I am. 08

「若のおっしゃる通り、ドン・カルロは愚かな方であったのかもしれません。確かに、時には惨(むご)いことをなさることもありました。
 ですが、この町に暮らすわしらにとっては大事な御館様でした。あの方を失った悔しさは、決して消えません。
 そんなわしらがボンゴレと言われても……わしらはどうすれば良いのか、見当もつきません。
 そんなわしらでも生きることを許してもらえるのでしょうか? 腹の中にボンゴレへの恨みを抱えたままで……?」
「──恨みなんざ、一生腹の中に抱えておけ」
 細く紫煙を吐き出した後、低く、冷ややかなほどの声で隼人は答えた。

「恨みつらみは全部、墓石の下まで持っていけ。それができねえっていうんなら、誰にも迷惑をかけない形で死ね。あるいは、この町を出て行って一生戻るな。カテーナ出身だとも名乗るな。──ファミリーを失うってのは、そういうことだ」

 そう告げる言葉は、隼人の自戒でもあった。
 十五年前に父親を殺す道を選ばず、自分が町を出たのも、結局はそういうことだった。
 あるいは、単に親殺しをする覚悟が定まらなかっただけかもしれないが、少なくとも隼人自身は八歳で家を飛び出し、二度と戻らないつもりで各地を転々としながら生きてきたのだ。
 憎しみと怒りを冷たい石のように腹の中に抱えたままで。
「表に出さない限り、ボンゴレは見て見ぬふりをする。そうでなけりゃ、あれだけの大所帯だ。年がら年中、身内を粛清してなきゃならねえことになるからな。
 だから、お前たちは一生、恨みには口をつぐんで生きろ。ジェンツィアーナはボンゴレに食われたんだ。もうどこにねえんだよ」
 その言葉は、どんな形で男たちの胸に届いたのか。
 老人の見開いた小さな目に涙が浮かび、皺だらけの顔を伝い落ちる。
 老人だけではなかった。市長も市議長も大工の棟梁もアーモンド農園の主人も、それぞれに大粒の涙をぼろぼろと零し始める。
 その思いがけない光景に隼人は驚き、そして理解した。
 彼らは認めたくなかったのだ。ファミリーが喪われたことを。ジェンツィアーナというアイデンティティーを喪ったことを。
 大切なものを喪ってしまった目の前の現実を否定したくて、むやみにボンゴレへの恨みを募らせた。
 そうしたところで時間が巻き戻せるわけではないと心の片隅で知りながら、それでもなお、ボンゴレが粛清の必要性を感じるほど執拗に。
 あるいは、全てを喪ってしまった不安を怒りにすり替える自己欺瞞も多分にあったのだろう。
 ついには、隼人がボンゴレに召喚されるほどの危険水位に達するまで彼らは恨みを募らせ──だが、もとより逃避であったそれは、隼人の言葉でもろくも割れて崩れた。
 これが、と思った。
 彼らが今、味わっているこの悲哀が父親が彼らに与えた最後のものだ。
 そして、この光景を目にすることが、父親が自分に与えた息子としての最後の役目だ。
 クソッたれ、と心の中で呟く。
 あの人間は父親としても男としても最低だったが、ボスとしても最低だった。
 彼がもう少し考え深ければ、誰一人として不幸にならない可能性だってあっただろうに。
 彼らが先祖伝来に培ってきた存在意義を喪ってしまうこともなかっただろうに。
 自分とて、己と父の名を捨てる必要などなかっただろうに。
 改めて込み上げる口惜しさと憤りに、隼人が固く拳を握り締めた時。
「若……」
 嗚咽をこらえ、皺のついたハンカチで涙をぬぐった市長が、おずおずと隼人を呼んだ。
「お願いいたします。わしらがこれからどうすれば良いのか、若が教えて下さい。わしらはこの町しか知りません。ジェンツィアーナしか知りません。若しか頼れる方はおらんのです……!」
 黒い小さな目が、必死に隼人を見つめる。
 隼人はその目から、目を逸らしはしなかった。
「──半年だ。それを超えて、ここに滞在する気はねえ」
「若……」
「昨夜も教会で言っただろうが。俺は戻ってきたくなんざなかったんだよ」
 父親が居て、母親の墓があるこの町になど。
 苦く告げて、隼人は一瞬目を伏せてから、不安と悲嘆に顔色をくすませた男たちを見つめた。
「半年の間に俺がやれることはやる。そっから先は、お前たちが考えろ。皆で考えりゃ、一つや二つは知恵が出てくるだろう」
 それを最後に、今日はこれ以上話すことはないと隼人は男たちを辞去させる。
 そして立ち上がり、一人きりになった部屋の窓際に歩み寄った。
 磨かれた窓ガラスの向こうに、教会の尖塔と町並みを形作る古い屋根、そして葉が落ち始めたアーモンド畑が見える。
 古い小さな町だった。
 そしてここが、自分の故郷だった。



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