「隼人…っ…」
どうせなら一秒でも早く、理性を失わせて欲しいと喘ぐように名前を呼ぶ。
獄寺とは数え切れないほどに抱き合ってきたが、幾つか、未だにどうにも恥ずかしい格好というものがある。この体位も、そのうちの一つだった。
繋がってしまえば、どうということはない。気持ちいいばかりで恥ずかしさなど忘れてしまうが、その前だけはたまらないのだ。
だが、獄寺はそのことについて深く考えるだけの余裕はくれなかった。
肌が敏感になっているのに加え、羞恥から来る緊張もある。
神経の張り詰めた背筋に獄寺の指先が触れた途端、びくびくと大げさなほどに体が跳ね上がった。
「っあ、あ、っ…あぁ……!」
繰り返し背筋を撫でられ、感じるものの鋭さに、思わずまなじりに涙がにじむ。
もっと気持ち良くなりたい。もっと気持ち良くして欲しい。
そんな込み上げる欲望に全身の神経が灼かれる一方で、恥ずかしさに息が詰まる。
相反する二つの強い感情に翻弄されて、綱吉はいつになく激しい混乱に陥った。
「綱吉さん、もう少し力を抜いて……」
「無理っ…!」
自分で止めようと思って止まるものではない。
過敏すぎる反応に困惑したような獄寺の声も一刀両断に切り捨てて、余裕を失った綱吉はがくがくと全身を震わせる。
と、背中越しに苦笑するような気配がして。
「───あ…っ!」
するりと獄寺の手が、半ば反応しかけていた綱吉の中心を包んだ。
温かな手のひらに押し包まれ、やわやわと刺激されて、緊張しきった肌を愛撫されるのとはまた違う感覚に綱吉はきつく目を閉じる。
思い返してみれば、今夜はまだ中心には殆ど触れられていなかった。先程も、ほぼ後ろへだけの刺激で達したのである。
それだけに獄寺の手指の感覚は鮮烈だった。惑乱した頭の中が一気に痺れ、甘い喘ぎが薄く開いた口元からとめどなく零れ始める。
たまらずに手をぎゅっと口元に引き寄せると、冷たい金属の感触が頬に触れた。
「あ……」
見るまでもなく、それが左手の薬指に嵌めた指輪だと混乱した思考でも気付く。
気付いて綱吉は、大切なことを思い出した。
今、自分に触れているのは、ちょうど五年前にこの指輪をくれた相手、自分が指輪を贈った相手だ。
世界の誰よりも愛する相手に心ゆくまで愛される。それ以上の幸せなど有り得ない。
伴侶に等しい恋人だからこそ、互いの全てをさらけ出し、体を繋ぐことに喜びが生まれる。
ましてや、獄寺は何一つ強制も無理強いもしない。いつでも綱吉を満たし、二人で素晴らしいものを分かち合うためだけに、この体に触れてくれている。
けれど、今のこの状態は。
今日は二人にとって大切な日なのに、少なくとも、獄寺はとても大切な日にしてくれようとしているのに、肝心なことを忘れている。
綱吉だけではなく、獄寺も。
愛し合う二人のために、とてもとても大切なことを。
「…ぁ……隼人…っ…」
中心を甘く愛撫される感覚に溺れながら、綱吉は恋人を呼ぶ。
「何ですか?」
「俺も……君に、触りたい……。この格好は……ずるい、よ…」
この格好は、自分ばかりが愛される体位だ。獄寺の顔も見えなければ、抱き締めることもできない。だから、恥ずかしいし物足りない。
今夜、一番最初に全部一緒に達きたいと告げたように、自分は愛し合いたいのであって、一方的に愛されたいわけではない。
そう気付いて訴えると、綱吉の想いが伝わったのか、獄寺の手の動きが止まった。
「──それじゃあ…」
少しだけ考えるような間があってから、獄寺の手が中心から離れて行き、代わりに肩に触れて体の向きを戻すように促される。
素直にそれに従うと、力強い腕に抱き起こされ、ぎゅっと胸に抱き締められた。
汗に濡れた肌が重なり合う感覚に、綱吉はほうっと息をつく。そして、自分も獄寺の背中にぎゅっと腕を回した。
「……やっぱり、こっちの方がいい……」
「はい……」
