寄せては返す波のような、ゆったりとした動きは、波間に漂う海の泡となって融け消えてゆくような歓びを綱吉の内から引き出してゆく。
 その心地良い感覚に身をゆだねながら、綱吉は手を上げ、そっと獄寺に触れた。
 獄寺の目を見つめたまま指先で銀色にきらめく髪を梳き、シャープな線を描くこめかみから顎までのラインを伝って、首筋から肩へ、肩から二の腕へと、その形を確かめるように手を這わせる。
「くすぐったいですよ……」
 そんな綱吉の悪戯のような手の動きに獄寺は小さく笑って、手首まで滑り落ちていた綱吉の手に自分の手のひらを合わせ、拘束するように指と指を絡ませる。
 その獄寺の左手の薬指にも、やはり綱吉が贈った指輪が嵌められており、自分の指に感じるほんのり冷たい金属の感触に、綱吉は微笑んだ。
 そして、目を閉じて獄寺の与えてくれる感覚に溺れる。
 ゆったりした動きであっても積み重なれば、潮が満ちてゆくように波が少しずつ大きくなってゆく。
「…ふ……、ぁ…は…やと……っ…」
 深い海底から何かがゆっくりと目覚めるかのように、ほんの数秒までは取り立てて強く感じなかった箇所に、一つ一つ、感覚が灯り始める。
 それがもっと欲しくて、綱吉は無意識に背筋を逸らし、獄寺の熱をもっと深く呑み込もうと体を開いた。
 獄寺も今度は焦らすことなく、綱吉が求めるものをそのまま与え、捧げる。
「あ…っ、そ…こ……っ…」
 ゆったりしたリズムを少しだけ変え、深い部分を突かれて、綱吉は甘い声を上げた。
 たまらずに指を絡めたままの獄寺の手の甲に爪を立てたが、しかし獄寺はそれ以上、動きを激しくしない。
 二度目はゆっくりと高みへ昇るのだと決めたかのように、とろけた柔襞をやわらかく擦り上げ、時折不意打ちのように過敏な箇所を突き上げる。
 焦れ始めた綱吉の爪先がシーツを滑り、甘くすがるような嬌声が零れても、そのペースを変えなかった。
「あ…、ね…ぇ……隼人…っ」
 どれほど名前を呼んでも、宥めるような優しいキスが唇や頬、首筋に落とされるばかりで、それ以上のものがもらえない。
 けれど、寄せては返す波のような動きは止まらず、蜜のように甘い感覚が体の奥から溢れ、とめどなく広がってゆく。
 もう一息に追い詰められてしまいたいのに、望むものは、ただひたひたと押し寄せてくる。止めようにも止められない。止めてもらえない。
 骨の隋まで満たされ溶け崩れてゆくような、そのいつになく深く、すみずみまで染み透るような甘さに、こらえきれず綱吉はすすり泣きを零した。
「も……溶け、そう……っ…」
 すがるように獄寺を見上げた目から零れ落ちてゆく涙を、獄寺はそっと唇で受け止め吸い取る。
「溶けて、いいですよ」
「……駄…目っ……」
 何が駄目なのか自分でも分からないまま、獄寺の低い囁きにうわごとのように言い返して、更に体の奥で広がり、膨れ上がってゆく甘い甘い感覚に溺れながらすすり泣く。
 今感じているものは、単に気持ちいいという言葉ではあらわせなかった。
 もっと圧倒的な何か。愛おしくて大切な何か。
 涙に霞む目を見開いて、綱吉は獄寺を見上げる。
「隼人……っ」
 獄寺を見ていたかった。
 この愛おしさをくれる人。
 この甘く、とろけるような歓びをくれる人。
 誰よりも愛しい、大切な恋人。
「綱吉さん…っ」
 獄寺もまた、狂おしいほどの想いを浮かべた瞳で綱吉を見つめていた。
 そのまなざしに、綱吉の体の奥深くに、あるいは心の奥深くに、また新たな光が灯る。
「は…やと…っ、愛…してる……」
 込み上げる想いのままに告げると、その答えは深いキスで返ってきた。
 深く体を繋ぎながらの貪るような深い口接けに、たまらず体の芯がおののく。
 そして、キスが解かれると同時に綱吉は昇り詰めた。
「────っ……!!」
 全細胞、全神経が真っ白に灼き付くような感覚があまりにも強すぎて、上げたはずの悲鳴さえ声にならない。
 ただ、きつく握り締めた獄寺の手を同じくらいにきつく握り返され、獄寺もまた、ほぼ同時に熱を吐き出したのを、真っ白な感覚の中で朧気に感じた。
「……ぁ…、……」
 全身を貫く甘い余韻に、生まれたての小動物のように体を震わせながら、そのままどれほどの時間が過ぎたのか。
 獄寺が離れてゆくのを感じて、綱吉はぼんやりと目を開ける。
 そして、すぐ隣りに身を横たえた恋人に追いすがるように、神経が溶けてしまったように感じる手を伸ばし、獄寺にすり寄った。
 すぐに体を抱き寄せられ、獄寺の腕の中で小さく溜息をつく。
 それから、今更のように薔薇の香りがする、と思い出した。
 獄寺の肌の匂いに混じって、優しい甘い香りを感じる。そう思いながら目を開くと、ちょうどすぐ目の前に見えた獄寺の二の腕の外側に、赤い花びらが一枚、貼り付いていて。
 そっと手を伸ばし、それを摘み上げると、獄寺がふっと笑った。
「この薔薇、イディールって言うんですよ」
「イディール?」
 イタリア語ではない、と綱吉は反射的に思う。が、すぐに獄寺は答えをくれた。
「フランス語です。意味は、純粋な愛とか理想的な愛」
 優しい声で告げられたその言葉に、綱吉はまばたきし、そして微笑んだ。
 何とも獄寺らしい、分かりやすい選択だった。
 花屋の店頭で見かけたのか、インターネットで調べたのか、その名前を知った瞬間に、今年の綱吉の誕生日に贈るべきなのはこの薔薇以外にないと閃いたのだろう。
「ありがとう、隼人」
 綱吉自身、花は嫌いではないが、薔薇にこだわりがあるわけではないし、銘にも花言葉にも興味はない。
 だが、それでも美しい花に託された獄寺の想いは、何にも変えがたく嬉しかったから、心からの御礼を告げて、獄寺の背に腕を回す。
 そして、そっと囁いた。
「今夜はもう後始末とかいいから、このままでいて。それで、明日の朝、一緒にシャワー浴びよう?」
 心ゆくまで抱き合った後なのだから、下半身を中心に全身がどろどろになっているのは感覚的に分かる。
 けれど、今夜はこのままで良かった。抱き合った後の感触を嫌だと思ったことはないし、何よりも獄寺に離れて欲しくない。
 そう思っての言葉は、ぎゅっと抱き締められる形で答えが返った。
「愛してます、綱吉さん。生まれてきて下さって、俺と出会って下さって本当にありがとうございます」
 その言葉は前夜、日付が変わった直後にも聞いたな、と思いながら綱吉は微笑む。
 だが、何度聞いても嬉しいものは嬉しい。
 誕生日を心から祝ってくれる獄寺の想いが、綱吉にとって一番の贈り物だった。
「うん、ありがとう」
 俺も君と出会えて、本当に嬉しい。
 その囁きは、キャンドルに照らされた夜の中にそっと優しく溶けて消えた。

end.

Idylle = ゲランの2009年秋新作香水より借用。

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