I am. 20

「勝ったら君を殺さなきゃいけないような場面だったら、俺は受けなかったよ。君の判断は正しかった。君は、君ができる最上のことをやり遂げたんだ」
 そう言い、ドン・ボンゴレはやわらかく微笑んだ。
「君が居てくれて良かった。ありがとう。君にとって辛い役目だということは分かってたのを、あんな言い方で無理に押し付けたのに、この町を守ってくれて、本当にありがとう」
「ドン・ボンゴレ」
 何と答えればいいのか分からなかった。
 それくらい綺麗で、優しい笑みだった。
 深みのある美しい瑪瑙色の瞳が、真っ直ぐにこちらを見つめている。
 何だかいたたまれないような気分になって、隼人は目を逸らした。
「──俺は、自分が生まれ育った家が燃え落ちるのをこの目で見ました。父親がどうしようもない大馬鹿野郎だったことは分かってますし、あの死に様も当然だったと思ってます。ただ……、この町が城のように燃え落ちるのは見たくなかった。それだけです」
 素っ気ない口調で告げると、うん、と穏やかに受け止める声がして。
 彼がどんな反応をしたのか、気を引かれてまなざしを戻すと、また、ひどく優しい笑みを目が合って、隼人は内心、かなりうろたえた。
 憎しみや軽蔑、恐怖を込めて睨みつけられることには慣れているが、優しい笑みというと全くというほど縁がない。
 かろうじて数えられるのは、ビアンキとミランダの笑みくらいだろうか。
 あまりにも慣れていなさ過ぎて、どんな表情を返せばいいのかすら分からない。
 だが、ドン・ボンゴレは隼人を長く混乱の中には置いておかなかった。
 表情こそ変わらなかったものの、次の話題へと移る。
「あと、今後の件だけど、君はこれからどうするつもり? カテーナに残る?」
「あ、いえ。俺の仕事は終わりましたから。ここは引き払います。一旦、本土に戻って……どうするとはまだ決めてませんが」
 救われたような気分になりながら答えると、分かったとドン・ボンゴレはうなずいた。
「それじゃあ、ここを引き払ってからでいいから、パレルモに顔を出してくれるかな。報酬の支払いの件もあるし」
「報酬なんて別に……実費も殆どかかってませんから、必要ありません」
「そんなことないだろ。半年分の宿泊代だってタダじゃないだろうし」
「……そのあたりは目下、交渉中です。俺としてはきちんと払いたいんですが……」
 何しろ、あのオーナー夫妻である。半年に及ぶ滞在の途中から、月払いの約束だった宿泊代は要らないと言い出したのだ。
 自分の家の部屋の掃除はするのが当たり前だし、食事だって自分たちの食事を少し余分に作って提供しているに過ぎない、お代なんかもらえない、と。
 もちろん隼人は何を馬鹿なことをと、二人の商売っ気のなさに意見したら、反論が三倍になって返って来た。
 最終的には、相手が何を言おうと正当な代金を支払うつもりだが、彼らも言い出したら退かない強情さを備えており、そこに辿り着くまでにはまだ厳しい攻防が待っていると思って間違いなかった。
「そうなんだ。じゃあ、まあその辺は、こっちもまた後日ということで。面倒だろうけど、とりあえず顔だけ出してくれると助かるよ。それなりに後始末もあるから」
 状況を察して楽しげに言うドン・ボンゴレに、隼人はうなずく。
「はい、分かりました」
 車で本土へ戻ることを考えると、パレルモはまったく正反対の方角への寄り道となるが、絶対に嫌だと拒否する理由もない。
 承諾すると、ドン・ボンゴレもうなずいて、それじゃあ、と立ち上がる素振りを見せた。
「そろそろお暇(いとま)するよ。また晩餐の席で会おう」
「はい」
 会話の間中、天性の性格から来るものらしい明るい表情で黙っていた山本という青年も立ち上がり、連れ立って彼らは二人を出てゆく。
 彼らがエレベーターホールに姿を消すまでわずかばかり見送ってから、ドアを閉め、隼人は息をついた。
 やっと終わったのだ、という実感が急に襲ってくる。
 もうこれで全て、片はついた。ドン・ボンゴレの承認があるのだから、間違いない。
 これで、この町を出て行ける。
 そう考えて。
「────」
 隼人はゆっくりと窓際により、夕闇に沈んだ町並みを眺めた。
 古く小さな、豊かでもない町。けれど、父と母と先祖の墓のある町。沢山の懐かしい人々が今も暮らす町。
 自分の、故郷。
 ガラス窓越しに、ぽつぽつと灯る町明かりをじっと見つめて。
 隼人は静かに眼を閉じた。

*     *

「どうだった?」
「いいんじゃね? 俺はああいう奴、好きだぜ」
「やっぱりなー。武は気に入ると思った」
「うん。なんつーか、普段は愛想悪そうだけど、こっちが背中預けるつったら、何で俺がとか文句言いながら、絶対裏切らなさそーな感じ」
「そうなんだよね。一皮剥いたら、不思議な律儀さというか、真面目さというか。ホント、ここまで完璧にやってくれると思わなかった」
「この町が好きなんだろ。じゃなきゃ、こんな面倒な真似やらねーよ」
「だと思うんだけど、正面切っては大事とも好きとも言わないしねぇ。シャイなのか、ひねくれてるのか……」
「両方じゃね? けど、スモーキン・ボムか。確か技能はすごかったよな」
「うん。色々できるみたい。爆弾作るのも、仕掛けるのも、あとハッキングの腕もかなりのものだよ。今日のナイフ戦闘もかなりいい筋行ってたし。あと語学も得意って。日本語も全然不自由ないみたいだし、他にもクロアチア語とかトルコ語とかまで。北部だとそっちからの移民が多いからかな」
「……でもよ、この調査書見ても、何かぴんとこねーっつーか」
「あ、やっぱり思う?」
「思う思う」
「そーなんだよね。この世界のことは何でも大概できるんだけど、どれも超一流じゃないっていうか……」
「どれもこれも、一流から一流半の間ってとこじゃね? 悪くねーけど、超すごくもねー」
「うん。典型的な器用貧乏って感じ。だから使い所が困るんだ。どこにも所属しないで一匹狼やってたのも分かるよ。あーもー、やっぱりリボーンの言う通りにするしかないかなあ」
「あー、リボーンさんの案はアレだろ」
「うん、アレ」
「確かになー。この調査書見て本人に会うと、すげー納得できるぜ」
「うーん」
「ん? ツナは気が進まねーのか?」
「進まないっていうか……」
「でも、ああいうタイプ、好きだろ? 見え見えの貧乏くじ引く自爆タイプ。俺は下手に器用で利口な奴より、よっぽど好感持てるし、信用できると思うけどな」
「……だから、深みにはまりそうで困ってんだけど……」
「? 何か言ったか?」
「ううん。この件はもうちょっと考えるよ。少なくとも、数日は猶予がありそうだし」
「おう、それでいいんじゃね? 急がなきゃなんねえ理由も今はねーしな」
「うん、そうする」



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