I am. 03

「――俺に何をしろとおっしゃるんですか」
 低く絞り出した声に、青年は軽く眉をあげた。
「さあ。それは君にできることを、としか言えない。君の采配次第で、彼らはボンゴレのかけがえのない構成員にもなれるし、粛正の対象にもなれる」
「全ての責任を俺が負えと?」
「まさか。最後の責任はいつも俺のものだよ。君を連れて来るように言ったのは俺なんだから。君が上手くいかなかったら、あらゆる意味で俺の失敗。
 でも、そうだね、最善を尽くす努力はして欲しい。そうでなくて失敗したら、君を含めて全員、この手で粛正するしかなくなる」
「――やっぱり俺の責任じゃないですか」
「そうでもないよ。君はこれから元ファミリーを守るために、ありとあらゆることを俺に要求できる権限を持つ。
 彼らの賃金値上げでも、カテーナの町のインフラ整備でも、彼らをまとめて良い方向に持ってゆけると思ったなら、どんなことでも要求すればいいよ。方向性が正しいと判断したら、必ず許可して即時執行するから」
 不思議な真摯さで、その言葉は獄寺の耳に届いた。
「とりあえずは半年間、君の元ファミリーをまとめる努力をしてみて。その後のことは、またその時点で判断する」
 つまるところ、彼が何と言おうと、ボンゴレが隼人に押し付けようとしている役割は、ボンゴレに取り込んだ元ジェンツィア―ナの何十だか何百だかの命を無駄遣いさせないことだ。
 そして、それを断る余地は、実質、髪一筋ほどもなかった。
 己の無力さを痛いほどに噛み締めながら、獄寺は低く言葉を吐き出す。
「――分かりました。ドン・ボンゴレ」
「沢田綱吉、だよ。獄寺隼人君」
 隼人の呼んだ敬称を、少しばかり茶目っ気を込めた口調で訂正する。だが、まさか大ボンゴレのボスを名前で呼ぶわけにはいかなかった。
「俺のことは呼び捨てて下さって結構です。あなたに忠誠を誓う気はありませんが、これから半年間、見かけだけはボンゴレのために働きますから」
 彼の言葉には構わずそう告げると、彼の方とて別段、隼人に名前で呼ばせようというつもりはなかったのだろう。あっさりとうなずいた。
「分かった。それじゃあよろしく、隼人」
「はい」
 苦々しい思いを噛み締めながら、隼人もうなずく。
「では、これから準備を整えて、この週末にカテーナに向かいます」
「構わないよ。君は君のペースでやってくれればいい。あと、この件については実費以外の報酬は支払わないつもりだけど、構わないかな?」
「──はい」
 もしボンゴレから報酬を受けた場合、元ジェンツィアーナの構成員たちがそれを知ったら、金のために隼人が誇りとファミリーを捨てたと解するだろう。
 そうなったら最後、彼らの怒りはそのまま爆発し、ボンゴレの苛烈な粛清を招くに違いない。
 それを防ぐためには、隼人が自分の意思でジェンツィアーナに戻った。そういう演出が必要なのだ。
 そんな計算を、隼人は瞬時に綱吉の言葉に読み取る。
 否やはなかった。もとより逆らえる相手ではない。
 一見どんなに温和そうに見えても、目の前の相手はドン・ボンゴレ。ドンの中のドンだ。ひとたび逆鱗に触れれば、容赦なくその牙に噛み裂かれる。
 そのことはもう、この十分余りのやり取りで思い知らされていた。
「それで結構です」
 そして、改めて一時的にとはいえ、自分のボスとなった青年へまなざしを向けた。
「ご用件が御済みでしたら、これで失礼させていただきます」
「うん」
 彼はうなずき、それから穏やかな声で、隼人、と呼んだ。
「突然呼びつけて、とんでもないことを頼んだことは分かってる。申し訳ないと思ってるよ。でも、他に彼らをまとめられそうな人がいなかった。こちらとしても、藁をも掴む気持ちで君を呼んだことは理解して欲しい」
 革張りの椅子に腰を下ろし、卓上で両手の指を組み合わせた姿勢で、綱吉は真っ直ぐに隼人にまなざしを返した。
「俺は、俺が君の親の敵だということを忘れていない。君には復讐する権利がある。だから、この件に区切りがついたら、君の言い分も存分に聞くよ。
 もっとも、だからといって、俺も立場上、あっさり復讐されてあげるわけにもいかないけど」
 真っ直ぐに隼人を見つめるまなざし。
 そこに浮かぶ光は、凛として不思議なほど美しかった。
「──その話は、今は止めておきましょう」
「うん。そうしてくれると助かる」
 隼人の言葉に、綱吉は真面目にうなずく。
 だが、これ以上話していると何か取り返しのつかないことになるような気が不意にして──それが何であるかは分からなかったが──、ここまでで会話を打ち切ろうと、隼人は礼儀にのっとった形で一礼した。
「それでは失礼します」
「うん、御苦労様」
 そして、綱吉とリボーンの二人の視線に背を向け、部屋の外に出る。
 ───ドアを閉めた途端、全身が立っていられないほどに震え始めた。
 緊張の極みにあったせいでもあるし、混乱し、激しく葛藤したせいでもある。
 みっともなく倒れる前に、壁に寄りかかって体を支え、大きく息をつく。
 家を出て以来、十数年会わないまま死んだ父親の仇と会うことは、それなりの覚悟が必要だった。
 別にボンゴレに対して、憎いという気持ちがあるわけではない。もともとが一生許せないと思っていた父親だ。
 その父親が愚かさゆえに追い詰められて死を選んだからといって、ボンゴレを恨めるほど隼人の内には情が残っていない。
 ただ、それでもボンゴレと聞いて平静ではいられなかった。その名を聞けば、嫌でも炎上する城を──生家を思い出してしまう。
 だが、いざボンゴレに出頭してみれば、示されたのはそれ以上の葛藤と覚悟を伴う選択だった。
 まとめ役を望まれ、引き受けたものの、元ジェンツィアーナの構成員にとっては、隼人は十数年前に家を継ぐことを拒否して出ていったボスの息子であり、父親の死に目にすら顔を出さなかった薄情者である。
 そんな隼人を、彼らが一体どんな顔で迎えるのか。
 だが、そんな彼らをまとめ、ボンゴレに対する恨みを忘れさせなければ、抗争を生き延びたせっかくの命さえ失われてしまう。
 家を捨てたこと、親と縁を切ったことを後悔したことはない。
 だが、そのツケが今、とんでもない試練として降りかかってきている。運命の因果の深さに、自分を嘲笑うことすらできなかった。
「……クソッ」
 成功できなければ、粛清あるのみ。
 きつく拳を握り締め、獄寺は顔を上げて背筋を伸ばし、石造りの床に足音を響かせて歩き出す。
 この先に何が待っていようと、今はともかくも前に進むしかなかった。

