さて、君は一体何をしに来たんだ?







 単に時間があるから寄っただけと言ってもね、君がそんな殊勝な性格かい? そもそも、私を含めて軍には極力近寄りたがらないじゃないか。
 報告書を出すついでや、資料室で調べたい事があるついでならともかくも、手ぶらで何の用もなく司令部に来るなんて、疑ってくれと言っているようなものだよ?
 ……なるほど、それでも徹底的にシラを切るわけか。いい度胸だな、鋼の。
 とはいえ……。何かがあったようには見えないな。ここに来るだけの何かはあったんだろうが、どうも事件の臭いはしないし、さして困っている風でもない。
 表情がこわばってうっすら額に汗が滲んでいるのは、どうやら私がいかにも疑わしげな目で見つめているからであるようだし。隣りにいるアルフォンスも、どちらかというと兄の態度に困惑しているように見えるな。
 さて、一体君に何があったんだろうね? 君は一体、何をごまかそうとしてるんだい?
 まあ、何があったにせよ、それが君にとって辛いことでないのなら良いんだが。それでも私は気になるがね。
 どうしても口を割る気がないのなら、茶でもどうだ? 私も朝から書類にサインばかりしていて、いい加減嫌気が差してきたところなんだ。ちょっと休憩するくらいなら多分、中尉も許してくれると思うんだが。
 ……真面目にやれって、私は真面目だよ。この上なく勤勉だから、こんなに疲労困憊してるんじゃないか。この一週間、見事なまでに執務室に缶詰にされてるんだぞ。
 それより私は君のことの方が気になるね。二ヶ月ぶりくらいに顔を見たが、見事に身長が伸びてないじゃないか。ちゃんと食べて寝ているのか? どうせ相変わらず、牛乳を好き嫌いしているんだろう。
 ……まったくあれも嫌、これも嫌、一体何をどう言えば君は気に入るというんだね? せめて、鉄砲玉のような君を、私が人並み程度には気に掛けているということは分かって欲しいんだが。
 ここに来た理由を言いたくないのなら、それでいい。茶を飲むのも嫌だというのなら、それも構わない。ただ、これからもこんな風に時々、顔を見せなさい。報告書を出すついでで十分だから。
 皆、君を心配しているんだよ。君もアルフォンスも、本来ならばまだ大人の庇護下にある子供だ。子供の辛そうな顔を見て面白がる大人など、到底大人とは言えまい。
 ……ああ、分かったから。君は君の望む所に行きなさい。そして、疲れたり心細くなったりしたら、いつでも帰っておいで。
 君の故郷ばかりでなく、ここにも君を甘やかしたい大人たちが、こんなにも沢山いるのだから。






 ……しかし、何だったんだろうな。軍嫌いのあの子が、用もなくこんな風に顔を見せるなんて。
 中尉……でも分からなかったか。私にも分からないんだから、そんな疑るような目で見ないでくれないか。私は何もしてないよ。それは、この一週間というもの、ずっと私の隣りで見張っている君が一番よく分かっているはずだろう。
 あと、私が追求するのをやめた時にあの子が見せた表情も、少しばかり気になるといえば気になる。私が問いただしている間は、不機嫌そうにそっぽを向いているばかりだったのに、急にうろたえたような慌てたような顔をして、視線を逸らして……。
 生意気ぶっていても、いつになく子供らしく感じがして可愛らしく見えたが……結局、甘やかされることに慣れていないということなのだろうな。まったく不器用な子供だ。
 きっと今頃は、弟と二人、次に向かう町のことを話しながら、駅に向かって急いでいるのだろう。
 君たちは思うままに生きて、そうして疲れた時は、今日のようにいつでも帰ってくればいい。
 私も中尉やハボック、ファルマンもブレダもフュリーも、皆、君たちを気にして君たちが来るのを待っているのだから。
 さて中尉、そんなに睨まないでくれないか。その拳銃もしまいたまえ。ほら、ちゃんと手に万年筆を持っているだろう?
 もう仕事をサボって逃げ出したりしないから、そろそろ見張るのも止めて欲しいんだが……。












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