I am. 05
ジェンツィアーナ家は、昔からカテーナの町を支配してきた。といっても、その歴史は百年を少し超える程度だ。
他のマフィアの例に漏れず、貴族階級だった領主の土地管理人として富を蓄え、実力を伸ばし、果てには管理していた土地を領主館であった城ごと領主から買い取ってものにした。そういう家である。
先代の当主は、ドン・カルロ。
先々代の死後、二十年余りもカテーナの町を治めてきたのだから、それなりの才覚はあったのかもしれない。
だが、贅沢なものを好んだ彼は田舎町の支配だけでは満足しなかった。近隣のもう少し大きな町、プレドーネに食指を動かしたのだ。
しかし、プレドーネには既に強大な支配者が居た。
だからこそ、多少大きいとはいえ同じような田舎町なのに、インフラは整備され人口も多かったのである。
その支配者は、ボンゴレ。
だが、直接支配と言っても、所詮は田舎町である。
年に一度か二度、代理人が巡ってくる程度で、普段は普通の町のように町長をはじめとする住人たちが町を治めていた。
だから、ドン・カルロは大丈夫ではないのかと考えたらしい。
プレドーネのような小さな町など、大ボンゴレにとって重要ではない。
ボンゴレは勢力下にある住民をとても大切にするというが、その住民の生活さえ変わらなければ、ジェンツィアーナが代理支配をしても目をつぶるのではないかと。
その判断の可否は、ちょっかいを出し始めてから一年後、ジェンツィアーナの動きに気付いたボンゴレの猛烈な攻勢によって示された。
ボンゴレは自らは決して抗争を仕掛けない。だが、髪一筋でも縄張りを侵されたならば、眠れる獅子は牙を剥く。
文字通りジェンツィアーナは叩き潰された。
だが、ボンゴレは敵対ファミリーの支配下にある住民であっても、一般人に手を出すことを良しとはしなかった。
市街戦は極力避け、巧妙にドン・カルロと幹部たちをその本拠地である城へ追い詰めたのである。
中世劇さながらに敵に城を囲まれ、ドン・カルロは己が君臨した城主の間で、拳銃で己の頭を撃ち抜いた。
彼に殉じた幹部たちの手によって城は炎上し、灰燼と化した。
結局のところ、ジェンツィアーナはボンゴレに滅ぼされたのではない。その愚かさによって自ら滅びたのだ。
少なくとも隼人はそう見ていた。
一年余り前に父親がプレドーネにちょっかいをかけ始めたことを裏社会の情報で知った時から、この結末は予想していた。
だが、それは傍観者の意見だ。当事者たちは、そうは見ない。
素朴で単純な田舎の男たちは、ボスの死を悼(いた)み、後先を省みずにボスを死に追いやったボンゴレをひたすらに恨む。
今、隼人の目の前に居るのは、そういう憤りを腹いっぱいに湛えた男たちだった。
聖堂内の座席は、ほぼ埋まっていた。
百人近くはいるだろうか。若いのから年寄りまで、見覚えがあるのもないのもいる。
見覚えがある者も、十五年の歳月に外見を幾分か変えていた。頭髪が白くなっていたり、腹が樽のように成長していたり、逆にうんと痩せてしまっていたり。
服装は皆、似たり寄ったりで、地味な色合いの幾分古びたコットンやウールが目立つ。他の地域では余り見なくなった鳥打帽を手に持っている者も少なくはない。
十五年分の時間の流れはある。だが、間違いなく今ここにいるのは、故郷の人々だった。
懐かしい。
苦しい。
絡まり合う様々な感情を喉の奥に押さえ込みながら、獄寺はゆっくりと男たちを見回した。
名乗りはしない。今更そんなものは必要なかった。
彼らの大半は、十五年前までこの町のあちらこちらをうろついていた銀の髪の子供を覚えているはずであり、そして今のこの姿に、つい二ヶ月前に死んだボスの面影を見ているはずだった。
「……ここに来る前に、ボンゴレに寄ってきた」
低く、そう切り出す。
途端、ざわめきが沸き起こる。
「直接、ドン・ボンゴレと話をしたが、ボンゴレは今のカテーナの状況を良く思っていない。今日明日ではないにせよ、手を打つべきだと考えている。そんなことじゃねえかと思ったから、俺もあちらに出向いたんだがな」
嘘も方便だとばかりに淡々と告げた。自分がボンゴレと関わった真実を話したところで、彼らの軽蔑を買うことにしかならない。
それに、嘘をつくことに今更良心の呵責を感じるほど、純情でもなかった。
「仕方ねえから少しばかり交渉して、これから半年間、俺がカテーナを預かることになった。今日から半年だ。その結果次第で、この町の運命が決まる」
「今更何言ってやがるんだ!」
入り口近くから怒声が飛んだ。隼人は無感情なまなざしでそちらを見やる。壮年の男。脳裏で十五年分時間を巻き戻せば、確かに見覚えがあった。
だが、それをきっかけに次々と罵声が飛び交う。
「あんたは十五年も前に出て行った人間だ!」
「ドン・カルロが亡くなってから二ヶ月も経ってるんだぞ! 今更何だってんだ!」
「しかもボンゴレに尻尾を振るなんざ、ジェンツィアーナの誇りのかけらもねえ!!」
それらの言葉を、隼人はただ無言で聞いた。
軽く伏せた銀翠色の瞳を冷たく翳らせ、姿勢で祭壇に軽く背を預けて。
両腕を胸の前で軽く組んで無言を貫く青年の態度に、やがて罵声の種が尽きたのか、聖堂内は再び沈黙が降りる。
そこでやっと隼人は目線を上げた。
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