優しく応じてくれる声が嬉しくて、頬を摺り寄せる。すると、小さく含み笑う気配がして、獄寺の手がゆっくりと綱吉の背中を撫で下ろした。
脊椎のくぼみをゆっくりと腰までたどり、そこから更に下へと滑り落ちてゆく。その刺激にまた体は震えはしたものの、先程までのような緊張に根差した強烈過ぎる感覚ではない。
向かい合う形で抱き締められた、それだけで落ち着くものが綱吉の中にある。
その感覚を甘く確かめるように目を閉じた後、綱吉はもう一度目を開いて、ベッドの上で抱き合うように座り込んだ形の互いの体の位置を確認し、少しだけ自分の体を横にずらした。
そして、二人の体の間で無防備にさらけ出された獄寺の中心に、そっと手を触れる。
途端に獄寺が息を詰めるのを感じ、小さく微笑むと、報復のように綱吉の最奥に獄寺の指先が滑り込んできた。
「ず…るい、よ……」
「ずるくないですよ」
そんな言葉を交わしながら、やわらかなキスを繰り返し、互いへの愛撫をゆっくりと深めてゆく。
高まってゆく自分の鼓動とシンクロするように、手の中で獄寺の熱も高まってゆく。
ゆっくりと全体を撫で回しながら、挿入では刺激を受けない分、敏感な雁首の裏側をそっと指先で撫でさすると、また報復のように獄寺の指に深い部分を探られて、思わず息が詰まった。
「も、う……」
潤んでいると自分でも分かる目で睨んだが、獄寺は小さく笑って悪びれない。
「お互い様、でしょう」
そう言い返す獄寺の指も、綱吉の悪戯によって時折、びくりと動きが止まる。確かにお互い様だった。
そんな戯れるような愛撫を交わしているうちに、またどうにもならない熱が体の奥から込み上げてくるのを綱吉は感じる。
それを少しでも散らそうと喘ぐような吐息を細く零し、そっとまなざしを上げると、こちらを見つめていた獄寺の瞳にも、同じ色が揺らめいていた。
「隼、人……」
その色を見つめたまま、思わず名を呼ぶと、それは思いがけないほどに甘い声になった。
その甘い響きに獄寺は小さく微笑み、綱吉の顎に優しく手を添えて唇を重ねる。
目を閉じてキスを受け止めるのとほぼ同時に、綱吉は最奥から指を引き抜かれるのを感じた。
ならば、と綱吉も獄寺の熱から手を離して、首筋に手を回す。
そして二人は深いキスを交わしながら、ゆっくりとベッドに沈み込んだ。
「──入れるのは、別に後ろからでもいいよ……?」
仰向けで獄寺を受け入れる形を取りながら、綱吉はそっと囁く。一方的に愛撫を受けさせられるのが嫌なだけで、単に繋がる形としては後背位そのものに強い抵抗があるわけではない。
だが、獄寺は、いいえ、と否定して綱吉の唇に軽くキスをした。
「俺もこっちの方が好きです。あなたの顔が見えますし。ただ、二回とも同じ体位じゃあれかなと思っただけで」
「……馬鹿」
また余計なことに気を回して、と呆れながらも、罵倒する声はひどく甘い。
何のかんの言いながら、獄寺のこういう馬鹿げた部分まで綱吉は愛していたから、両腕を持ち上げて獄寺を抱き寄せ、口接ける。
そしてひとしきり甘いキスを交わした後、少しだけ上体を起こした獄寺が低く、入れますね、と囁いた。
一度目は互いにギリギリの状態だったが、今度はそこまで切羽詰っていない。なめらかに二人の体は繋がり、互いに満たされる感覚は激しさよりも優しさを伝えてくる。
愛おしい、と思った。
この繋がり合う感覚も、互いの熱も、触れ合う体温も、吐息も、まなざしも。
この夜の全てがいとおしい。
「気持ちいい、ね……?」
獄寺の目を見つめたまま、そうささやくと、獄寺も、はい、と返す。
「愛してます、綱吉さん」
そして綱吉の左手を持ち上げ、薬指の指輪に一つキスを落としてから、獄寺はゆっくりと動き始めた。
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