きらきら 11
ああ、夢だと思った。
この二年余り、何度も何度も繰り返し見てきたから、夢の中でも夢だと分かる。
懐かしい並盛中学の校舎。
その廊下を自分は小走りに走っている。教室の一つ一つを覗き込みながら、廊下の窓の外へと視線を走らせながら。
「ツナ君、どうしたの?」
「京子ちゃん。獄寺君を捜してるんだけど、知らない?」
「……獄寺君? どのクラスの子?」
「え? 獄寺君は獄寺君だよ。うちのクラスの……」
「何言ってんのよ。ゴクデラなんてうちにはいないじゃない」
「え、でも、黒川……」
「お、なんだ。どーしたんだ、ツナ?」
「山本!」
「沢田が変なのよ。ゴクデラって奴がうちのクラスにいるはずだって」
「獄寺?」
「山本、山本も分かんないの? 獄寺君だよ。一年の時からずっと一緒だろ?」
「ん〜? ツナ、誰かと勘違いしてねえ? そういう名字の奴はいないぜ」
「そんな……」
「またあんた、授業中に寝てて夢でも見たんじゃないの?」
「ねえ……ツナ君。その子のこと、他のクラスの友達にも聞いてあげようか? 誰か知ってる人がいるかもしれないし」
「……ううん、いい。ありがと、京子ちゃん。山本も黒川もごめん。……俺の勘違いだったみたい」
「そーか?」
「まったく、あんたはボケてんだから」
級友たちが呆れたように笑うのに合わせて、綱吉もへらりと曖昧な笑みを浮かべる。
けれど。
「――違う…」
自分の呟いた声で、目が覚めた。
視界がぼやけ、まばたきすると温もりの失せた水滴があふれてこめかみへと伝い落ちてくる。
そのまま視線を横に向け、手をのばして携帯電話を取り上げる。
だが、画面を開いても、着信記録もメールも入っていない。
小さく溜息をついて、綱吉は涙を拭った。
「久しぶりに見たな……」
獄寺が並盛を去っていった頃、よく見た夢だった。
場所は、学校だったり町中だったり、その時々によって違ってはいたが、内容はいつも同じだ。
獄寺を探して走り回って、会う人ごとに尋ねるのに、誰も彼を知らないと言う。
そして、とうとう自分は探し疲れて、でも獄寺がいないことが悲しくて、泣きながら目を覚ますのだ。
「馬鹿みたい……」
こんな夢を見る理由は、自分でよく分かっていた。
不安で不安でたまらないからだ。
彼を失ってしまったのではないかと思っているから、夢の中で必死に彼を探している。
───獄寺と最後に会ってから、もう一週間が過ぎようとしているのに、彼からの連絡はまだなかった。
連絡を待ち続けて、起きている間中、携帯電話を気にして。
夜の眠りも浅く、真夜中に目を覚ますことも度々だし、こんな泣きながら目覚めるような夢も見る。
たった一週間といえば一週間だが、それでも待ち焦がれて過ごす日々はあまりにも長い。
「──もう…駄目なのかな」
手の中の携帯電話を握り締めながら、小さく呟く。
ひどい我儘を言ったという自覚はあった。
あんな風に告げたところで、獄寺がすんなり受け入れられるはずがない。
自分が突き付けたのは、無か全てかの二者択一だ。そこには何の寛容もない。
「失恋決定……、かぁ」
当然のことだと思いながらも、涙が滲む。
好きだから、大切だからこそ、あんな悲しい目をしたまま自分と会い続けて欲しくなかった。
獄寺に対してはああいう言い方をしたが、本心のところは、償いや憐れみならいらないというような高尚な話ではない。
ただ、自分と会うことが獄寺を傷つけ苦しめるのなら、もうこれ以上は会えない。それだけのことだった。
そして、獄寺が傷付き苦しむのは、根底に罪の意識があるから。それでも会ってくれるのは、獄寺は否定したが償いたいという思いがきっとあるからだ。
会ってくれるのは嬉しい。
けれど、苦しんでいる彼を見たくない。これ以上苦しめたくない。
そのためには、この先も自分たちが会い続けるためには、獄寺に彼の内にある贖罪の感情を乗り越えてもらうしか方法がない。
