居間が一面の薔薇であるなら、当然、続き間の寝室も薔薇に埋め尽くされていた。
 温かな色の間接照明の中で、どの薔薇も控えめに優しい色をしている。
 明日の朝の光の中で見ると、きっとまた趣(おもむき)が違うのだろうな、と思いながら綱吉はベッドに近づいた。
 案の定と言えば案の定である。
 キングサイズのベッドの上には真紅の薔薇の花びらが振りまかれ、照明はキャンドルの明かりのみ。
 つくづくこの男は頭の使い方を間違っているなあと感心すらしながら、綱吉は待ち構えていた獄寺にぽすんと抱きついた。
「これもやってみたかったんだ? ベッドに花びらにキャンドルの明かり」
「はい」
 嬉しげにうなずいて抱き締めてくる相手に、もう言うべき言葉は何も見つからない。
 本当に馬鹿だ、と心の中で呟きながら顔を上げて、唇を奪う。
すぐに獄寺も応じて、熱い舌が唇を割り込み、綱吉の舌に甘く絡んだ。
 やわらかく上顎の裏側を舌先で愛撫されるぞくぞくするような感覚にうっとりと溺れながら、別にいいのに、と綱吉は頭の片隅でぼんやり考える。
 薔薇の花もキャンドルの明かりも、別になくてもいいのだ。
 このキスだけでいい。獄寺さえいれば全ては足りるのに、この恋人は未だにそのことを分かっていない。
 十年余りも前から綱吉に夢中な割には、肝心なところがすっこ抜けているのだ。
 でも、そんな馬鹿なところさえ愛しい、と綱吉はキスを返す。
 分かってないのなら分かってないでいい、何百回、何千回でも、君だけでいいんだと繰り返し、言葉にして態度にして示し続けるだけだった。
 考えるだけでもとてつもなく面倒な話であるが、それだけの覚悟はとうの昔にしている。
「好きだよ、隼人」
 キスの合間にそっと囁くと、はい、と深い喜びに満ちた声が返る。
 それだけでも十分すぎるほどに綱吉は幸せだった。
「愛してます」
 低い囁きと共に、ゆっくりと首筋をキスが伝い下りてゆく。
 少し早くなり始めた脈を確かめるように、やわらかく肌を食(は)まれて綱吉は小さく喘いだ。
「あ……、ん…っ…」
 肌の上に獄寺の吐息を感じて、スイッチが入ったかのように急に感覚が鋭敏になる。
 指先で細く浮き上がった鎖骨をたどられ、そのまま肩から両腕へと滑り落ちてゆく固い手のひらの感触にすら、甘い鳥肌が立った。
 いつの間にかバスローブの帯は解かれて、上半身は完全にはだけられている。
 キャンドルの温かな光に照らされた肌を、獄寺の手のひらがゆっくりと這った。
 彼の手の動きは、すべやかな感触を楽しむようでもあり、尊いものを崇めているようでもあり、命より大切なものを愛おしんでいるようでもあり。
 優しく行きつ戻りつする手指に脇腹を触れられて、綱吉の体がびくりと震える。
 それをきっかけのようにして、肌の感覚はいっそう鋭敏になり、獄寺の手がどう動いても甘い電撃のような痺れが体の中心を駆け抜けてゆく。
「あ…ぁ、…っ…はや、と……あっ」
 たまらずに声を上げて恋人の名を呼ぶと、あやすようにやわらかなキスが唇に降ってきた。
 すがるようにそのキスに応えていると、脇腹を這い上がってきた手が胸元に届いて、綱吉は反射的に上半身をのけぞらせる。それでも獄寺はキスを解かず、固い指先が胸元をゆっくりと探った。
 指先でゆるやかに撫で、やわらかく摘み上げる。その動きに合わせるように胸元が固く尖るのを自覚して、かっと綱吉の全身が熱くなった。
 あまりにたやすく反応してしまうことに対する恥ずかしさもある。だが、それ以上にこの先に待ち受けるものへの期待が、全身の血を熱くする。
 獄寺の指が動くたびに、甘い衝動が体内に生まれ、中心へ集まってゆく。
 胸元への愛撫と連動するように深く舌を絡め取られて、気が遠くなりそうだと息苦しさに喘ぐと、やっと獄寺の唇が離れた。
「綱吉さん……」
 彼もまた呼吸を乱しながら、低く想いのこもった声で綱吉の名を呼び、さらに首筋へ、首筋から胸元へと唇と舌先を這わせてゆく。
 その間にも指先による愛撫は止まず、たまらずに綱吉は甘い声を上げた。
「っあ…! あ…、や……もぅ…っ」
 綱吉の場合、どちらかといえば心臓のある左側の胸元の方が一際感覚が鋭い。
 それを知っている獄寺は、右側にはそのまま指先での愛撫を続けながら、左側をやわらかく吸い上げ、尖らせた舌先でつつき転がして刺激を与えてくる。
