I am. 07

 町の男たちがホテルにやってきて、オーナー夫妻に隼人への取次ぎを頼んだのは、隼人がカテーナに戻ってから二日目の夕方近くだった。
 つまりは住民たちの意見をまとめるのに、それだけの時間が必要だったということなのだろう。
 目の前に並んだ市長を含む代表の五人の男たちを、隼人は無感動なまなざしで眺めた。
 全員、見知っている。子供の頃の隼人に気さくに声をかけ、度の過ぎる悪戯を叱り、菓子をくれた男たちだ。
 隼人の父親に、田舎人らしい純朴な敬意を払って帽子を取り、会釈をしていた男たちだ。
 その男たちが、途方に暮れたような悔しいような悲しいような、何とも言えない複雑な顔を皺の多い顔に浮かべ、隼人の前に並んでいる。
 隼人のまなざしはあくまでも無感動だったが、内心はまた別だった。

「わしらは、どうすれば良いのか分からんのです。若」
 口火を切ったのは市長だった。
 坊ちゃまともルッジェーロ様とも呼ばなかったのは、ホテルのオーナー夫妻に一言忠告を受けでもしたのか。
 だからといって心地の良い呼び名でもなかったが、隼人はその点については口をつぐんだ。
「ドン・カルロは亡くなり、ジェンツィアーナの主だった者も何人も亡くなりました。残ったわしらは、本当にどうすれば良いのか分からんのです」
「ドン・カルロを死に追いやったボンゴレは憎い。本当に憎い。ですが、どうすることもできないことも、本当は分かっちょります」
「詰まるところ、わしらは逆らってはならん相手に逆らったんです。若がおっしゃるまでもなく……。ならば、このまま、わしらは干上がって滅びるしかないんじゃなかろうか。考えるまいとしても、この二ヶ月間、そんなことばかりが思い浮かんで……」
「だのに、ボンゴレは何も言ってこず、誰も来ず……。それで、わしらは余計に不安になりました」
 口々に男たちが語る言葉を、隼人は無言で聞いた。
 表情こそ動かさなかったが、胸の内には様々な思いが湧き上がっては、あぶくのように消えてゆく。
 それは、とうに忘れたと思っていた憐憫であったり、憤りであったり、口惜しさであったりして、小さなあぶくが弾けるたびに静かに隼人の胸の奥を揺らした。
「──ボンゴレは何もしやしねえよ。お前たちさえ何もしなければな」
 男たちが一通り言葉を述べ、沈黙したところで、やっと隼人は口を開く。
「ボンゴレにとっては、カテーナはもう傘下の町だ。お前たちも構成員だ。それに安心することも増長することも許されるわきゃねえが、お前たちが逆らわない限り、ボンゴレはお前たちを守る意思を持っている」
 そう告げる脳裏に浮かんでいたのは、一対の美しい黄金の瞳だった。

 自分が捨てたファミリーなどどうなろうと構わないと言った隼人を厳しく糾弾した、黄金のまなざし。
 彼のことを何一つ知っているわけではない。あの日まで本名はもちろんのこと、姿形さえ知らなかった。
 なのに、あの瞳だけは信じてもいいような気がしてならない。
 あの強く、輝かしいまなざしだけは。
 何故だろう、と思いながら隼人は男たちの顔を見回した。
 他人を信じたことなど、この十五年のうちには両手で数えられるほどしかない。しかも、そのうちの半分は結局裏切られた。
 誰かを、何かを信じることなどもう有り得ないと思っていたのに。
 何故か、今ここで、あのまなざしが蘇る。
 まるで今この瞬間、彼が約束は決してたがえないとでも、遠く離れたパレルモのあの豪奢な執務室から隼人とカテーナの町に対して宣誓しているかのように。

「だが、お前たちの言いたいことも少しは分かった。こんなことになっちまう前と同じように、安心して暮らしたい。それが一番だとしたら、それ以外に何がある? あとは何を望むんだ?」
 隼人の問いかけに、男たちは顔を見合わせる。
 思いがけないことを問われ、互いの顔色を伺い合うのを隼人は黙って待った。
「何をと言われましても……わしらは、これまで通りに安心して暮らせるのなら……」
「道は?」
「……は?」
「カテーナは、州道とは昔ながらの細い旧道でしか結ばれてねえ。これが、州道に面しているプレドーネが栄えて、旧道をたどってしか行けないカテーナが栄えない一番の理由だ。
 クソ親父が生きていた頃は無理だったが、カテーナがボンゴレの傘下になった今は、道を広げることも望めば叶う。州道からバイパスを通してもらう事だって夢じゃねえ」
 隼人が言うと、想像もしなかったとばかりに男たちは目をみはった。
「それは……道が広くなれば、うんと便利になるとは思いますが……わしらの生活は一体どうなるのでしょう」
「少なくとも特産のアーモンドの出荷は楽になるだろうよ。まあ、後はよそからの往来が増えることを、お前たちがどう捉えるかだな」
 隼人の提案に、男たちは不安げに顔を見合わせる。
 希望よりも生活が変わってしまうかもしれない不安の方が先に立つのは、仕方のないことだろう。
 彼らはこの町で生まれ、育ち、ここまで生きてきたのだ。今更変われと言われても変われない。それが正直なところに違いなかった。
 いかにも田舎者らしい愚鈍さだとは思うものの、理解できないことではない。
 そんな彼らに今すぐ変われと言うのは、いくら何でも横暴に過ぎるだろうと諦め半分、言葉にしがたい気分半分で、隼人は新しい煙草に火をつけた。
「まあ、慌てる必要はねえよ。俺は半年間の猶予を預かってきているし、その後だって、お前たちがボンゴレの構成員になったってことだけ忘れなきゃ、ボンゴレはお前たちのために動いてくれる。考える時間も多少はあるだろう」
「──本当に、それで良いのですか……?」
 しわがれた声が、おそるおそる隼人に問いかける。
 老年に足を踏み入れた市長よりも更に年配の老人が、皺に埋もれた小さな目で隼人を見つめていた。



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