I am. 37

「──いつも、こんな風に抱くの?」
 互いの体から発する熱にめまいを覚えるような中で、不意にひっそりと綱吉が問いかけてきた。
 まなざしを上げれば、熱に潤みを帯びた瞳が、切ないような泣きたいような色で隼人を見つめる。
 その瞳を見つめながら、「いいえ」と隼人は答えた。
 これまで女を抱いたことは何度もあるが、恋人を持ったことはない。金で性を買う行為は、合意の上であってもどこか後ろめたさが抜けず、相手が慣れていることを頼りに、手荒にではないにせよ自分本位に事を済ませ、立ち去るのが常だった。
 だから、こんな風に相手の顔をきちんと見つめながら、反応を確かめつつ、行為を進めるのは初めての経験だった。
 相手の肌の感触を、鼓動を、温もりを手のひらに感じながら、ただ慈しむ。
 愛撫が愛情を持って他人に触れることを意味するのであれば、これが初めて施す愛撫だった。
「──そう」
 隼人の短い返答から何を感じ取ったのか、綱吉は切なげに目をまばたかせ、伸ばした腕で獄寺の首筋を引き寄せてキスを求める。
 その唇はひどく甘く、それでいて、どうにもならない飢(かつ)えのようなものを隼人の内に呼び覚まして。
 人と人との触れ合いの中で、隼人は初めて泣きたいと思った。

*     *

 夜の静寂(しじま)の中に二人でいる、というのは、ひどく不思議な感覚だった。
 考えてみれば、物心付いた時から誰かと夜を共に過ごしたことがない。生まれ育った城にいた頃も一人部屋を与えられていたし、出奔してからは、それこそずっと一人きりだった。
 そんな風に思いながら、隣りを伺う。
 スイートルームの寝台は無意味なほどに広く、二人で横たわっていても、まだ余りある。
 まだ仄かに残る熱の余韻を感じながら、情を交わした相手と二人でいるというのは、初めての経験であるだけにどうすれば良いのか分からなかった。
 綱吉がまだ眠っていないことは伝わってくる。
 先程からずっと考え事をしているようで、それを妨げたくはなかった。だが、このまま自分が先に眠ってしまうのも気が引ける。
 そもそも、ここに居ていいのかどうかも分からない。本来、隼人に用意された部屋は、ここの階下の部屋だ。
 しかし、このまま去ってしまうのも、してはいけないことのような気がしていた。
 ───十代目。
 成りゆきで始まったような行為だったのに、ひどく切なく、それでいて優しい触れ合いだったような気がする。
 綱吉は何一つ拒まず、むしろ、すがるように最初から最後まで隼人を求め続けた。
 そこにどんな意味があるのか、隼人には分からない。
 だが、そんな綱吉に全身全霊で応えた、そんな思いは余韻として心と体のあちこちにまだ残っていた。
「……なんだか、」
 不意に小さく綱吉が呟く。
 寝台の天蓋を見上げたまま、隼人の方は見ないで、ぽつりと。
「初めてセックスしたような気がする。一応、女の人相手には経験あるんだけど」
 その言葉に、隼人は目をまばたかせた。
 何の飾りもない言葉が、すとんと心の中に落ちてくる。
 その通りだと思った。
 自分も性の経験はあっても、本当のセックスは知らなかった。
 こんな風に全てをさらけ出したことも、さらけ出された相手の心と体を受け取ったこともなかった。
 このセックスにどんな意味があったのか、自分の中ではまだ整理がつかない。
 けれど、綱吉の言葉のおかげで一つだけ、確かになったことがあった。
「俺もです、十代目」
「──君も?」
「はい」
 驚いた綱吉の目が隼人を捉える。
 そのまなざしを隼人は真っ直ぐに見つめ返した。
 夜の薄明かりの中で互いの目を見つめ合い、やがて、綱吉がかすかに微笑未満の表情を口元に刻む。
「……そっか」
 そんな風に、また小さく呟いて、まなざしを伏せた綱吉が、もそりとシーツの海の中を擦り寄ってくる。
 肩口にやわらかな髪が触れ、投げ出していた右手に綱吉の左手が絡んだ。
 指の一本一本を絡め取られて、ぎゅっと握り締められる。
 そこにどんな意味が込められているのかは、今はまだ分からなかった。
 だが、分からなくても心のままに綱吉を優しく抱き締めて目を閉じる。
 それは決して間違いだとは思わなかった。



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