sweet sweet home 04

 風呂上がりの綱吉がリビングを覗くと、獄寺と奈々が楽しげに談笑していた。
 テレビはついているものの、完全にBGMと化しているようで、日常のささやかなあれこれを語る奈々の話に耳を傾けている獄寺は、綱吉の前以外ではまず見せることのない和らいだ表情をしている。
 そして、戸口の綱吉に気付くと、獄寺の表情はいっそうやわらかくなった。

「お風呂お先、母さん」
「あら、ツナ。あなたも何か飲む?」
「うん。あ、自分でやるからいいよ」
 二人の手元に湯呑があるのを見て取った綱吉は、そのまま続き間のダイニングキッチンへと向かう。
 そして、思った通り、茶葉が入ったままの急須がテーブルに置かれているのを見つけて、それにポットの湯を注いだ。
 二煎目の緑茶は少しばかり色と香りが淡いが、風呂上がりに飲む分には十分である。湯呑片手にリビングに戻り、そして、こたつの角を挟む形で、獄寺の隣りに腰を下ろした。
 途端、
「一人暮らし始めてから、本当によく自分で動くようになったわねえ。最初は色々心配だったんだけど、やっぱり男の子は外に出してあげた方がいいのね」
 にこにこと奈々に言われて、一瞬、綱吉は反応に詰まる。
「……そりゃまあ、全部一人でやるしかないし。いちいちコンビニとかでペットボトルのお茶買うのも勿体無いし」
 以前の自分が、相当なぐうたらだった自覚はあるから、何となく返す言葉もぼそぼそと力が入らない。
 それに、こういうことを面と向かって母親に褒められても、気恥ずかしいだけだ。自然、少しばかり素っ気ない答え方になる。
 だが、奈々の方は息子の物言いなど気にする様子もなく、湯呑を手にして微笑みながら、綱吉を見つめている。
 ああもう、今度のターゲットはオレかよ、と綱吉は心の中で溜息をつきながら、緑茶をすすった。
 すると、今度は横から獄寺が遠慮気味に言葉を挟んでくる。
「自炊、されてるんですか?」
「……まあ、御飯炊くくらいはできるよ。あと目玉焼きくらいなら」
 料理、と呼べるレベルであるかは微妙だが、それでもスキル不要の焼きそばや親子丼くらいなら、どうにかなる。
「獄寺君は?」
「俺は……半々ってとこですかね。買いに行く暇もない時とか、外食したくない気分の時とかは、適当に作ります」
「へえ」
 その答えには本気で感心した。
 が、思い返してみれば、獄寺は夕方ここに帰ってきた時の会話で、食事はきちんとしている、と言っていたのだから、ある程度自炊していても何の不思議もない。
 昔は料理の”り”の字もできないくらいだったのに、と何となく嬉しくなって、綱吉は獄寺に微笑む。
 と、その笑みに反応して、獄寺はかすかに赤くなった。
 そんな風に微笑み混じりの視線を交わしていると、

「うふふ」

 不意に奈々が楽しげな笑い声を上げる。
「え、何? 母さん」
「だって、二人が昔と変わらず仲良しなんだもの。お母さん、ちょっと嬉しくなっちゃうわ」
「え……仲良し、って……」
 そんな風に評されて、獄寺は勿論、思わず綱吉も赤面する。
 否定はできない。できないが。
「そんな、小さい子供みたいな言い方……」
 とりあえず、せめてもの反論をしてみるが、まるっきり照れ隠しのようなもので、奈々に通じるわけがない。
「あら、いいことじゃないの。中学生の時のお友達と、大人になっても仲良くできるなんて、そうそうないことなのよ。それぞれ進学したり就職したり、仲良かった子達でもバラバラになっちゃうのが珍しくないんだから」
「──確かに、そんなもんだとは思うけど」
 現に綱吉自身、高校を卒業してからのこの一年、片手に足りる程度しか並盛には帰ってきていない。昔なじみとは自然に疎遠になってしまう実感は、十分過ぎるほどにある。
「でも、昨日の電話でも言ったけど、獄寺君とはラッキーの部分が大きいんだよ。先月、偶然会わなかったら、きっとこれからも会えずじまいだっただろうし」
 言いながらも、綱吉は胸の奥に鈍い痛みを感じた。

 ───もし、あの日、あの場所で、獄寺と再会しなかったら。
 この想いが叶うことはなかった。
 そしてきっと、獄寺が笑顔を取り戻すことも無かったのだ。

 今更ながらに、あの日の偶然に心の底から感謝しながら、綱吉はちらりと獄寺にまなざしを向ける。
「勿論、再会できて本当に良かったとは思ってるけどさ」
「──はい、俺もです」
 綱吉のまなざしを受け止めて、同じことを思っていたのだろう、獄寺は深いものを秘めた声で、静かにそう答えた。
 しかし、それはある意味、迂闊(うかつ)なやり取りであって。
「うふふ、やっぱり仲良しじゃないの。大人になってもずっと仲良しでいるのは難しいことだけど、本当のお友達は、何年経ったって変わったりなんかしないものなのよね」
 またまた奈々が、嬉しげな声でそう評する。
 墓穴を掘ったことを悟ったものの、だからといって、やはり否定などできるわけもない。
「……もう、何とでも言ってよ」
 にこにこと笑うばかりの母親に、綱吉は諦めて、ぬるくなりかけた緑茶をすすった。
 そんな風にひとしきり話して満足したのだろう。
 それじゃあ、と奈々は立ち上がる。
「私もお風呂に入って、もう寝(やす)むから、あなたたちもあんまり遅くならないように寝なさいね」
「あ、うん」
「はい、おやすみなさい」
 息子たちに笑顔を投げかけて、奈々は自分の湯呑みを片付け、キッチンからも出て行く。
 そうして二人きり、取り残されて、綱吉と獄寺はまなざしを互いに向けた。



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