きらきら 14

「あなたが好きだったから、あなたを守れなかった自分が許せませんでした。だから、あなたにはもう合わせる顔がないと思ってましたし、あなたと会っていても辛かった。
 でも……そのせいで、あなたがどんな風に思われるかなんて……、あなたに今度こそ愛想をつかされるかもしれないとは思っていても、あなたを傷つけているとは思いもしなかったんです」
「獄寺、君」
「すみません、沢田さん。悲劇に酔っていたつもりはなかったですけど、結果的には同じことでした。俺の身勝手さが、あなたを傷つけていたことに、あなたに言われるまで気付かなかったんです」
 でも、もうそれも終わりだった。
 これが最後だと、獄寺は真っ直ぐに綱吉を見つめて告げた。
「俺、本当にあなたと再会できて嬉しかったです。会いたいと言ってもらえて、連絡をもらえて、本当に嬉しかった。会っちゃいけない、会う資格なんかないと思っていても、会いたくて……そのくせ、お会いしたら何を話せばいいのか、全然分からなくて……。本当にすみませんでした」
 深々と頭を下げる。
 と、獄寺君、と綱吉の声が呼んだ。

「それで……答えは、どうなったの?」

 答えが出たら連絡して欲しいと言ったよね、と静かに言われて、獄寺は迷う。
 答えが出ていないわけではなかった。
 ただ、その通りに答えていいものかどうか分からなかった。
 逡巡していると、そのためらいを見抜いたのか、もう一度綱吉が名前を呼んだ。

「獄寺君、正直に言って。……俺は言ったよね。君と一緒にいたいって」

 その言葉に、体が震える。
 体だけではなく、心の最も深い部分、魂とでも呼ぶべき部分が震えていた。
 俺は今、あなたが好きだと言ったんですよ、と心の中で問いかけながら、おそるおそる顔を上げる。

 綱吉は、まっすぐに獄寺を見つめていた。

 透明な濃琥珀色の瞳は張り詰めていて、今にも泣きたいような、それでいて言葉にできないほど優しい色をしていた。
 その色を見た途端、泣かせてはいけない、と反射的に強く思う。
 これ以上、この人を悲しませてはいけない。
 これ以上、不正直であってもいけない。
 全てをさらけださなければならない時なのだと、天から啓示があったかのように獄寺は悟る。

 否定されてもいい、と思った。
 受け入れてもらえなければ、それでもいい。
 全ては彼の望むままに。
 自分は幾ら傷ついてもいい、と初めて心の底から思った。


「傍にいたいです。あなたの一番近くに、俺はいたい」


 一週間、考え続けて出た答えはそれだけだった。
 そんなことは許されないと思っても、彼の右目を見る度に自分の罪を思い知らされるのだと思っても、それ以外の答えなど見つからなかった。
 もう一度引き離されたら、今度こそ生きてはゆけない。
 会いたい。
 傍にいたい。
 その思いは、どんな罪の意識さえも凌駕する。
 生きる意味などという生ぬるいものではない。彼が、命そのものだった。

「――俺の右目のことは、もういいの?」
「良くないです」
 即答だった。
 いいわけがない。けれど。
「でも、そのことにこだわり続けることが、あなたを傷つけるのなら、もう止めます。忘れられるわけがないし、考えずにいることもできません。でも、こだわるのは止めます」
 受け入れるのは決して簡単なことではない。一時は死を思い詰めたほどに辛い現実だった。
 だが、どんなに辛い現実だろうと、いま目の前にいる人を傷つけることに比べれば、遥かにマシだった。
 大事なのは過去ではない。今であり、未来だ。
 一週間前、目の前に『今』を突き付けられて、やっと気付いたのだ。

 獄寺の答えに綱吉は、そっか、と小さく呟いた。
 そして、ゆっくりと一歩、獄寺に向かって足を踏み出す。

「俺ね、この一週間、ずっと後悔してた。君になんて酷いことを言ったんだろうって。昨日、山本に電話で、俺が事故に遭った時の君のこと聞いてからは、本当に君に謝りたくって、どんなに泣いても足りないくらい辛かった」
「え……。なんで、沢田さんがそんな……」
 紡がれる言葉の意味が測りきれず、戸惑うと、綱吉はふわりと泣き笑いの表情で笑った。
「やっぱり獄寺君は獄寺君だね。俺が絡むと、自己評価がゼロどころかマイナスになっちゃうんだ」
「そ…そう、ですか……?」
「うん。――ここまで言っても分かんない辺りが、本当に獄寺君らしいや」
 ふふっと小さく笑って、綱吉は更に獄寺との距離を詰める。
 え、と思った時には、溜息のように軽い衝撃とともに、綱吉の頭が左の肩口にあった。


「好きだよ、俺も。ずっと前から君が好きだった」


 ささやくように優しい声で言われて、幻聴かと思う。
 そんな都合のいい話があるわけがなかった。
 確かに会いたいとも、会えて嬉しいとも繰り返し言ってくれていた。
 けれど、どうしてそこにそんな意味があると思うだろう。

「嘘じゃないよ」
 戸惑いを見透かしたかのように、優しい声が告げる。
 大好きな、やわらかな優しい声。
 そして、綱吉がそっと顔を上げた。
 間近で見ると、綺麗な目許がうっすらと濡れているのが分かって、胸の内が波立つ。
「沢田、さん」
「うん」
 名前を呼ぶと、まばたいた綱吉の目から零れ落ちそうに透明な雫が滲んだ。
 拭ってあげたい、と上げかけた手が、戸惑って半端に止まる。
 触れてもいいのかどうか分からなかったのと、ここが人通りが少ないとはいえ路上であるという相手を気遣う思いが、獄寺をためらわせた。
 すると、その惑いを悟ったのだろう。
 さりげなく涙を拭いながら、そっと綱吉が一歩離れた。

「ここじゃ、ゆっくり話せないよね。……俺のアパート、ここから十五分もかからないけど、来る?」
「――いいんですか……?」
「なんで駄目って言わなきゃいけないの?」
 君らしいねというように、綱吉は苦笑する。
 そして、ついと獄寺のコートの袖をつまんで引いた。
「行こう」
「……はい……」
 そんな風に手を引かれては、絶対に逆らえない。
 まだ夢見心地のまま、獄寺は綱吉の後について歩き出した。



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