あの瞬間、泣き出したいくらいに安心したと言ったら、あんたはどんな顔をするんだろう?
……ん? 何だよアル。俺、眠いんだけど。
え? 窓の外?
──うわ……。
一面、真っ黄色じゃん。これヒマワリ?
ああ、そういえばこれの種から油が取れるんだっけ。それにしてもすごいな。丘一面、ヒマワリで埋め尽くされてるぜ。今日は天気いいから、余計に花がよく開いてんのかな。
……ヒマワリが太陽の方を向くって本当なのな。こんなにいっぱいあるのに、見事に全部、同じ方向、向いてる。
考えてみると変だよな。確かに植物は殆どが光に反応するけどさ。こうやって朝から日暮れまで、太陽を追いかけて。虚しく……なんかなるわけねえか。花だもんな。
──でも、なんか、ヤだな。
ヒマワリ自体は好きだとか嫌いだとか、これまで思ったことなかったけどさ。なんか今日は嫌だ。
だって、なんで太陽を追いかけるんだよ。根っこが生えてて、そこから動けないくせに。虚しいとか未練がましいとか思わねえのかな。何を考えて、神様はこんな花を創ったんだ?
……関係、ねえのかな。ヒマワリにはさ。
ただ遺伝子が命じるままに太陽を追いかけてるだけで。そこには意味なんかないんだよな、きっと。
ああ、そういえば、どっかの国の神話で、そういう話があったっけ。
妖精だか精霊だかの女の子が太陽の神様に恋をして、毎日毎日、太陽を見つめているうちにヒマワリの花になっちゃったって。
つまんない話だよな。ありきたりって言うか、こじつけって言うか。……でも、その女の子も、きっと何も考えてなかったんだろうな。太陽を見上げることしか出来なくて、ただ太陽を見つめていたくて……。
──馬鹿馬鹿しい。
何で俺がこんなこと、考えなきゃいけないんだよ。アルじゃあるまいし。
……この前、イーストシティに行ってから、どれくらい経ったっけ。二ヶ月? 三ヶ月? そんなもんだよな。若葉の季節だったのが、ヒマワリが咲いてんだから。
──俺は、さ。
俺は、あんたのことなんて考えたくないんだよ。だって、あんたのことは何思い出しても腹立つばっかりだし。苛々するし。知ってる? 最近、アルにも八つ当たりばかりしちゃってさ。今、この汽車に乗ってるのもそのせいなんだぜ。
俺が悪いのは分かってるよ。何に苛ついてるのか説明せずに、不機嫌な顔さらしてたらアルじゃなくたって心配するだろうし、最後は怒り出しても仕方がない。
でも、どうやって説明すりゃいいんだよ。あんたのこと思い出すたびに苛々して、なのに、つい思い出しちまうって? そんなこと口に出して言うくらいなら、母さんのおなかの中でヘソの緒噛んで死んでた方がマシだ。
──本当はさ。もう分かってるんだ。
もうどうしようもないってこと。
前回、イーストシティに行った時に分かっちゃったんだよ。
あの時、イーストシティの駅に汽車が近づいていくのが……停車した汽車から降りるのが、どんなに怖かったかあんたにはきっと分からない。
そりゃ四六時中、音信不通の所在不明になってる俺たちが悪いに決まってるけど、たとえば……『何か』があった時、そのことを知らないまま旅を続けていて、何ヶ月も経った後にそのことを知ったら?
そういうことが現実に有り得るんだって、あの時、俺は初めて気付いたんだ。むしろ、何でそのことに今まで気付かなかったのか、そのことの方がよっぽどおかしいけどさ。
司令部の正門をくぐる時、大部屋の扉を開ける時。三年前、国家錬金術師になるために初めてそこに行った時よりも、ずっと緊張してた。俺が手に汗を握ってたことなんて、あんたは気付かなかっただろ?
そして、ドアを開けて。
あんたがいつものように、俺の銘を呼んだ時。
──俺が、本当は泣き出したかったことも。
俺はひどい仏頂面をしてたはずだから、きっとあんたは気付いてなかった。
……でもさ、俺はあの時、思い知っちまったんだ。
もうどうしようもないんだって。
俺にとって世界で一番大事なのはアルだけど、あんたが居なくなっても、俺はきっと呼吸の仕方を忘れてしまう。
そんなんじゃ困るのに、俺はあんたを思い出すのをやめられないんだ。ヒマワリが太陽を見上げずにはいられないのと同じように。
こんな気持ちをあんたがもし知ったら、何て言うんだろう。
馬鹿げてるって言う? 子供っぽいことを、って笑う?
俺は、別にあんたに知って欲しいわけじゃない。ていうより、むしろ知られたら困る。だって、俺はあんたのためには何もしてやれないから。
俺の全部は、アルのためのものだから。
ああ、それはあんたも知ってることだろうから、下らない感情を持つよりもそっちの方を大切にしなさい、って言うかな。あんたは『大人』だから。
……でも、あんたに知ってもらうことがなくても、ヒマワリは太陽を追いかけ続けるんだよ。多分、ずっと。
太陽が自分を見てくれないことなんか、ヒマワリには関係ないんだ。だって最初から、手が届かないんだから。
だけどさ、やっぱり嫌じゃんか。俺には絶対に譲れない大事なものがあるのに、こんな風に違うことを考えて苛々するのなんて。
だから、当分イーストシティには行かないでおこうと思ってたのに、アルの奴、昨夜も俺がごねてたらキレてさ。明日の朝一番の汽車でイーストシティに行くって約束しない限り口きかないって、そっぽ向いちまって。
こういうの、何て言うんだ? 兄心、弟知らず? おかげで、こうして東向いて汽車に揺られる羽目になっちまったわけだ。
──今日の日暮れには、三ヶ月ぶりにあんたに会うことになる。
会える、んだよな? あれ以来、電話もしてないけど『何か』があったなんてオチはないよな?
連絡しない俺が悪いんだけど、『何か』があるかもしれないと思いながら電話なんかできるわけねえだろ。あんたが思うより、よっぽど俺は繊細なんだから。
……あと五時間。
あんたに会ったら何を言おう?
あんたが俺の銘を呼んだら、どんな顔をしよう?
あの夢みたいに、あんたが居なかったらなんて絶対に考えないから。
今日、俺が行ったら、いつもと同じように憎たらしい顔でそこに居てくれよ。それだけでいいから、さ。
なあ、大佐。
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