きらきら 18
「獄寺君って本当に変わんない。昔っからそうだったけど、そんなに母さんに気を使わなくっても大丈夫だよ」
「え、でも俺、お母様にお会いするのは久しぶりですし……」
「母さんなら、獄寺君に会えただけで大喜びしてくれるよ、絶対」
「……そう、かもしれませんけど、やっぱりお伺いするなら何かないと……」
困ったように獄寺が見つめてくる。
その様子に、綱吉はあっさりと折れた。もともと強硬に反対するような事柄でもないのである。
「まぁ、獄寺君の気持ちは分かんないでもないから、その辺は好きにすればいいよ。明日の電車は、二時か三時にこっちを出て、夕方までに家に着けばいいと思ってたし」
「二時ですか。じゃあ、結構余裕ありますね」
「うん。でも、程々にしておいてよ。うちに帰っても、母さんと俺と君の三人なんだから、それで食べ切れるくらいの量にしてくれないと」
綱吉がそう言うと、獄寺は虚を撞かれたようだった。
「ああ、そうですね……」
思い出したように呟く獄寺に、綱吉も、彼は彼自身が去った後の沢田家を知らないことに思い至る。
獄寺が並盛を去った直後にランボとイーピンが居なくなり、数年後にリボーンとビアンキも出て行った。
今、あの家にいるのは母親の奈々一人なのだ。
並盛町内に大学がなくとも、家から通える距離に他に合格圏内の大学がなかったわけではなく、母親を一人にしてしまったというかすかな罪悪感は綱吉の中にもある。
それを共有するかのように、獄寺は綱吉を見つめた。
「もしかして……沢田さんは、もっと早くに並盛に帰省されるつもりだったんじゃ……」
綱吉が絡むと、時折、獄寺は妙に鋭くなる。今もそうであるらしかった。
大学が春休みで、アルバイトも休み。それで綱吉が、このアパートにとどまる理由など殆どない。二ヶ月丸々実家に戻れば、その間は仕送りも必要ないのである。
その現実を前にごまかすのは、意味のないことだと綱吉にも分かっていた。
「──まあ、それはそうなんだけど……」
だから、ごまかさない代わりに正直に本音を口にする。
「君に、会いたかったから」
思わぬ再会をして、嬉しくて、けれどいつも不安だった。
少しでも連絡をとぎらせたら、またいなくなってしまうのではないか。
次に電話する時には、出てくれないのではないか。
もう会わないと言われるのではないか。
獄寺が戸惑い、苦しんでいることが分かっていたから、尚更に、ほんのわずかでも距離を空けることが怖かった。
そして、何よりも。
ただ、会いたかった。
一回でも多く、一分一秒でも長く、会っていたかった。
「俺も親不孝だよね」
気恥ずかしさ半分、自己嫌悪半分の笑みを浮かべながら顔を上げると、獄寺は真面目な表情で綱吉を見つめていた。
「沢田さんは親不孝なんかじゃないです。俺が……」
「ストップ。それ以上言わないで、獄寺君」
言いかけた獄寺の言葉を綱吉は遮る。
自分が会話をそういう流れに持っていってしまったとはいえ、どんな意味合いのものであれ、もうこれ以上彼の謝罪を聞きたくなかった。
「俺が君に会いたかった、それだけだよ」
獄寺の目を見つめて告げると、思いが伝わったのか、獄寺も考えるようなまなざしになる。
そして、言った。
「俺も、会いたかったです。毎日、あなたに会いたくて会いたくて、仕方がなかった」
「……うん」
会いたい。傍にいたい。
それだけの想いであるのに、それが罪を生んでしまうことも、互いを傷つけ合う結果となってしまうこともある。
そんな状態で一旦は遠く離れた自分たちが再会したことは、運命でも何でもなく、単なる偶然にすぎなかった。
それを一瞬の邂逅、あるいは不運な再会のままで終わらせなかったのは、自分たちの意志の力だ。
諦めない、あるいは諦めきれない想いが、再度切れかかっていた糸を繋いだのだ。
「諦めなくて、良かった」
呟いて綱吉が微笑むと、右手に獄寺の左手が重なった。
「俺もです」
優しく包み込んでくれる乾いた温かな手の感触が、嬉しく、愛おしい。
このままずっと触れていて欲しい、と思った。
「大好きです、沢田さん」
見つめてくる獄寺の瞳には、もう悲しい翳りはない。
彼の性格上、奥底にはきっとまだ痛みが潜んでいるのだろうが、煙るような銀翠色の瞳には温かな輝きが湖面に乱反射する陽光のように煌いていて、そのまっすぐなまなざしに、綱吉は出会った頃の彼を思い出す。
そして、そうか、とひそかに納得した。
先程獄寺は、昔から自分を好きだったと言ってくれたが、思い返せば彼は一番最初からこんな目で自分を見ていた。
それはもしかしなくても、出会った最初の日から自分を想っていてくれたということなのだろう。
もっと早く気付けたら良かったのに、と自分の鈍さを恨む一方で、それでもきっと二年前の自分たちでは、たとえどんな関係に会ったとしても、あの事故を乗り越えられなかっただろうとも思う。
会いたくても会えない、どうしようもなく辛い空白を経たことによって、やっと自分たちは『それでも離れたくない』という結論を見い出せるところまで辿り着くことができたのだ。
「やっと笑ってくれた」
「え?」
「自覚ないんだ?」
ふふっと笑って、綱吉はそっと上げた左手で獄寺の頬に触れる。
まだ慣れないために少しだけ距離感が狂ったが、めざとくそれに気付いた獄寺が少しだけ切なげに目を細めた後、優しい手付きでその手を取り、手のひらに小さなキスを贈ってくれたから、もう構わないと思えた。
いつか右目の視力を完全に失っても、その先に左目の視力すら失うことになったとしても、獄寺はきっと傍に居続けてくれる。
この目が見えないことを世界中の誰よりも悲しみながらも、きっとそれを超える愛情で包み込んでくれるだろう。
唇に触れる優しい温もりを感じながら、諦めなくて良かった、ともう一度泣きたいほどの幸福の中で綱吉は思った。
NEXT >>
<< PREV
<< BACK