I am. 06

「言いたいことはそれだけか」
 冷ややかに、無表情に、低い声が石造りの高い天井にこだまする。
「俺がいらねえって言うんなら、勝手にすりゃいいだろう。だが、ボンゴレは容赦しねえ。
 てめえらが心服しない限り、せめてそういうポーズをし見せねえ限り、このカテーナはあと一年と経たずに地図の上から消える。それがボンゴレだ。軍も警察も、それを咎めやしねえ」
 冷たい憤りに瞳を光らせながら、獄寺は低く続ける。
 その怒りは、決して演技ではなかった。
「てめえらが分かってねえのか、分かりたくねえのかは知らねえがな。てめえらのドンが……あのクソ親父が喧嘩を売ったのは、そういう連中なんだよ!
  あのクソ親父は、つまんねえ欲に駆られて、てめえばかりか、このカテーナの町全体の死刑執行書にサインしやがったんだ!」
 それは隼人が父親を決して許せないと思う、二つ目の理由だった。
 滅びるのなら一人で滅びればいい。それなのに軽挙に走って、住民まで滅ぼそうとしている。
 どこまで浅はかで愚かなのか、と墓石でもいいから蹴り砕いてやりたい程だった。
 だが、愚かなのは父親ばかりでない。
「俺だって、好きでこんな真似をするわけじゃねえ。だが、クソ親父の尻拭いをする奴が他にいるってのか? 
 てめえらのうちの誰か一人でも、ボンゴレに出向いて交渉しようとしたっていうのか? 誰もやってねえだろう!
  それどころか無防備にボンゴレへの反感を垂れ流しやがって……!」

 裏社会、特にアングラネットではカテーナのボンゴレに対する反感は、既に誰もが知るところなっている。
 事が大ボンゴレに絡むだけに注目を集めてもいたし、そればかりか、最近ではカテーナを焚き付けて騒乱を起こし、漁夫の利を得ようというボンゴレに敵対するファミリーの動きも、ちらほら出始めている。
 無責任な噂話には盛大に尾びれ背びれがつき始めており、近い将来、収拾が着かなくなるのは明らかだった。
 だからこそ、ボンゴレも早めに騒乱の芽を摘むべく、今回、隼人を召喚したのだ。
 一方で隼人がボンゴレの召喚に応じたのも、自分が捨てたとはいえジェンツィアーナの名を持っている以上、こんな状況の中で案内人のリボーンに逆らうことは己の死を意味すると感じたからである。
 実際のところは、ボンゴレは単に交渉を持ちかけたかっただけで、隼人までを粛清対象にする意図は無かったようではあるが、それでも、まどろむことを止めた獅子の前では隼人は何一つ逆らうことを許されなかった。
 そして今も尚、その黄金の獅子は遠く離れたパレルモで、静かに牙を研(と)いでいる。

