰かのことを想うという行為には少しばかり違和感がある。それは多分、私の心があの戦場をまだ忘れていないからなのだろう。
　人を愛する資格云々ではなく、そんなことに時間を裂く余裕があるのか、という弾劾にも似た疑問が、どうしても脳裏に付きまとうのだ。前を向け、上へ行けと常に耳元で叱咤する声が聞こえてやまない。
　君はいつも忙しなく走り続けているが、それは私も同じだ。一分一秒たりとも無駄にはしたくない。一日でも早く、この国の頂点に昇り詰めたくて足掻いている。
　私の本質が、甘い人間でないことには君も気付いているだろう。時間を無駄に使わないためには、好むと好まざるとに係らず、冷徹にならざるを得ない。目的のためならば、人非人と言われても構わないのだ。
　……そういう私だから、こうして誰かを想う気持ちも、常人とは質を異にしている可能性も高い。
　他人と自分を比べる気などさらさらないが、いざという時に、目的のためならば本心はどうあれ、想う相手であろうと切り捨てるしかないと考える辺りからして、世間の相場からは大きくずれているだろう。
　だが、それでも他人など踏み台か道具、あるいは障害物にしか見えない、そう見ようと割り切ったはずの私の目に、君の姿は不思議に鮮やかに映る。
　もしかしたら、君が私に少しばかり似ているからかもしれない。年齢差のままに、君の方が私よりも遥かに幼く、真っ直ぐではあるが、常人なら最初から手にすることすら思いつかないものを、現実に掴もうとなりふり構わない姿勢は、私にも君にも共通する愚かさだ。
　だからというわけでもないが、時々、君を私だけのものにしたいと思うことがある。
　君を捕らえたいという意味ではなくて、私が君を思い出すように、君に私を思い出して欲しい……何かあった時に思い出すのが私であって欲しいという程度の意味だが、それでもこれは一種の独占欲だろう。
　私は自分の生き方を辛いとも寂しいとも思ったことはない。だが、それでも時折思い出す相手が居るのと居ないのとでは、随分違うのだという事を、君に出会ってから知った。
　私は優しくはないし、優しい人間になりたいと思ったこともないが、時々、君に対してはひどく優しくしてやりたくなるのが、自分でも少しばかり不似合いで可笑しい。
　多分、君が知れば、やはり笑うだろう。何を似合わないことを言っているのかと呆れ果てるに違いない。
　それでも、どこか遠くの空の下で、君が私のことを思い出してくれていると嬉しいと思う。
　どうせ君が思い出す私は、君にとってはひどく面白くない存在ではあるのだろうが、それで十分だ。
　そして、時々、顔を見せてくれればいい。私も忙しくて、常に君のことを考えることなど不可能だから、それくらいでちょうど足りる。
　──だから、鋼の。
　そろそろ帰ってこないか。
　若葉だった木々の梢が濃い日陰を作り、眩しい陽射しの下で大輪の金の華が咲いたのだから、いい加減、放浪の旅にも一区切りをつける頃合だろう。
　そうだな、このヒマワリの花が散る前に顔を見せなかったら、各地の支部に向けて、鋼の錬金術師捕獲の指令を伝達することにしようか。
　そうして君が無事に捕獲されたら、今度こそじっくりと、三ヶ月前の来訪の意味を聞かせてもらおう。
　きっと君は怒り狂うだろうが、元はと言えば、半年も報告書を提出していない君が悪いんだから、私もそれくらいの大人気ない真似はしても構わないだろう。
　そう思わないか、鋼の？












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