sweet sweet home 09

「じゃあ、また明日なー」
「うん、おやすみ」
 綱吉と獄寺が竹寿司を出たのは、日付が変わる少し前だった。
「んー、風が冷たくて気持ちいい」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫」
 ペースはゆっくりだったとはいえ、宵から飲み続けていれば、それなりの酒量になる。
 父親に似たらしく酒に強い体質の綱吉ではあるが、さすがに今夜は心地よくほろ酔いだった。
「楽しかったねえ、久しぶりに山本とお寿司……」
「……そうですね。沢田さんは楽しそうでしたね」
「今日は三人だけだったけど、明日は京子ちゃん達も来るし。楽しみだねえ」
「沢田さんが楽しいなら、俺はそれでいいです」
「嘘」
「何がです?」
「獄寺君も楽しみになくせに。正直に認めたら? 今日は楽しかったです、明日も楽しみです、って」
「……嫌です」
「なんで!?」
「だって俺は、あなたといるのが一番ですから」
 そう言い、獄寺は綱吉の手に自分の手をするりと絡める。
「あなたといる時が一番楽しくて、幸せなんです。あなたが居なかったら、他のどんな連中と居ても楽しくない。だから、俺が楽しみにするとしたら、あなたが明日、あの連中と会ってきっと楽しそうな顔をされるだろうなということだけです。それ以上は認めません」
「……意地っ張り」
「俺は正直ですよ」
「ひねくれ者」
「だから、ひねくれてませんってば」
「嘘つき」
 なじりながら、綱吉は獄寺の手をぎゅうと握り締める。と、応えるように大きな手に優しく握り返された。
 そうすることが何故かひどく楽しくて、綱吉はくすくすと笑い出す。
「本当に御機嫌ですねぇ」
「うん。すごく楽しい気分」
「そういうの、酔っ払いって言うんですよ」
「酔っ払いでもいいもん」
「はい、いいですよ」
 そう言うと同時に、繋いでいた手が一旦解かれ、指を絡めるように繋ぎ直された。
「こうしていられたら、俺は何でもいいです」
「──…」
 微笑む獄寺をきょとんと見上げ、それから綱吉は、繋ぎ直された手をじっと見下ろす。
 そして、再び獄寺を見上げ、微笑んだ。
「うん、俺も」
「はい」
 春先の肌寒い夜空の下、二人は微笑みを交わして、家までの短い距離をゆっくりと歩いた。

*     *

 翌日の朝は、綱吉も獄寺も二日酔いに悩まされることもなく、普通に目覚めた。
 ただし、揃って前夜に飲んだ酒量が酒量である。部屋の酒臭さに苦笑しながら窓を開け、着替えて階下に下りた。
「おはよ、母さん」
「おはようございます」
「あら、二人ともおはよう。すぐに御飯にするから、座って」
「あ、俺、新聞取ってきます」
「助かるわ、獄寺君」
「いえ」
 小さく微笑んでダイニングを出て行く獄寺を少しだけ見送り、綱吉はテーブルに箸を並べ始める。
 続いて、茶碗に御飯をよそおうと手を伸ばすと、奈々が笑った。
「獄寺君がいるといいわね。ツナも競って働いてくれるんだから」
「……俺だけ座ってるのも変だろ。獄寺君の方がお客さんなんだし」
「あら、お客さんなんて言ったら、獄寺君は悲しむと思うわ。獄寺君もうちの子よ。だから、遠慮なく働いてもらいます」
「あー、やっぱりそう思ってたんだ」
「もちろんよ。昔から皆、うちの子。沢田家の子供は、あなただけじゃないのよ」
「分かってるよ」
 それくらい、と綱吉は三人分の白飯を茶碗によそって、テーブルに並べる。
 そして、賑やかだったあの頃のことを少しだけ考えた。
 今は三人。普段は、奈々一人。
 時間が過ぎるということは、時に幸せを運んでくるが、時にひどく残酷でもある。
 もう少しマメに帰ってくるべきかな、と思ったとき、獄寺が戻ってきた。
「ツナ、あなたももう座って。獄寺君、急須とお湯呑み、テーブルに持って行ってくれる?」
「はい」
 そうして朝食の用意が整い、三人は揃って、いただきます、と手を合わせる。
 何でもない、世界中にありふれている朝の食卓だったが、それは一つの幸せの完成形だと、不意に綱吉は思った。
 父親は相変わらず不在だが、母親と、想い想われる恋人と。
 これに友人たちを加えたら、綱吉の大切な人はほぼ全員揃う。しかも、今日はその大半が並盛に揃っているのだ。
 ものすごく幸せなのではないか、と改めて考えながら、朝食を終え、他愛ないことを三人で話しながらお茶を飲んで、今度は後片付けをするべく立ち上がる。
 皿を洗い、テーブルの上を拭き終えたところで、奈々が綱吉に向かって呼びかけた。
「ツナ、悪いけど、お庭に水遣りしてきてくれる?」
「あ、うん」
「それくらいなら俺が行きますよ」
「あら、獄寺君はここにいてちょうだい。せっかくうちに居てくれるのに、なかなかゆっくり話せないんだもの」
「……そう言うけど、結構毎日話してない? 俺が風呂に入ってる時とか、こまめに獄寺君を独り占めしてるじゃん」
「そう言うあなたは、私の何倍も獄寺君を独り占めしてるでしょ。たまには譲ってちょうだい」
「……別にいいけど。それじゃあ獄寺君、頑張って」
 にこにこと笑顔の奈々に、綱吉は軽く溜息をついて玄関に向かう。
 何か企んでいるのだろうか、と一瞬思ったが、正直なところ、母親の考えが読めたためしなど数えるほどしかない。
 どのみち、獄寺のことを『うちの子』扱いするくらいに可愛がっている母親のことだ。決して悪い話はしないだろうと、少しのんびりと水遣りをすることにして、庭に下りた。



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