「もう一度言ってやるぜ。ボンゴレは本気だ。てめえらの馬鹿な行動が、ボンゴレをカテーナにとって最悪の方向に動かしてんだよ。てめえらが変わらねえ限り、カテーナはあと半年で間違いなく滅びる」
 まったく度しがたい田舎町だった。田舎の男たちだった。
 ドンを殺されて尚、自分たちが置かれた立場が分かっていない。
 誰か一人でも建設的に動いていれば、自分がこうして出向く必要などなかっただろうに。
 余りにも苦い思い出のある、この町に戻る必要などなかっただろうに。
「それでも、てめえたちがボンゴレに尻尾振るくらいなら町ごと滅びた方がマシだって言うんなら、ボンゴレに任せるまでもねえ。俺が引導を渡してやる……!」
 言い終えると同時に、足元に置いていた大型のアタッシュケースを蹴る。
 留め金をあらかじめ外してあったそれは簡単に蓋を開け、中に詰められていたものを床に撒き散らした。
「ダイナ…マイト……!?」
 石造りの床に零れ落ちたダイナマイトは、二、三十本もあるだろうか。転がってゆくそれから人々が飛びのく。
 引きつったざわめきの中、隼人は再び低い声を紡いだ。
「スモーキン・ボム。いくら田舎でも、一人くらいはその名前を聞いたことのある奴はいるんじゃねえのか?」
 言いながらこれ見よがしに懐から煙草とライターを取り出し、火をつける。
 そして一口深く吸ってから、男たちを睥睨した。
「今の俺は、こんな小せえ町なんざ簡単に吹き飛ばせる。てめえらがそこまで馬鹿だっていうんなら、ボンゴレの手を煩わせるまでもねえ。同郷の好(よしみ)で俺がやってやる。
 ここには母親の墓もあるしな。……クソ親父に殺された母親の墓だ。旦那の仇と息子のどっちに墓を壊される方を、お袋がマシと思うかは知らねえが」
 どっちにしたって、もとより母親は幸せな人生ではなかった、と獄寺は思いながら、煙草をくゆらせる。
 そして、隼人が十五年前、何故この町を出て行ったかを思い出したらしい男たちの顔を見つめた。
「ボンゴレはカテーナが従順になるのなら、金は惜しまないと言いやがった。そりゃそうだろうな、いくら大ボンゴレでも町一つを潰すのは厄介な仕事だ。
 だが、てめえらはボンゴレに借りは作りたくねえ。そうだろ? だったら考えやがれ。これからボンゴレの下で、この町をどうして行くのか」
 今度はひそやかなざわめきが広がる。
 戸惑うような途方に暮れるような。
 それを聞きながら、獄寺は祭壇に預けていた背を真っ直ぐに起こした。
「俺は当分の間、ホテル・フィオレッタに居る。文句のある奴は直接言いに来い」
 そう言い置いて、教会の入り口に向かってゆっくりと通路を歩く。
 と、その背中に声がかかった。
「坊ちゃん、どうしてあんたは今更……!」
 悲鳴のような、切ない、物悲しい声。
 背中越しにもルチアーノの声だと分かった。
 太いだみ声は十五年前からまったく変わらない。その声で調子っぱずれの童謡を歌われるのには、子供心にも本当に閉口したものだ。
「……言っただろ。あのクソ馬鹿親父の尻拭いをする奴が、他に思い当たらなかっただけだ。誰か他の奴がいれば、俺は戻ってなんか来やしなかったんだ」
 振り返らないままに答え、それを最後に隼人は教会を出る。
 石段に青い光が落ちかかっているのに気付いて、夜空を見上げると真円に近い月が浮かんでいた。
 本当はこういう夜は、煙草が一際美味いんだけどな、と心の中で一人ごちて、隼人は古い石畳の道を歩き出した。

*     *

「とりあえず、どうにかやったみたいだぞ」
『そう、それは良かった。政治力で何とかなるんなら、それに越したことはないもんね』
「だが、ひっでえ就任演説だったぜ。カテーナみてえなド田舎じゃなきゃ通用しねえだろうよ」
『ふぅん。俺も聞いてみたかったかも。……そういえばリボーン、お前はどうやってそれを聞いたわけ?』
「ああ? 決まってんだろ。盗聴器だ」
『……会場は教会だって言ってなかった?』
「言ったが?」
『もー。罰当たりな真似はやめろってば。今回の件が終わったら、ちゃんと取り外せよ?』
「めんどくせえ」
『面倒でも何でもやれって。うちとの揉め事さえなければ、カテーナは平和な町なんだから。これだから、お前に仕事頼むの嫌なんだよー』
「俺は今すぐ契約を破棄したっていいんだぞ、ダメツナ」
『それはヤダ。お前の違約金、異常なくらい高いもん。契約金の五倍って普通有り得ないよ。お前に頼むと、ただでさえ経費がとんでもないのに……。今回だって、なんでプレドーネで一番いいホテルの一番いい部屋なんかに泊まってんだよ。あんな田舎町、客室なんていくらでも空いてるだろ。いっそアパートでも借りてくれた方がまだ安いよ』
「それが俺の相場だ。経費を惜しむくらいなら俺に仕事を頼むな」
『ああ言えばこう言う……。ッたく、分かってるってば。とにかく今回はお前に頼むことに決めたんだし、俺も払うものは払うから、お前もやることはやってくれよ。……まあ、彼は大丈夫だっていう気がするけどさ』
「とんでもなく甘っちょろい奴だがな。まあ、こんな田舎町なら返って受けがいいかもしれんぞ。何しろ、ルッジェーロ坊ちゃまだ」
『まあね、俺もちょっと拍子抜けはしたけど。スモーキン・ボムは手当たり次第に噛み付く狂犬みたいな一匹狼だって聞いてたから』
「結局、お育ちがいいってこったろ。故郷に戻って地が出たんだろうさ」
『それがいい方向に働くといいけどね。じゃあ、とりあえず今夜はお疲れ様、リボーン。また定時連絡、よろしく』
「おう」



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