*     *

「感想はどうだ?」
「んー。意外。思ってたより素直そう」
「ああいうのは馬鹿っつーんだ」
「そう? でも嫌いなタイプの馬鹿じゃないよ。自分がこれからどんなに苦労するのか分かってるのに、十数年会ってないファミリーのために働くことを選んだんだ。ああいうお馬鹿さんは、出来る限り応援してあげたい」
「ケッ、勝手にすりゃいいさ。馬鹿同士、気が合うかもな。とにかく、あいつが引き受けた以上、契約は延長だな」
「うん。頼むよ、監査役」
「ったく、あの馬鹿野郎が断ってりゃ、俺の仕事はそこで終わりだったってのに。俺は殺し屋で便利屋じゃねーんだぞ。分かってんのか」
「殺し屋だからいいんじゃないか。彼が間違いを起こした時に、被害を最小限に食い止められる。そうじゃなきゃ、お前に頼まないよ」
「フン。いつも通り、俺は俺のやり方でいくからな。文句なんざつけんじゃねーぞ」
「それは無理。口は出さないけど文句は言うよ。それくらい言わないと、お前は本当に無茶苦茶するし」
「分かってて俺と契約してるのは、お前だろうが」
「うん。だから、よろしく頼むよって言ってるだろ」
「──ったく。口だけは一人前だな、ダメツナが」
「それはどうも。褒められたと思っておくよ」
「言ってろ」



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