そう思って切り出した話で、その結果、全てを……獄寺を今度こそ失ってしまうかもしれないという可能性も承知していた。
けれど、いざもう会えないと思うと、たまらなく苦しい。
会いたいのに、傍にいて欲しいだけなのに、どうしてそれが叶わないのだろう。
あの頃のままいられたら、もうそれだけで良かったのに。
―――何故、こんな怪我を負ってしまったのだろう。
あの事故さえなければ、右目の視力を失う後遺症さえなければ、自分たちは変わらず傍にいられたはずなのに。
それとも駄目だっただろうか。
こんな感情を抱いたままでは、いつか破綻して壊れてしまっていただろうか。
「獄寺君……」
大好きで、大切で。
ただひたすらに傍にいて欲しかった。
願ったのは、それだけだったのに。
たった一つの事故で全てが壊れてしまって、もう戻らない。
鳴らない携帯電話を握りしめたまま、綱吉は込み上げる嗚咽を押し殺す。
自分自身のしたことが招いた結果を嘆くのは愚かしい。
けれど、今は泣くことしかできなかった。
* *
不意に鳴り響いた携帯電話の着メロに、綱吉はびくりと肩を震わせる。
だが、すぐに溜息を押し殺して、こたつテーブルの上に置いたままだった小さな端末を手にとった。
液晶画面を見なくとも、着メロを聞けば誰からの電話か分かる。
「――はい」
『よ、ツナ。元気にしてるか?』
「……うん」
久しぶりに耳にする親友の声に、綱吉は微笑んだ。
「山本は調子どう? 今、日本に帰ってきてるんだよね?」
『おう。宮崎はあったかくていいぜー。あっちは大寒波だったからな。日中でも氷点下で、寒いのなんの』
「うん。キャンプのニュース見てたよ。元気そうで安心してた」
『そっか、ありがとな』
山本は高校卒業後、メジャーリーグと契約して渡米していた。
高校野球界ではスーパースターだった彼だが、さすがにプロ、それもUSAのメジャーリーグは基礎体力からして違う。
初年度から大活躍することは不可能だったが、それでもシーズン後半からはスタメンとして起用されることもあり、新人としてはまずまず合格点の成績を上げていた。
『ツナは変わりね?』
「うん。相変わらず。今は大学も休みだから、のんびりしてる。明日くらいから並盛に帰ろうと思って、今、バッグに荷物詰めてたとこ」
『並盛か。俺も帰りてーなー。親父の寿司食いてえよ』
「こっちに戻ってくる暇はなさそう?」
『うんにゃ。向こうに帰る前に寄るつもりではいるぜ。どうせ成田までは行かなきゃなんねーし』
「そっか、そうだね」
穏やかに話をしながら、綱吉はそっと手のひらを握りしめる。
獄寺は山本にとっても親友だった。二年余り音信不通になっていた彼を案じていたのは、山本も同じだろう。
ならば、話さないわけにはゆかなかった。
「あのね、山本」
『ん?』
「俺、獄寺君に会ったんだ」
そう告げた途端、電話の向こうの気配が緊迫する。
『――いつ?』
「ちょっと前。二月の始めくらい。今、この街にいるんだって。システムエンジニアの仕事してるって言ってた」
『……そっか……』
電話の向こうで、山本は大きく溜息をついた。
『あいつ、生きてたのか。良かった……』
その言葉を聞いた途端、綱吉の背筋にうそ寒いものが走り抜ける。
「山本……?」
『ああ、悪ぃ。心配させちまったか? そーいうつもりで言ったわけじゃねーんだけど……』
山本の声はいかにも気まずげで、うっかり口を滑らせてしまったと悔いているのがありありと伝わってくる。
深く突っ込まれたくないのは分かったが、だからといって、綱吉は聞き流すことはできなかった。
「なんで、そう思ってたの? 獄寺君が……」
問いかける声がかすかに震える。
山本がそれに気付いたかどうかは分からなかったが、少しだけ電話口でためらった後、彼は言葉を捜し捜し言った。
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