きらきら 17

「あの……どこかに出かけられるんですか?」
 獄寺が遠慮がちにそう切り出したのは、冷めてしまった緑茶を入れ直し、こたつテーブルの方へ移動してからのことだった。
 え?、と彼の顔を見直し、それから綱吉は、帰省の荷造りが大方済んだスポーツバッグに気付く。
 荷造りと言っても、実家に帰るだけだから、数日分の着替えを放り込むくらいで足りる。ゲーム機とソフトをどうするかが悩ましいところだったが、据置き型の本体は諦めてポータブルタイプの本体を1台持ち帰り、そして実家に帰る途中で、適当な電器屋に寄って新作ソフトを一本購入しようと目論んでいた。
「ああ、あれね。並盛の実家に帰るだけ。明日から帰ろうと思ってたんだけど……」
「明日から、ですか」
 綱吉の言葉を聞いた途端に、獄寺の表情がしょげる。
 ぺたんとしおれた三角耳としっぽが見えるようで、ああ、仕方がないなぁと思いながら、綱吉は微笑む。
 何だか昔に戻ったような気分だった。
「うん。で、今思い付いたんだけど、獄寺君も一緒に帰らない? もちろん仕事が忙しいんなら無理は言わないけど……」
「え」
 綱吉が提案した途端、獄寺の目が見開かれる。
 綺麗な銀翠色の瞳を見つめながら、そんなに驚くことかな、と綱吉は思った。
 何度もすれ違って、やっとお互いが同じ想いを抱えていたことを知ったばかりなのだから、できることなら一時たりとも離れたくない。
 だが、帰省をそうそう何度も遅らせるのも母親に申し訳ない。
 そして獄寺は、かつて、母親も殊の外、気にかけていた少年だった。そんな人間を一緒に連れて帰ることに何の不都合があるだろう。
「仕事、忙しい?」
「え? いや、今は新しい仕事を請けたばかりですから、納期はまだ二ヶ月も先ですけど……」
「じゃあ、一緒に帰れる?」
 首をかしげるようにして問いかけると、獄寺は困ったように黙り込む。
 何となく覚えのあるその表情に、綱吉は彼が考えていることに思い当たった。
「ねえ、獄寺君。もしかして、まだ俺の母さんに合わせる顔がないとか思ってる?」
「───…」
 さほど咎めるつもりの物言いではなかったが、獄寺は更に困ったように、はいともいいえとも答えない。
 はいと答えれば、綱吉が気分を害すだろうし、いいえと答えれば嘘になる。──彼の葛藤はそんなところだろう。
 仕方がないなぁと、綱吉はもう一度微笑んだ。

 これが獄寺なのだ。
 彼がこういう人間でなければ、きっと好きにはならなかった。
 きっと、好きになってももらえなかった。

「大丈夫だよ、獄寺君。母さんの性格、覚えてるだろ? 君がいなくなった後も、ずっと君のことは気にしてたから、会えたらすごく喜ぶと思う。君は、うちの母さんに会いたくない?」
「とんでもない! お会いしたくないだなんて……!」
 勢い込んで否定した次の瞬間、しまったとばかりに獄寺は口をつぐむ。
 だが、綱吉にはそれ以上の言葉は要らなかった。
「じゃあ、一緒に帰ろう。母さんにも連絡しておくから、今夜中に荷造りしておいてね」
「……沢田さん……」
 いかにも情けない表情で呟く獄寺は、中学時代の彼を彷彿とさせた。
 何となく嬉しくなって、綱吉はついでとばかりに続ける。
「それから山本も、もうすぐ宮崎でのキャンプを打ち上げたら並盛に帰ってくるって言ってたから、俺はそれまで並盛に居るつもりなんだけど……獄寺君も付き合ってくれる?」
「──野球馬鹿のために、ですか……?」
「うん。山本も獄寺君に会いたがってたし。あ、そうだ。電話番号とメルアド、君に教えないと」
「野球馬鹿のなら要らないっスよ!」
「でも、山本に約束したし」
 綱吉はひょいと立ち上がり、コートのポケットに入れっぱなしだった携帯電話を取ってくる。
 そして、んーと、と呟きながら、山本の番号とアドレスを獄寺へとメールで送った。
「はい、登録しておいてね」
 数秒の空白を置いて鳴った獄寺の携帯電話の着メロに、綱吉は笑む。
 すると、いかにも渋々といった様子で獄寺は携帯電話を開き、山本のデータをアドレス帳に登録した。
 その様子を見守ってから、綱吉は改めて、獄寺君、と呼びかける。
「ここまでの話は冗談として……本当にどうする? 君が嫌なら、無理に並盛に帰らなくてもいいよ? 俺も母さんに顔だけ見せて、一日二日でこっちに帰ってくるから」
「沢田さん……」
 綱吉の言葉に獄寺の目が、驚いたように改めてみはられる。
 そのまなざしを、綱吉は真っ直ぐに受け止めた。
 共に帰りたいのは本当だったが、無理強いしたいわけではない。獄寺が本心から望んでくれるのでなければ、どんなことであれ嫌だった。
 その思いが伝わったのかどうか。
 獄寺の表情が、ふっと和らいだ。
「一緒に行きます。ご迷惑でなければ」
「……本気で言ってる?」
「はい。俺はいつでも本気です」
 言われて、そういえばそうかも、と綱吉は思う。
 獄寺は、基本的に真っ直ぐな人間だ。綱吉を気遣うあまりに嘘や隠し事をすることはあっても、それが最後まで成功することは少ない。
「じゃあ、本当に母さんに連絡するよ?」
「はい。──あ、でも」
「何?」
「それならそれで、お母様にお土産を用意しないと……。何がいいですかね?」
 並盛までの電車旅を考えると、生ケーキは崩れてしまいかねないし、並盛商店街のケーキ屋・ナミモリーヌも中々の味なのだから、わざわざこの街で買って持ってゆくには値しない。
 煎餅は並盛の隣町に有名な老舗があるし、羊羹や饅頭も、並盛駅の向こうに美味しいと評判の和菓子屋がある。
「……取り寄せしてる暇はねーし、アンテナショップも最近チェック入れてねーし、そうなると、清水堂のアレなんかが返っていいかもな……。沢田さん、明日の電車の時間は、何時の予定ですか?」
 何やらぶつぶつと呟いていた獄寺が、不意に顔を上げて尋ねてくる。
 呆気に取られていた綱吉は、思わず吹き出した。



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