 薄い皮膚は濡れるといっそう感覚が鋭くなる。それを承知しての巧みな愛撫は、頭の中が白くなるほどの快楽を生み出し、綱吉を更に深みへと突き落とした。
 そうしておいて、獄寺は左右の愛撫を入れ替える。
 今度は指先であっても、十分にそこは濡れており、固く尖った先端をゆっくりと指先で転がすようにされて、綱吉は甘い悲鳴を零しながら背をのけぞらせた。
「も…駄目…っ! もう…そこじゃ、なくて……っ」
 真っ白に痺れるような感覚が、絶え間なく脳裏を灼く。気持ちいい。でも、たまらない。
 愛撫に合わせて知らず腰が浮き上がるほどに、いまだ触れられていない体の中心が疼き始めている。
 胸元への愛撫もこのままだと達ってしまいそうなくらいに気持ちいいけれど、もっと他の場所も触って欲しい。
 もっと気持ちよくなりたい。
 もっと獄寺を感じたい。
 そんな本能的な欲に駆られ、綱吉は胸元を彷徨っている獄寺の手を掴んだ。
「もっ…と……こっち……」
 キャンドルの明かりの中で見上げる獄寺の顔も、はっきりと欲情している。
 少し癖のある銀の髪は軽く乱れて幾筋かは汗ばんだ額に貼り付き、銀翠色の瞳も鋭さを増して、その姿は獲物を組み敷いた獣そのものだった。
 ただ、その鋭い瞳の奥には、隠し切れない優しさがある。
 あなたが全てだと訴えるその宝石のような感情を見つめたまま、綱吉は獄寺の手をゆっくりと自分の中心へと導いた。
 既に固く張り詰めている形を確かめさせるように手のひらを触れさせ、背筋を駆け上るぞくぞくするような感覚をこらえながら、更にその下、一番奥の秘められた箇所まで辿り着かせる。
「こっちも……触って……? 今日は、全部、一緒に達きたい……」
 喘ぎながらそうささやくと、ぎゅっと獄寺の目が細められた。
 そして噛み付くような口接けが降ってくる。なめらかな口腔のすべてを食らい尽くすようなキスに、綱吉も同じように応える。
 何もかも愛しくて、気持ちよくてたまらない。
 その想いに応えるように、獄寺の手指がゆっくりと動き始める。
 既に伝い落ちていた先走りの液を掬い取り、そっと撫でるように入り口で指先を遊ばせる。それだけの動きにも、綱吉の体の深い部分が強く疼いた。
「……今夜は、あなたにうんと気持ちよくなってもらおうと思ってたんですが」
 やわらかな愛撫を施しながらの低くかすれた獄寺の熱っぽいささやきに、やっぱりと綱吉は淡く微笑む。
「一緒じゃないと、ヤだよ……」
 獄寺が分かっていないと思うのは、こういう時だ。時々、彼は張り切りすぎて綱吉を一方的に達かせることに熱中してしまう。
 いつのクリスマスだったか、以前、前戯だけで綱吉ばかりが立て続けに三度達かされて、それからやっと挿入に至ったことがあり、その時は翌朝目覚めてから綱吉もかなり本気で怒った。
 それだけどろどろに溶かされれば、確かに快楽は半端ではない。単に快感の度合いで言うのなら、その時が最高記録だっただろう。
 なにしろ挿入される頃には、ほとんど意識が飛びかけていた。怒るのが翌朝になったのも、快楽が過ぎて結局は最後まで意識を保てなかったせいだ。
 だが、綱吉がセックスに求めているのは、そんなものではない。単に快楽が欲しくて獄寺を求めているわけではないのである。
 一方的な愛情も、一方的な快感も必要ない。
 ただ愛し合いたい。
 一緒に素晴らしいものを分かち合いたい。
 だから、抱き合うのだ。
 なのに、この恋人はそのことを時々忘れる。おかげで、こんな記念日には先手を打って釘を差してやらねばならない。
 本当に馬鹿だよね、と湧き上がる想いに微笑みながら、目を閉じて優しい愛撫を受け止める。
 でも、そんな馬鹿を時々しでかす恋人でも、やっぱりどうしようもなく愛しいのは、全ては自分に向けられた愛情から生まれるものだと分かるからだった。
 綱吉のことを大切に思いすぎて、時々、物事を考える方程式の組み立てがおかしくなる。
 それが分かるから、時々本気で腹が立つものの、やっぱり愛おしい。
 そう思いながら、そっと両手を上げて獄寺を抱き締める。
 広い背中のなめし革のような肌は薄く汗ばみ、手のひらに熱を伝えてくる。
 どこか脈を感じられるところはないかな、と張り詰めた筋肉の感触に手のひらを滑らせると、それに応じるように最奥に獄寺の指が滑り込んでくるのを感じた。



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